⭐︎〝くしゃくしゃになった夢のありか〟

雨粒が窓を流れていくのを

見るともなしに眺めていた

病院へと向かうタクシーの中

流れている

地域限定の懐かしいラジオが

忘れていた記憶を

俺に呼び起こさせていた


オンボロの軽トラック

タバコを咥えて

ハンドルを適当に握っている

親父の姿がカッコ悪く見えて

俺は大嫌いだった

だから

音楽で生きていくから

そんな啖呵を切って東京へ飛びだしたあと

俺は一度も家に帰らなかった


後悔なんてしていないし

これからもするつもりはない

深夜3時を過ぎたコンビニ

レジを打つ俺のそばで

くしゃくしゃになった夢のあかりが

チカチカと

俺を嘲笑うように瞬いていた


病室にたどり着くと

ベッドのうえに親父が横たわっていた

久しぶりに見る親父の姿は

しぼんだサッカーボールのようで

昔の面影なんか何ひとつなかった

なんだよ、それ

つぶやいた俺の声に反応した母さんが

涙で腫らした目を

俺に向けて何かを渡してくる

あんた、これ


母さんが渡してきた

手垢に塗れたスクラップ帳には

俺の載った小さな記事が

笑っちまうくらい大きく引き延ばされて

貼られていた

頑張ってるじゃねえか

この調子で行けよ

そんな届くはずのない言葉が

汚い字で添えられていた


後悔なんてしていないし

これからもするつもりはなかった

起きろよ、親父

叫ぶ俺の声が

病室を反響して冷たく消えていく

起きろよ、親父

くしゃくしゃになった夢のありかが

もう戻れない日々の中から

俺を責め立てていた


後悔なんてしていないし

これからもするつもりはなかった

病室の外

真っ暗な窓に

やまない雨がうるさかった

雨がうるさかった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る