case1.9 日常に降りかかる災厄

マルコシアスの羽の基地を叩いた後、あなたたちは都市の中央部へと戻ろうと魔力式バイクで走り出した。探偵の後ろにはアガーテ氏が乗っている。オオカミは仕事を終えたと言って離脱した。彼女も彼女でやることがあるそうだ。ここから都市部までは三十分ほど。それまで記録者たちが持ちこたえさせているだろうか。あなたたちがたどり着いたときにはもう既に手遅れになっている可能性も考慮しなくてはならない。


「時間がないね……クソッ、基地を叩いたのが裏目に出たか……? いや、そうしなければ先に情報を送ることも出来なかった。どっちにしろ、か」


探偵は顔をしかめながらそう言う。それにはあなたも同意だ。どっちにしろ、と言うのが正しいだろう。

とにかく、早くたどり着かなくては。増援を要請するということは相当な被害が考えられる。都市が完全に破壊されるような事態にはならないとは思うが、それでも復興にはかなりの時間がかかってしまうかもしれない。


「……急ぐよ。本当に手遅れになる前に」


バイクがうねりを上げる。早く、もっと早くたどり着いてみせる──


◆◆◆◆


「痛い、痛いよ……」


「誰か、俺の、俺の足が……!! 」


「魔術師は居ないのか!! クソッ、死ねよ魔獣どもめ!! 」


都市が破壊され、燃えている。重火器等で抵抗している者も、逃げている者も、無惨にも殺されている。あなたたちが着いた時には既にこの惨状だった。

家の壁に爪を食い込ませ這い回るように動く蜘蛛のような魔獣や、空を飛びながら火炎魔術を吐いている魔獣──恐らく、前にも戦ったフラウロスだろう──など、他にも多岐にわたる魔獣が放たれている。あなたの視界に入っただけでも6体は居る。多い、あまりにも。こちらの二倍の数だ。低位個体であれば即座に始末することも可能だが、都市郊外に近いここでこんなに居るとなると中心部はどんな状況になっているのやら。


「《魔銃速射》ッ!! 」


「《ブレイズ・ショット》!!」


探偵とアガーテ氏が魔術を放つ。あなたも《フォトン・ショット》を唱え、蜘蛛のような魔獣へと攻撃を仕掛ける。


アンプルで魔力は回復している。《コール・フォトン・ブレード・スタートアップ》を唱えて魔道具を抜刀。《カタパルト》で突貫する。

蜘蛛は《フォトン・ショット》でこちらに気づいているため、顎を開き、こちらへと飛びかかるようにして接近してくる。それに対し、あなたはもう一度カタパルトを唱えて直上に跳ぶことで回避する。

拳銃をホルスターから抜き、魔獣の目へと撃ち込む。そして落下しながら一閃。


〈Gaa!!〉


視覚に頼らずこちらを感知できるのか、前足を振り上げ、着地した直後に動き出した魔獣。それを見たあなたは《カタパルト》をまた唱え、振り下ろした剣を跳ね上げるようにして上昇しながら頭部を切断。どうやら低位個体のようで、これだけで沈んだ。探偵も《弾罪》を使わずとも即座に三体の魔獣を仕留めており、アガーテ氏も一体仕留めているようだ。残ったのは、前と違って《サモン・シュード》で召喚されたわけではない、完全な個体であるフラウロスのみ。宙を舞う相手には《カタパルト》で跳んで攻撃を仕掛けるくらいしか有効打がないあなたであるが、探偵たちが撃ち落としてくれれば──いや、落とすと街に被害がより増える。火炎魔術を使う魔獣は一定確率で死んだときに爆発を起こす個体が居る。もしあのフラウロスがそうであれば、避難している最中の市民に大きな被害が出てしまうだろう。それを察してか、探偵もアガーテ氏も攻撃を行っていない。さて、どうしたものか。


そうして悩んでいると


『《イレイズ・デクテット・オーバーロード》!! 』


何やら飛翔する物体がフラウロスに突貫し、バカみたいに大きな魔力の塊を《イレイズ》系列の魔術に変換し、消滅させていった。

そしてその物体──否、今のあなたと同じように強化外骨格に身を包んだ人物が地面に降り立ち、あなたたちのもとへと歩いてくる。どうやら敵ではないようなのであなたは魔道具をホルダーに戻す。

ヘルメットを外し、敬礼する謎の人物。長髪を靡かせる謎の男性につられてあなたも敬礼する。


「1G38区画の魔獣を討伐してくれた援軍の魔術師よ、感謝している! こちらは記録機関RIWSF所属、コードネーム"チャリオット"。この区画には魔獣はもう居ない。出来れば中心部へと加勢に行ってほしいのだが──っと、良く見たらマクス・ヴァレトじゃないか」


「チャリオット、戦況は? 」


「……正直に言って、不味い。俺の今の担当はこの外周部の魔獣討伐と緊急権限で一般魔術師への使用が解放された《テレポート》で中央部に魔術師を輸送することなんだが、この区画で外周部の魔獣討伐は終わった。だが、中央部は飛び交ってる報告を聞く限り上位個体も散見されるらしい。俺のようなRIWSFの大アルカナ持ちも今魔術都市に居る人員が少なくてな。多くがダンジョンの攻略だったりローマ以外の廃墟都市の制圧に駆り出されてる状態なんだ。このタイミングで仕掛けてきたと言うことは恐らく記録機関の情報も漏れているのだろうな──いや、今はいい。とにかく中央部が非常に切迫した状態だ。至急加勢に向かってほしい。俺も今から向かうところだ。《テレポート》に相乗りしていくか? 」


「そうするとしよう。助手、アガーテさん、それでいいかい? 」


「……いえ、私はここに残ります。負傷者の治癒をしなければいけませんから」


「了解した。そちらの君はどうする? 」


あなたは探偵について行く意思を示す。


「把握した。では、《テレポート》! 」


直後、目の前の空間が歪み、大きな鏡が現れる。これが《テレポート》か。あなたも実際に見るのは初めてだ。


「通り抜ければ中心部に着く。さあ、行くぞ!! 」


ヘルメットを被り直すチャリオット氏。チャリオット氏、探偵と飛び込み、あなたとアガーテ氏が残る。


「……助手さん。頑張って下さいね」


あなたはサムズアップで応じる。初めて見る《テレポート》に興味も引かれるが、今はそんなことを言っている場合ではない。腕を鏡に突っ込む。

腕が紐状に分解されるのを見て、一瞬驚くが、躊躇っている暇はない。意を決して飛び込む。


視界が刹那の間真っ黒に染まる。そして、再度光が入ってくると、そこに見えた光景は、まさしく地獄だった。


鳴り響く轟音。飛び交う魔術。破壊される都市。そこは、放たれた魔獣だけでなく、マルコシアスの羽の魔術師も参戦しているようで、かなり凄惨な有り様だった。

都市の中央部である記録機関本部を攻める側と守る側で戦いが起こっているようだ。防衛側の魔術防壁はとうに破られているようだが、記録機関の制服を着た人間が唱えた《アイス氷結バリケード防壁》系列の魔術で築いた簡易的な遮蔽物を活かした防衛線を構築している一方、火炎瓶、火炎放射器や火炎魔術を使える魔術師、そして火炎魔術を放つ魔獣などを主体に攻めているマルコシアスの羽側、と言ったところだろうか。氷結魔術は防衛する、と言う一点においてとても強力だ。魔術を一度使えば半永久的に効果が残存する魔術は珍しい。その反面、対策されやすいと言うデメリットもある。《アイス》と言う魔術は単純に言えば氷を出すだけの魔術だ。多少は耐性があるが、それでも炎には弱い。攻める側が火炎魔術を使える魔術師や火炎瓶等を用意してあれば攻略できてしまう。魔獣の放つものであれば尚更だ。無尽蔵の魔力から放たれる火炎魔術は、簡単に氷を溶かしてしまう。

だが、無尽蔵の魔力と言う点では記録者も負けていない。原理は知らないが、記録者は魔力の尽きることがない。魔力切れで負け、と言う事態にはならないだろう。


はっ、と、現実に帰ってくる。そんなことを考えている余裕はないのだった。


あなたたちがいるのは戦場から少し離れたマンションの上。探偵は銃を構えて射撃を開始している。


『クソッ、予想通りか。君はどうする。俺と共に降りるか? 』


あなたは頷く。チャリオット氏は頷き返し、《オプション・スタートアップ・フライト飛行》を唱えるとあなたを抱えて戦場へと飛ぶ。風景がかなりの速度で流れる。それも束の間、記録機関本部側へと降り立つ。


『コードネーム、"チャリオット"、これより加勢する!! 』


「大アルカナ持ちか、助かるぜ!! お前ら、ここが正念場だ!! テロリストどもに目に物見せてやれ!! 」


各地で雄叫びが上がる。あなたはホルダーから魔道具を抜き放ち、バリケードを越えてきたマルコシアスの羽の構成員を斬り倒すべく構える。


「チィ、チャリオットが間に合いやがったか。この戦場にはあと"フール"と"ワールド"。三人も居るなら戦況的には不利か。フランチェスコも来ねぇし、何があった? まあいい、どうせここまで来たら退くに退けねぇ。やるぞテメェら!! 」


相手方もやる気は十分のようだ。さあ、殺り合うとしようじゃないか。


まず、《カタパルト》で防壁を飛び越えてくる輩を拳銃で撃ち落とそうと試みる。が、圧倒的な加速で捉えきれない。なら次の手。降りてきたところに仕掛けるしかあるまい。


「このガキィ! 死ね! 」


着地後、振り下ろされるナイフと鍔迫り合いをするべく剣を振るう──が、圧倒的な出力の差と、相手が《ヒート炎熱》などの属性でナイフを強化していなかったこともあり、溶断。そのまま腕を斬る。


「ぐうぉっ!? う、腕が──」


戦闘の最中にいちいちうるさいヤツだ。まあいい。振り抜いた腕を返すように再び振るい、首を狩る。一息つく間もなく、次──既に交戦状態にある記録者の援護だ。主にバリケードを越えてきているヤツを殺すべく、周囲を探る。


「く、ぅ──」


「さっさと死ね、このクソアマァ!! 」


あなたの後方からそう声が聞こえる。振り返ると、記録者のサーベルとマルコシアスの羽の構成員の属性剣で鍔迫り合いをしていたところだった。


あなたは《カタパルト》で飛び出し、後ろからマルコシアスの羽の構成員の頭部を刺し穿つ。

殺したヤツがだらん、と脱力したせいで、記録者があなたの剣の方へと倒れてくるのを見て、慌てて刀身をしまう。そして倒れてきた身体を屈みながら左手で抱えるようにしてキャッチ。


大丈夫か、と声をかける。


「す、すまない……助かった。ありがとう。魔獣との戦いには慣れていたのだが、魔術師との戦いは演習以外初めてだったのでな……いや、言い訳はいらないか。とにかくありがとう。加勢にきてくれなければやられていた」


大丈夫そうでなによりだ。自力で起き上がってもらう。


「ん、すまない。通信だ。──何だと? 了解した。そちらに向かおう。──っと、私は本部からの指示でここから離れて魔獣との戦闘へと参加してくる。この後も気を付けて戦ってくれ。では。《オプション・スタートアップ・フライト》」


空へと飛び立つ記録者。少し目で追って別れを告げようとすると、視界の隅に遠い空の向こうから何かが飛翔してくるのが見えた。《ファーサイトネス遠視》で、急にズームされぶれる視線を修正しながら対象を見る。あれは、ミサイルか──?


ミサイルと言えば魔術師などの生体ユニットと同調させてサーキットを形成し魔術抵抗を高めた上で、《シールド》系列の魔術で防御をかなり固めた状態で飛翔するので対応が難しい。とは言え、RIWSFが誇るアルカナ持ちのチャリオット氏くらいの実力があれば《イレイズ》で消せるだろう。あなたが気付いているのだ。チャリオット氏や記録機関本部が気付いていない訳がない──いや、まだだ。1発だけではない。先行して飛んできているミサイルの後方から、目視できるだけで十数発。不味い、非常に。ひとまず探偵に一報入れるべく、《テレフォン》を起動。


『助手、どうしたんだい? 戦闘中だけど、何があった? 』


ミサイルが飛んできている、防御体制を取れ、とあなたは周りに居る人にも聞こえるように叫ぶ。


『ミサイルだって? ちょっと待ってくれ、《ソナー音響探査・カルテット》……本当だ。高速で接近する物体がある。数、16。かなり多いね。連中、自分の組織の構成員まで巻き込む気か? 取り敢えず了解した。アダマンタイトと防御魔術でどうにか対策をしてみるよ』


探偵との通話が切れる。あなたは、探偵との通話中にあなたの近くに来ていた記録者の方へと身体を向ける。恐らく、ミサイルの件だろう。


「ミサイルと、言ったか? ならば、今すぐ本部に連絡を──いや、その必要はないようだ。今通達が来た。確かに飛来してきている。恐らく対空防衛魔術やRIWSFの精鋭であればいくらかは落とせるだろうが、直撃は免れない。俺たちはミスリルの装甲を纏っているとは言え、魔術で防御を固めなければかなりの痛手だ。だが、その点で言えば奴らの方が厳しい筈だ。奴ら、ほとんどただの服ってくらい軽装で来てるからな。そんな事、分かりきってるだろうに。連中、何を考えているのやら──っと、話はこの辺にしとくか。 俺は前線の援護に回るが、一般魔術師のお前は防御に専念しろ。記録機関本部には今は入れないから、そこで爆風を凌ぐことは出来ない。遮蔽も自分で作り出すしかないが、まあこの戦場に入ってくるようなヤツだ。それくらいの実力はあるだろう。取り敢えず防御体制を取れ、いいな?死なれたら俺たちのメンツに関わるんでな。じゃあな! 」


手を振り返す。到達まではおよそ一分弱と言ったところだろうか。あなたは《コール・フォトン・ドーム・シールド・クインテット・オーバーロード》を唱え、半球状の盾を展開。その中で《コール・フォトン・バリケード・クインテット・オーバーロード》を追加詠唱し、防御を固める。後はあなたの最高の一撃すら防いだフランチェスコの強化外骨格を信じることと、記録機関がいくらか撃ち落としてくれるのを願うしかない。

流れてきた魔術をドーム型の盾が弾く。うむ、防御力は十分だろう。


さて、そろそろか。ここからでもジェットエンジンの轟音が聞こえてくる。


閃光。そして爆発。それが連続して、合計4回。盾は簡単に砕け散り、バリケードも割れる。強化外骨格にも罅が入り、地面を数回転がる羽目になる。だが、それだけで済んだ。核ミサイルでなくて良かった。核ミサイルはあなたが知る世界からずっと現役だ。弾道ミサイルではなく、地上近くを飛んで行く巡航ミサイルだったので、恐らく核ではないだろうと言う目星はついていたが。


記録機関本部は無事だ。本体にはとても強固な魔術防壁が展開されている。


戦場はと言うと、爆発に巻き込まれたり、破片を浴びたマルコシアスの羽の構成員はほとんど即死、もしくは重傷を負って倒れている。魔獣も同じく、ミサイルでほとんど死んでいるようだ。一方記録者達は無限に存在する魔力を使って随分と厚い防壁を展開していたようで、殆どの記録者が軽傷だ。今はまだ死んでいない残党の掃討をしている。


もう少し長引くかと思っていた戦いは、これにて終結した。にしても、この結果は分かりきっていたのではないだろうか。なぜミサイルを打ち込んだのか。第三勢力でもいるのだろうか──いや、多分居るのだろうな。

今回のマルコシアスの羽の件で、記録機関の守りも磐石ではないことが証明されてしまった。これからテロ組織など反政府勢力の活動がより活発になるだろう。


取り敢えずは、勝利。街に出た被害も少なくない。これから復興という形になるだろうが、それがどれくらいかかるのかはあなたには分からない。


今後生まれる面倒事を思うと、おもわず溜め息が出た。大の字に地べたに寝たまま、目を閉じた。



















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