case1.8 非日常的戦場譚
「さて、作戦決行だ」
アダマンタイト製の仮面に、インナースーツ。その上にいつものコートを羽織り、《指銃》から《魔銃》へと自身の魔術を変化させるための補助として銃剣つきのマスケット銃を携えた探偵がそう告げる。
アガーテ氏はいつも通りのブレザーにスカートだが、あなたの防具はミスリル製のフルフェイスヘルメットに防弾チョッキ、各部プロテクター、そして小物入れ用のポーチとなっている。また、武器としてはこれもまたミスリル製の《コール・フォトン・ブレード・スタートアップ》に対応した筒状の魔道具──魔術の行使を様々な形で補助するものを魔道具という──と、9ミリ弾のハンドガンを腰に提げているのと、使いきりのロケットランチャーを肩に担いでいる。ミスリルは魔術との親和性が高く、出力を向上させたり、魔力消費を抑えたりすることのできる魔道具に加工されたりもするのだ。
作戦の話に戻ろう。今いる場所は目標のマルコシアスの羽の施設付近の森林。そこに潜伏している。オオカミの合図でロケットランチャーで施設に穴を空け、そこから侵入する手筈となっている。
『……OK、今施設内の監視カメラにアクセスした。《テレフォン》はこのままグループ通話状態を維持して。あたしが指示する通りに動いてくれれば目標のところまで確実にたどり着かせてあげる』
《テレフォン》を通して耳元にそう声が聞こえる。あなたが知る頃に用いられていた様なものは魔術にとって代わられているものが多い。通信機や暗視ゴーグルと言った軍事作戦に用いられる様なものは尚更だ。動きを阻害することもなく、少しの魔力消費で済むようになった事によるメリットは大きい。無論、魔術ハッカーの影響を考慮して今でも通信機を用いている部隊もあるそうだが、魔術ハッカーのバックアップを受ける側であるあなたたちには今はあまり関係のない話だ。
『ルート選定も完了したわ。カウントダウンを始めるわね。……3、2、1。今! 』
合図と共にあなたはロケットランチャーを放つ。それと同時に探偵が《カタパルト・トリオ》で3人を射出する。魔術により速度が遥かに向上したロケットランチャーが着弾し、大きな爆発が起き施設に風穴が開いたところで速度が最高に達し、掛かるGで少しブラックアウトしそうにもなりながら、あなたは《
「作戦開始だ。手筈通り、僕はアガーテさんと暗殺及びデータ収集。助手はフランチェスコの足止め。オオカミ、フランチェスコの場所は? 」
『防衛部隊と一緒にそっちに向かってる。フランチェスコを含めて数は4。大分出払ってるみたいね。襲撃なんてされたことのない生温い集団の防衛部隊だから、テロの実働部隊よりは楽な相手だろうね。まあ、フランチェスコを除いてだけど。あいつは極東の英雄、カミシロと戦って生きて帰った凄腕よ。マクス、本当に助手ちゃん一人に任せて良いわけ?』
「僕の《弾罪》は奥の手と言う割には何の制約もないし、その上一撃で相手を葬れる最強格の固有魔術だと自負してるんだけど、それでもサーキットに細工をして魔術抵抗を高めてきている相手とは一撃で消滅させれなかったりと相性が悪い。《指銃》も《魔銃》もサーキットにダメージを与える効果が打ち消されてしまう。僕は固有魔術特化型の魔術師だからそれ以外の魔術はあんまり得意じゃないし、マスケット銃も皮下装甲の前には無力だろう。僕はとことんフランチェスコと相性が悪いんだ。だから、一対多にはなってしまうけど、対人戦特化の助手が相手した方が賢明だ」
そう、あなたは探偵に対人戦特化の魔術師として育てられた。探偵と相性の悪い相手に対応できるように、と。様々な依頼を受け、様々な戦場を歩んできたあなたとは言え、フランチェスコほどの相手と戦うのは初めてだ。あなたがどこまで渡り合えるか。奥の手を切らざるを得ない状況まで追い込まれてしまうのか。それはまだ分からないが、厳しい戦いになることは予想できる。
「……っと、話はここまでにしておこう。アガーテさん、行こうか」
「はい! 助手さん、頑張ってくださいね」
手を振るアガーテ氏に剣を握っていない左手で振り返し、フランチェスコが来るであろう方向へと顔を向ける。
『助手ちゃん、そろそろ来るわよ。あたしもマクスたちのナビゲートに専念するからあんたの援護は出来ないけど接敵までの時間くらいなら教えてあげれるわ。あと、30秒よ。じゃあ、頑張ってね』
剣を二、三度ほど振る。腕の調子は良し。奥の手の準備も出来ている。《ペイン・アブソーバ》を唱え、痛みを緩和させておくことも忘れずに行う。《フォトン・スリップストリーム》も唱え、機動力を上昇させておく。オオカミが教えてくれた接敵の時間まで、あと5秒──
まず一番最初に部屋に入ってきたフランチェスコではない防衛部隊の一人の心臓に向けて突貫し、刺し貫く。
「ブラボー2!? クソッ、侵入者か!! 」
まず一人。そのまま死体を蹴り飛ばし剣を身体から抜きながら後退。その間にフランチェスコのガトリングガンと防衛部隊員の火炎属性魔術と氷結属性魔術が飛んでくるが、それらを致命傷になりそうなものだけ剣で叩き落とし、それ以外は無視して机の裏へと逃げ込む。初撃で感じたところ、相手の装備はそこまで強固ではない。フランチェスコは全身を装甲で固めているが防衛部隊員の方はかなりの軽装だ。これならハンドガンでも仕留められそうだな、あなたはそう思考する。机はもう持ちそうにない。さて、次の手はどうするべきか。フランチェスコとの一対一に持ち込むにはどう動いたものか。
あまり悩んでいる余裕はない。ここは一度攻撃に転じよう。腰のホルスターから左手でハンドガンを抜き、机から一瞬だけ頭と左手を出し、パン、パン、と2発。防衛部隊員の一人の頭部を狙って撃ったのだが当たったのは左肩に一発だけだった。しかし相手は《ペイン・アブソーバ》を唱えていなかったようで痛みで怯んだようだ。《ペイン・アブソーバ》は五感への強い衝撃も緩和する。それを唱えていないと言うことは──あなたは目を瞑りながら、《
僅か数秒、秒速1メートル程で飛翔した後にカッ、と強い光を放つ。それと同時にあなたは机の裏から素早く出てハンドガンの狙いを定める。フランチェスコは《ペイン・アブソーバ》を唱えていたようで依然としてガトリングガンをこちらに放ってくるが、あなたはそれを回避したり斬り落としながらハンドガンでいまだに強い光を浴びて視覚がまともに機能していないであろう二人の眉間を撃ち抜く。これで、一対一の状況だ。
ガトリングガンも撃ち続けて弾切れしたようだ。暫くは使えないだろう。魔術で弾を補充するにも、一節だが唱える必要がある。さあ、どう出る?
「やるじゃねぇか。役立たずではあったが、三人をあっという間に始末するとはな。……だが、俺も一対一の方が強みを活かせる。何故かって? 俺の固有魔術は、そのためにあるんだからな!! 《我が手に剣を・──》」
固有魔術の詠唱が始まる。そうはさせるか。あなたはハンドガンを撃ち込みながら距離を詰める。撃ち込んだハンドガンの弾は簡単に弾かれてしまった。皮下装甲だけでなく、通常の装備している装甲もとんでもないらしい。あなたはハンドガンをホルスターに戻し、代わりに《コール・フォトン・シールド・スタートアップ》を唱え前方に盾を構えながら突進する。
「《親しき者に救いを・──》」
距離を詰めきり、剣を首に向かって左薙。しかしその一撃は、相手が振り上げた右腕の装甲に簡単に受け止められてしまった。お返しとばかりにガトリングガンのついた左手で殴り飛ばされる。咄嗟に盾で受け止めるが、それでも勢いは殺しきれず地面を数度バウンドしながら、会議室の反対側まで吹き飛ばされる。そうこうしている内にもヤツの固有魔術が完成してしまう。この詠唱は聞いたことがある。確か、伝承に出てくる英雄の墓守の使う魔術。あまりにも有名で、その上強力な魔術。その名は──
「《そして仇なすものに鉄槌を・蒼穹なる聖剣よ》!! 」
ヤツの手に光が集まり、剣の姿を成していく。青く光る刀身に、青い宝石が埋め込まれた鍔。
聖剣、アロンダイト。円卓最強の騎士ランスロットの振るった剣である。
確か性質は加護。湖の乙女の加護を擬似的に得て身体能力が飛躍的に向上するものだった筈だ。おそらくヤツは英雄の墓守の家系に列なる者を殺し、そのサーキットを奪ったのだろう。本来の性能よりは劣化しているだろうが、それでも聖剣。あなたの使う剣とは比較にならないほど強力だ。おそらく、鍔迫り合いも出来ないだろう。なんとかアロンダイトをくぐり抜けてフランチェスコ本人に到達したとしてもあの装甲の前にはあなたの剣の出力では太刀打ちできないだろう。万事休す、と言ったところだ。
ならば、こちらも奥の手を出すまで。あなたは魔術式を紡ぐ。
《神よ・我が身を捧げます》
二節固有魔術。《神霊降臨》
それが、あなたの奥の手の名である。
使用すると同時に意識が落ちていく。あなたはあなたでないナニカに身を任せる。ここから先、あなたの意識が戦いに干渉することは出来ない。ただ、暗い意識の底で見守ることしか出来ない。自らの生死をナニカに委ねたのだ。
【うん、任せてくれ。人の子よ】
あなたに代わってナニカが言葉を紡ぐ。
【ここから先は、私が戦おう。軍神マルスの名に誓って】
ナニカ──否、マルスがそう言う。
《神霊降臨》は意識の底へと追いやられるのと、寿命を引き換えにして、時限式の強化と言うのが能力である。魔力の補充と出力向上、そして卓越した技能を誇る軍神マルスとの契約による憑依が効果。寿命はいくら削られるのかは分からないが、発動後はごっそりと体力が持っていかれる感覚がある。
「……軍神、マルスだと? 貴様が? やってやろうじゃねぇか。《リロード》ッ!! 」
ガトリングガンに再び銃弾が込められる。マルスは盾の展開をやめ、剣一本で一先ずは様子見をするようだ。
【さて、やろうか】
「上等だ!!《スリップストリーム》ッ!! 」
両者、突進。アロンダイトとマルスの剣が鍔迫り合いをする。あなたであれば鍔迫り合いにすらならなかっただろう。しかし、《神霊降臨》によって大幅に強化された今であればそれも可能になる。
二撃、三撃と次々に斬り結ぶ両者。英雄と軍神。それぞれの代理がぶつかり合う。どちらが勝ってもおかしくないが、どうなることやら。何度も言うがあなたは見守ることしか出来ない。
「……ッ、流石軍神。一筋縄じゃいかねぇか。ならよ、これならどうだ!! 《コール・ヘビーアタック・インジェクション》!! 」
【ならこちらも。《コール・フォトン・ブレード・ヘビーアタック・インジェクション》】
お互いに《ヘビーアタック》を起動する。しかし、フランチェスコは武具指定をしておらず、マルスの方が五節魔術な分有利だ。鍔迫り合いになればマルスが勝つだろう。それを察してかフランチェスコは《ヘビーアタック》の効果をアロンダイトではなくガトリングガンに適用させた。零距離から銃身が高速回転し、硝煙の匂いと共に魔術の弾丸が続々と吐き出される。マルスは《フォトン・シールド》でそれを防ぎつつ、どうにか距離を開けようとするが、《ヘビーアタック》の乗ったガトリングガンの高い衝撃力が移動を許さない。受け止めるので精一杯のようだ。剣で叩き落としたとしても、銃弾を斬り落としている間に《ヘビーアタック》の効果は切れてしまう。《ヘビーアタック》は攻撃するまでは効果が長続きするが、一度攻撃してしまうと暫くして効果を失う、と言う特性があるからだ。しかし、それは相手にも言えることでガトリングガンの攻撃も暫くすると《ヘビーアタック》の効果を失った。マルスはバックステッブで回避運動を取りながら距離を開く。それを見てフランチェスコも一度後退する。
「……いいねぇ、こうでなくっちゃ。《リロード》」
ガトリングガンから銃弾が再度放たれる。が、盾で完全に衝撃を殺しきれる程度まで衝撃力は低下している。
【《カタパルト》】
これを好機と見たのかマルスは盾で銃弾を弾きながら突貫する。そして間合いを詰め終えると《ヘビーアタック》の効果が適用されたままの剣で逆袈裟斬り。フランチェスコはそれをアロンダイトで防ぐものの、強い衝撃を与えられ後ずさる。お返しとばかりにフランチェスコの長い右足から鋭い蹴りが放たれるが、マルスは身体を捻りながら後方に素早く跳ぶことでそれを避ける。
【《カタパルト》ッ!! 】
バク転の要領で後退したマルスは、ガトリングガンが放たれる前に再度距離を詰める。
「《ヘビーアタック》ッ!! 」
対してフランチェスコは簡易詠唱で迎え撃つ。強化されたアロンダイトの威力は洒落にならない程で、突進の勢いを乗せたマルスの一撃を軽々と弾き返した。そして、大きくバランスを崩したマルスの胴にまだ《ヘビーアタック》の補正の乗っているアロンダイトが直撃する──
【《プリセット》ッ!! 】
その寸前でマルスは《プリセット》を唱え《コール・フォトン・シールド・クインテット・オーバーロード・スタートアップ》を起動し、振り抜かれるアロンダイトの軌道上に展開する。しかし、勢いを減衰させることは出来たものの、止めることは出来ず防弾チョッキを引き裂きながらマルスの──つまり、あなたの胴を斬り裂く。マルスも身体を可能な限り捻り深刻なダメージを貰うことだけは回避したが、それでも決して浅くはない傷が身体に刻まれる。正直なところ、かなり痛い。意識は沈んでいるとは言え肉体の所有者はあなただ。痛覚などは共有されている。《
「キツいのが一発入ったんじゃねぇか? 軍神様よぉ」
【まだだ、勝負はこれからさ】
「ハッ、どうだかな。少なくともお前の肉体は悲鳴を上げてるぜ。あのカミシロと戦って生き延びた俺の目は誤魔化せない。普段の何倍もの身体能力を発揮してるんだろう? 軍神マルスのフルスペックだ。そこらの人間が耐えられる訳がない。どうだ? 間違ってるか? 」
悔しいが、正解だ。前回の《神霊降臨》の時も肉体が限界を超え、悲鳴を上げていた。今回は前回よりも使用時間が長い。とっくに限界を超え、身体に負担がかかっている状態だ。ぶっちゃけキツい。しかし、だ。負ける訳にはいかない。探偵にこの場を任されたのだ。その信頼に答えなければ。
行くぞ、マルス。あなたはそう意識の底から語りかける。
【人の子よ、安心したまえ。君の寿命をまた削ることにはなるが、私の固有魔術を使おう。……本当は使いたくなかったけれどね】
それを聞くと即座に《スリップストリーム》で加速状態にあるフランチェスコが突進する。詠唱の隙を与えまいと言う算段だろう。しかし、あなたは知っている。軍神マルスは固有魔術を詠唱しながらでも全力で戦える神であると。
【《我は人に非ず・都市を作りし者の祖・》】
アロンダイトが振り下ろされる。それをマルスは剣で受け流し、反撃として左足から蹴りを放つ。固い装甲に阻まれダメージは通らない。左足を切り落とされないうちに引き戻し、剣でアロンダイトを弾き飛ばそうと振るう。だが、フランチェスコの膂力の前には通用しない。これは本格的に打つ手がなくなってきた。マルスの奥の手が通用する可能性にに賭けるしかない。
【《神に嫌われようとも・人の子に愛されなくとも・》】
こちらは打つ手なしの状況が続く。しかしヤツの一撃はこちらにとっては全て痛手になる。特に四肢を失ってしまうと本当に不味い。治癒自体は後から出来るが戦闘の幅が狭くなってしまう。出来ることが少なくなると言うのは対応力が減少すると言うこと。この状況で択が無くなっていけば死が迫ってくるのと同じだ。しかし、そんな状況下でもマルスは一手一手、最適解で対応し時間稼ぎを着々と遂行している。
【《この身に降り注ぎし戦の誉れだけは真実・》 】
「チッ! 完成しやがったか。《プリセット》ッ!! 」
ここであなたが降臨させたマルスについて軽くまとめておこう。軍神マルス、ローマ神話における神。ローマを創ったと言われるロームルスの父であり、戦いの神とされている。しかし、あなたが降臨させたのはそれだけではない。マルスはギリシャ神話におけるアレスとも同一視される。そのアレスの側面も持ち合わせているのだ。勇猛で、荒々しい神、アレス。今は礼儀正しく、好青年と言った感じの言動だが、その固有魔術を解放したときには──
【《吼えよ・我は破壊者なり》】
その本性を顕す。都市の破壊者、嫌われ者の神。その姿を。
【《軍神咆哮》ッ!! さあ、殺り合おうじゃないかッ!!】
《軍神咆哮》。その効果は、超高濃度の魔力を編むことによる身体能力の飛躍的な向上及び魔術詠唱なしで一部の魔術を行使可能になるというもの。代償は動かした部位にその出力に応じた反動ダメージが入るのと、あなたの寿命をより削ること。
フランチェスコは《プリセット》で、恐らく《ヘビーアタック》系列の長節詠唱を短縮し、唱えたのだろう。アロンダイトが今までの比にならない程光を放っている。対するマルスは剣の展開をやめ、ホルダーに戻し、徒手空拳で立ち向かう。
【《カタパルト》行くぜ──ッ!!】
「かかってこい!! 《カタパルト》ッ!!」
両者、突貫。頭頂部へと振り下ろされるアロンダイトに向かって左の拳を振るう。《軍神咆哮》によって詠唱無しで起動した魔術は必殺級の《コール・
ただでさえ増幅された身体能力に加わり、限界まで魔術で強化された一撃。それは、固有魔術であるアロンダイトをも上回ることが出来る──!!
【ぶちかます──ッ!!】
バキィン、とアロンダイトを半ばから叩き割る。バイザー越しに明らかに動揺した表情をするフランチェスコが見える。反動で左腕がひしゃげる。尋常ではない痛みが伝わってくる。身体の制御権がないにも関わらず涙が出そうになる錯覚をしてしまう程。しかしそんなことに気を取られている暇はない。ガトリングガンで防御する姿勢もまだ取れていない。ヤツを仕留めるなら、今、このタイミングしかない。
【じゃあな。フランチェスコ・カプリオーネ。貴様もまた好敵手であった】
「……ハッ、そうかよ」
《コール・フィスト・ヘビーアタック・デクテット・オーバーロード・インジェクション》による一撃が、フランチェスコの纏う鎧、皮膚、そして皮下装甲を貫きその奥の心臓を穿つ。それと同時に意識が急浮上する。マルスが自身の役目を終えたと判断し、《神霊降臨》の効果を解いたのだ。
激痛が走る。右腕も内側で骨が砕け散っているようだ。フランチェスコから右腕を引き抜く。血塗れだな、なんて考えながら一先ず《ハイ・リジェネ・カルテット》を唱え自身の傷の治癒に専念する。
頭を少しでも動かした場合、《リジェネ》系列の魔術は効果を失う。そのため、視線だけでフランチェスコが本当に死んでいるかどうかを確認する。
呼吸の有無も瞳孔も確認できないが、脈は当然、心臓を潰したのだから──いや、ある!!
「《
フランチェスコの右腕を覆う装甲が変形し剣の形を成す。即座に《カタパルト》を唱えようとするが、間に合わない──!
やむを得ず飛び退くあなた。
飛び散る鮮血、潰れる左の視界。
そして、衝撃。床に背中から倒れる。舌打ちをしながら次の行動を考える。心臓を潰されても動いているフランチェスコ。恐らく予備心臓だろう。体内のどこかに隠してあったのだ。長くは持たないだろうが、今の、両腕で武器を握ることの出来ない状態では腕を向けるだけで照準が出来る《ショット》や《ブラスト》で対抗するしかない。ガトリングガンもヤツにはある。択を選ぶなら早くしなければ──
「チッ、掠っただけか。《我が手に剣を・──》」
固有魔術を使われると勝ち目がない。《神霊降臨》をもう一度出来るほどの魔力量はないからだ。しかもう剣を握ることも出来ない。阻止は絶望的か──
「《魔銃・貫通弾》!!」
「燃えろー!! 」
パァン、と銃声が響き、炎の塊が飛ぶ。援護射撃だ。探偵とアガーテ氏が来てくれたのか。
探偵の放った銃弾がフランチェスコの右手の指を抉り、アガーテ氏が魔獣の特性を活かし無詠唱で放った火炎魔術がガトリングガンを溶かす。
『ギリギリ間に合ったみたいね。助手ちゃん、良く持ちこたえたわ。ここからはマクスたちに任せて』
オオカミがそう言う。ああ、そうか。間に合わせてくれたのか。安心感で意識を手放しそうになるが、まだだ。アロンダイトを完成させられたらこちらに打つ手はない。その前に仕留めなければ。
「《親しき者に救いを・──》」
手を使わず反動だけで立ち上がり、霞む視界のなかフランチェスコの元へと《カタパルト》で自身を射出する。剣の一撃を左手で受け、切断されるが、骨に当たって少しの時間を稼いでいるうちに先ほど穿った傷口へと手を伸ばす。
唱えるのは、《フォトン・ブラスト・クインテット》。簡易詠唱で落ちた威力の分を重奏魔術で無理矢理補強して放つ。傷口から、拡散弾がフランチェスコの体内を蹂躙する。
「……やるじゃねぇか、テメェも。……だがよ、俺たちの真の目標は、殲滅作戦の報復は、始まったばかりなんだぜ」
待て、どう言うことだ。それを尋ねる前に事切れてしまった。仕方ない、この話は取り敢えず置いておくとしよう。
あなたは振り返り、援護射撃をしてくれた二人の元へと歩く。
「ひいっ。じょ、助手さん。酷いお姿ですね……」
なにを、名誉の負傷さ、あなたはそう言う。
「……助手、無事……ではなさそうだね。早く治癒を──」
魔力がもうない。神霊降臨で大部分を使い果たしてしまった。アンプルを使いたいのだが、小物入れから取って刺してくれないか、探偵にそう言う。
「……助手はもう少し、自分の身を大切にしてくれないか。死なれたら困るんだ」
はいはい、あなたは聞く気はないがそう返事する。
慣れた手付きで注射針を首もとの血管へと刺し、中身を注入する探偵。
魔力補給アンプル。外付けの魔力タンクの様なもので、あなたのもう一つの奥の手。外部から無理矢理魔力を補給しているので身体への負担も大きいし、何より高価だ。そう易々と使えるものではないが、その分効果は絶大で自身の魔力を全回復させると言う破格の効果を誇る。
そうして回復した魔力を使い《コール・ハイ・リジェネ・クインテット・スタートアップ》を唱えて自身の傷を癒す。
止血から始まり、傷の再生までしばらく時間がかかるが、それでも確実に傷は癒えていく。
まず肉が盛り上がり、その内側に骨が形成され、そこの上から皮が全体を覆っていく。
切り裂かれた眼球も再生していく。次第に視界が鮮明になり、何事もなかったかのように元に戻る。雑談しながら過ごしたこの時間は、10分程度。魔術が普及した今、魔術師は魔術詠唱を封じた上で拘束するか、即死させるかしなければいけない理由がこれだ。反面、生き残って時間稼ぎさえ出来れば何度でも逆転のチャンスがあるとも言えよう。その点、フランチェスコが先に仕掛けてきてくれて助かった。心臓を破壊しただけ、という傷の深さでは五分程度で治癒されてしまい、そこからまた《神霊降臨》無しでの戦闘へとなるところだった。
「……さて、助手も回復したことだし。判明した事実について伝えよう。時間が割と無い、と言うか、もう始まっている可能性すらある」
何なんだ。あなたは裂けた防弾チョッキと割れたヘルメットを脱ぎ捨て、代わりにフランチェスコから剥ぎ取った強化外骨格──魔術と科学のハイブリッドのアーマー。自己修復機能や装甲の一部を武装に変形させる機能を持ち、《カタパルト》や《スリップストリーム》の魔術式を刻んだり、各部にバネを仕込んだりして運動性能を大幅に向上させてあり、単騎での解決を目標とした超高価な装備品である──を着込み、恐らく様々な機能が搭載されているであろうバイザー付きのヘルメットを装着しながら話を聞く。アガーテ氏はオオカミと雑談している。気が抜けるな、全く。
「先ず喜ばしいことから。アガーテさんの原核を修復する手段は判明した。けど、すぐには出来ない感じだったからデータをメモリに移して撤退した感じさ。そしてアガーテさんを連れ拐う計画を立てていたリーダー格の人間も始末。実働部隊はどこかに行ってるみたいで仕留めることが出来なかったけどね。ついでにアガーテさんの真名も分かった。それは後から本人に聞いてくれ。そして、不味いこと。そこで手に入った情報なんだけど、どうやらこのマルコシアスの羽、捕らえた魔獣を都市に解き放つらしい」
あなたは動揺する。魔術都市には魔術師も多いが、魔術の使えない人間の方が圧倒的に多い。そんなところに魔獣が解き放たれてしまえば、どんな惨事になるか想像もつかない。探偵は、アガーテ氏と探偵と一狩りしたあの日、異様に魔獣が少なかったのも、マルコシアスの羽が魔獣を捕らえていたからなのではないか、と考えているらしい。確かに辻褄が合う。恐らくその日だけではなく、その作戦のために長い時間をかけて魔獣を集めていたのだろう。かなり大規模なテロになりそうだ。記録者への連絡はしたのか、あなたは聞く。
「勿論。アグネスさんに一報入れたさ。記録機関がすぐに動くかどうかは分からないけどね」
それは良かった。あなたはほっと胸を撫で下ろす。記録機関は動きの遅さに定評があるが、実際にテロが起きた場合、または起きる可能性がある場合の対応は素早い。何とかしてくれるだろう。
「そう言えば、助手。君はまだ固有魔術のスロットが二つ残っているよね? フランチェスコの固有魔術を奪ったらどうだい? 」
遠慮しておく。あなたはそう言う。人には固有魔術を保有するためのスロットが3つある。探偵なんかは埋まっているそうだが、あなたは《神霊降臨》の1つしか埋まっていない。正確には《軍神咆哮》もあるのだが、あれはマルスの固有魔術なのであなたのスロットを埋めることはない。細かい仕組みは分かっていないのだが、まあいいだろう。
そして本題、何故アロンダイトを奪わないのか。理由は簡単。アロンダイトのパワーに、《神霊降臨》と魔道具を組み合わせれば《コール・フォトン・ブレード・スタートアップ》で拮抗できると分かったからだ。
そんな出力の剣など要らん!!せめてビームを出せるようになってから帰ってこい。と言うのがあなたの本心だ。ロマンが分からん剣など不要。
そんないつもの調子に戻ったあなたであるが、少し不安もある。
本当にマルコシアスの羽がテロを企てているのであればあなたたちもここで一息つく前に加勢しに行った方が良いのではないか。
「本当に不味いならアグネスさんから連絡が来るさ。それに──」
探偵が続く言葉を紡ごうとしたとき、《コール》の着信音が鳴る。まさか。
探偵がスピーカーモードで応答する。
『ごめんよ探偵さん!! 援護に来てもらっても良いかな? 連中、都市の各所に魔獣を放っただけじゃなくて、魔術師も動員して破壊活動をしてるみたいなんだ!! 』
あなたと探偵は目を合わせる。フラグ回収までが早すぎる。
「了解。僕と助手、それからアガーテさんで向かうよ」
『助かるよ!! じゃ、私も戦線に出るから、後で会えたら!! 』
さて、厄介なことになったが、まあいつもこんな感じか。
あなたは治ったばかりの腕をぐるりと回し、頬を叩き気合いを入れる。
仕事は、終局へと近付いている。
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