アマミキヨの詩
育岳 未知人
第1話 いざ沖縄へ
大海(ひろみ)は、東京→沖縄便の機内で、これから始まる沖縄での暮らしに思いを馳せていた。海外でのマングローブ植林プロジェクトに参加して、多くの友人と知り合い、マングローブの大地に根差す生命力と、それが育む美しく青い海と豊かで優しい自然に魅せられて、その植林プロジェクトを国内でも普及させようと、沖縄に移住を決意したのである。
本土ならそろそろ桜の咲く季節なのだが、沖縄は暖かいので移植してもソメイヨシノは休眠のままで花は咲かないらしい。代わりにクメノサクラという桜はあるらしいのだが、いずれにしろこの季節に長年悩まされていた大海にとって、花粉症が無いのは実に有難いのだ。
初夏を思わせる陽気の中、那覇空港に降り立った大海は、空港で三枚肉のたっぷり入った沖縄そばを味わって空腹を満たすと心まで満たされ幸せな気分になった。
早速、タクシーに乗り、宜野湾市の不動産屋に向かう予定なのだが、約束の15時までにはまだ時間がある。
大海は以前にテレビのニュースに映し出された首里城火災の映像が気になっていたので、運転手さんに頼んで近くを経由してもらうことにした。
タクシーは混み合っている国際通りを抜けて首里城方面に向かった。
カバンを車内に置いたままタクシーを最寄りの駐車場に待たせて15分ほど散策する。
100メートルくらい先に切手の図案で見覚えのある守礼門が見えた。
色鮮やかな門がかつての琉球王朝の栄華を物語っている。
しかし、その先には無残にも焼け焦げて悲しい首里城の姿が横たわっていた。
この城は太平洋戦争末期の沖縄戦でも焼失している。
島人ぬ宝ともいうべき琉球文化の拠り所であるこの城の焼失が沖縄住民を大そう悲しませたであろうことは想像に難くない。
大海はひとしきり沖縄の歴史に想いを馳せると沖縄の光と影が交錯するその場所を離れ、待たせていたタクシーに戻り、宜野湾市に向かうことにした。
宜野湾市一帯は、空港からタクシーで少し北に向かい40分くらいの那覇市郊外に広がるベッドタウンで、沖縄本島の中南部に位置する。首里城を後にして沖縄自動車道に乗ると、20分程度で不動産屋に着いた。
2DKくらいの生活と交通の便が良さそうな物件を選んで、住居を構える支度を整える予定である。
落ち着いたら、妻と娘を呼び寄せるつもりだ。不動産屋の主人は、どことなく気の良さそうな沖縄訛りの口調で3件ほど物件を紹介してくれた。
「この辺は米軍基地が3割近く占めているから、米軍機の騒音がうるさくてね。どの物件も防音工事はしているけど、慣れるまでは多少気になるかも知れないよ。」
「僕も東京の街中に住んでいたんで多少の騒音は大丈夫ですよ。実は、沖縄のマングローブ林を調査して、本土の海岸にも移植したいと思っているんです。それには、北部のマングローブ林へのアクセスと、那覇空港へのアクセスもいいこの近辺がいいかなと思って。」
「そうなんだ。じゃあ、築10年くらいになるけど、インターやスーパーにも近いし、家賃も手頃だから、2DKのこの物件なんかがいいかも知れないね。部屋を見に行くかい?」
「お願いします。」
大海は、不動産屋の主人の車に乗せてもらい、数百メートル先のアパート物件を見に行った。
部屋は3階の角部屋でベランダが南西方向に向いており、日当たりも良さそうである。ベランダからは沖縄にしては珍しく神社の鳥居が見えた。
「沖縄にも神社があるんですね?」
「あれは普天満宮の鳥居ですよ。普天満宮は、本土でも有名な熊野権現を祀っているんですけど、奥に鍾乳洞があって、沖縄の祖霊神アマミキヨにも関係があるかも知れません。」
「沖縄にも神道が根付いていたんですね。明日、時間があったら参拝しようかな。」
「小出さんは、お仕事はどんなことをされているんですか?」
「大学で考古学を専攻しています。琉球大学の人文社会学部で沖縄や東アジアの歴史について教鞭を執ることになりました。大学で教えながら、趣味で時間を見つけてマングローブ林の調査も行う予定ですけどね。」
「そうでしたか。大学は米軍基地の南側の西原町だから、ここからも近いですしね。」
「そうなんです。ここに決めたのもそんな理由があって・・・。でも、島を巡るには車は必須ですから、明日にでも車屋さんに行ってみるつもりです。」
「じゃあ、この物件でいいですかね?後の2物件はどうしましょう?」
「いや、大丈夫です。ここ気に入ったんで、ここに決めます。」
「ありがとうございます。じゃあ、事務所に戻って契約の手続きをお願いできますか。」
大海はアパートの賃借契約を済ますと、ガスや水道の手続きをして、身の回りのものと食料品などを近くのスーパーで買い揃え、送っておいた荷物を友人の家に受け取りに行った。
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