case1.3 日常の中に潜むもの

「《コール・ブレイズ・キャノン・インジェクション》ッ!! 」


 アガーテ氏の魔術が魔獣を吹き飛ばし、


「《指銃速射》」


 探偵の魔術が魔獣を貫く。


 おーすごい、とあなたは一人離れた場所から見つめる。

 探偵とアガーテ氏とあなたの三人はあの後、魔獣を探して第三廃墟都市を散策していた。しかし不思議と魔獣に遭遇せず、二時間ほど練り歩いてようやく一匹低位個体を見つけたのだ。


「よし、終わり! いやー疲れた。まさかこんなに歩くことになるなんてね。もうくたくただよ」


「まさかここまで時間がかかるなんて思いませんでした……。あ、記録機関への連絡は私がしておきます。《テレフォン通話》」


 頼みます。と、あなたはそう言う。記録機関に連絡すると、魔獣の死体の処理をしてくれるのだ。記録機関からの依頼で魔獣を狩る理由は、単純に魔獣の数を減らしたいから、とされている。ここ、第三廃墟都市のように魔獣の生息地となってしまった場所を少しでも取り戻すべく記録機関が依頼を提供しているのだ。とは言え、魔獣は《本体》を倒さない限りその《分体》が無限に発生することが判明している。少し侵攻を抑える程度のことしか出来ないが、それでもやらないよりかは良いのだろう。

 それにしても、ここまで魔獣が居ないとなると何かあったのかと疑ってしまう。記録機関が大規模な掃討作戦でも実施したのだろうか?


「あ、もしもし、アグネスさんですか? はい。第三廃墟都市での任務、無事完了しました! はい、そうです。魔獣の死体の処理をお願いしたいんですけど…。あ、分かりました。お願いしますね。では! 《エンド終了》。…アグネスさん、ちょっと忙しいそうで、来るのには時間がかかるそうです。部位の切り取りはもうやりましたし、もう帰っちゃって大丈夫、とのことです!」


「ん、分かった。助手もそれで良いかい? 」


 何の問題もない。と、あなたは応じる。


「あ、ちょっと待ってくださいね。ええと、この個体は原核は……ない、か。OKです。行きましょう!」


「原核、ねぇ……。あ、そうだ助手。後で話がある」


 どんな話だろう、と、あなたは首をかしげながらOKと返事をする。ただ、こう言う時は大抵面倒事が舞い込んで来るのだ。長いような短いような探偵との付き合いの中で、あなたはそう知っている。


 一先ずは帰路に就こう。話はそれからだ。


 ◆◆◆◆


 あなたと探偵は第三廃墟都市から帰った後にアガーテ氏と別れ、事務所へと帰った。アガーテ氏が記録機関への報告を済ませてくれるそうなので、あなたと探偵はそれを任せて先に帰って来たのだ。日付は既に変わっているが、寝る前に探偵の話を聞こうと思い事務所で待機している。一方探偵は、あなたのかつて生きた時代と同じように存在しているコンビニへとオレンジジュースを買いに行った。深夜の会議には飲み物が必要だろう?とそう言って出ていったのが20分前である。なかなか帰ってこないな、なんて考えながら出ていく前に整理した書類を棚へと戻す作業をする。


 そんなこんなをしている内に、ガチャリ、と鍵の開く音がする。


「ただいま、助手。助手はコーヒーの方が好きでしょ? 買ってきたよ。ほら」


 投げ渡された缶コーヒーを受けとる。タブを開け、一口飲む。


「ああ、書類の整理をしてくれたのかい? ありがとう。ほら、座りな。これからぼちぼち話していくから」


 探偵に促され、あなたは向かい合うように設置されたソファーの片方に座る。それを見て、探偵は反対側のソファーへと座った。


「さて、調査結果報告と行こうか。まずアガーテ・シアスについて。これは全く分からなかった。僕が全力で捜査し回ってもなーんも。まあ僕たちに隠し事をしているのは確かだろう。それが何かまでは、分からないけどね」


 あなたはコーヒーを啜りながら、探偵の話を聞く。

 ふむ、分からなかったのか。あなたはそう思考する。探偵を名乗るだけあって、マクス・ヴァレトの情報収集能力は高い。聞き込みから始まり、情報屋からの情報の買い取りなどで基礎的な情報を集め、そこから行われる推理の精度まで、ここ、神聖魔法国家の魔術都市の中では随一だ。それでも情報が出てこなかったと言うことは、よっぽど巧妙に隠されているのか、あるいは──


「あるいは、過去が存在しなかった、とか。だろう? 」


 あなたは探偵に同意する。魔術の発展により胸糞悪い事柄も増えた。それが人体に関するものである。特に人体錬成、死した人間の復活などは禁忌とされている。だが、仮にアガーテ氏がそのような手法で生み出された魔術製人間だとしたら。情報が出てこないのも辻褄が合う。


「まあ、アガーテさんについての話はこの辺りで良いだろう、本題に移ろうか。原核、とやらについてだ」


 待ってました、と言わんばかりに体を前のめりにし、話を聞く体勢を作るあなた。原核とやらについては気になってはいた。しかし、あなたも探偵も知ったのはつい最近のこと。あまりにも情報を持っていなかったので、探偵が探っていたのだ。


「…まず、これを知ったら割と面倒なことに巻き込まれる、と思う。それでも、良いかい? 」


 あなたは頷く。探偵がそれを知っているということは、探偵はもう覚悟を決めているのだ。何かに巻き込まれるとしても、依頼人の利益を守るために。ならば、助手であるあなたも覚悟を決めるべきだ。


「ありがとう、助手。僕だけ面倒事、ってのも嫌だったからね。助かるよ。…じゃあ、話をしようか。これは引退済みの記録者から買い取った情報なんだけど、原核っていうのは分体の魔獣がまれに持っているコアのようなものらしい。動力源、と言っても良い。大きさの割に莫大な魔力を貯蓄してあるものらしくて、一部は記録者専用兵装、例えば《ハンター型》とかのエネルギー源として加工して使われていたりするらしい。でも、主な用途としてはそれだけで、他は主に保管されてるらしいよ」


 ハンター型、と言うのは記録者専用兵装の1つで、アサルトライフルのような形状の銃火器である。あなたも、記録者との合同任務に同伴したときに見たことがある。マガジンに当たる部分に特殊なカートリッジを装填していたが、それには原核が含まれていたらしい。意外と記録者は知っていたものなんだな、とあなたは思う。


「…そして、ここからが記録者でも一部しか知らない情報なんだけど、どうやら原核は過去にテロ行為に使われたことがあるらしくて、それ以来情報が制限されているらしい。そんでもってアガーテさんがそれを知っている、と言うことはだよ。もしかしたらアガーテさんはテロリストなんじゃないか、何て考えも出てきちゃうワケだ」


 なるほど、一理ある。アガーテ氏がテロリストだとしたら、過去が出てこないのも分かる。巧みに抹消されているのかもしれない。…だが、あなたは彼女がテロリストだとは思えない。確かに過去も出てこないし原核についても知っている。しかし、それだけでテロリストと断定するのは少し早いんじゃないだろうか、とあなたは探偵にそう伝える。


「……そうだね。僕も心からそう思っているワケじゃない。あくまでも可能性の話だ。それに、今問題になってるのはそこじゃない。


 アガーテさんは、命を狙われている」


 明かされる衝撃の事実。なぜそんな急な展開になったのか、あなたは探偵に尋ねる。


「何でかは知らないけど、アガーテさんの事を探っている時に、難癖つけられて僕も襲われてね。その時に、『あの女の仲間か。』『始末するしかない。』なんて言葉を浴びせられたんだけど、探った僕ですらそうなのに、彼女が狙われてない筈がないだろう? 」


 それもそうだ。あなたは理解する。しかし、何故彼女の命が狙われているのかが分からない。探偵にそこは分からなかったのか聞いてみる。


「うーん……情報が足りなすぎる。これじゃ推理も出来ないね。本人に聞くのが一番手っ取り早いんだけど……」


 じゃあ本人に聞こう、あなたはそう探偵に言う。


「……そうするか。そうだね、ありがとう、助手。これからは僕らも命を狙われる可能性が高い。気を引き締めていこう」


 了解した、あなたはそう告げる。仕事の、時間だ。

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