case1.1 日常生活は、こんなものである。

 彼女の来訪から数日が経った。時間とはすぐに過ぎるものだ、とあなたはひとりため息をつく。あなたは彼女に。それがどのような結果であれ、あなたは待つことしか出来ない。その辺りは探偵が何とかしてくれるだろうと、信頼なのか投げやりなのかどちらともつかない感じでぶん投げている。探偵独自で動いてはいるが、これと言って情報は出てきてない。そう、一切出てきていないので調査しているのだ。普通であれば、あなたや探偵の情報収集能力を用いれば一般人の情報など簡単に把握することが出来る。しかし、何も出てこない。そこに違和感を覚えた探偵は、あなたに留守を頼み一人出掛けた。もう三日以上前の話である。


 閑話休題。その後、彼女──アガーテさんが顔を見せることはない。あの後、少しばかりの話をして去った彼女は、再開の約束もせず事務所から飛び出していった。せめて事情の詳しい解説位してくれれば此方もより手を貸すことが出来るだろうに──そんな考えが浮かぶが、彼女にも秘密があるのだろう。あなたはそう結論付ける。


 探偵が撒き散らした書類を片付け、ふと時刻を見るともう15時を回っていた。さて、どうしたものかと考え込むあなた。

 この後の予定は特にない。腕が鈍るのも考えものなので久しぶりに記録機関からの依頼でもこなすか──そう結論付け、事務所を後にした。


 ◆◆◆◆

 栄えに栄えた街を歩く。あなたが過去居た頃の面影もあるが、ほとんどがミスリルや高純度天然共鳴魔化物質アダマンタイトの練り込まれたレンガの壁である。知る人ぞ知るコンクリートの固さや冷たさ。排気ガスで汚れた空気はもうないが、何時になっても疲れ果て澱んだ目をした社会人は多いと感じる。ファンタジー世界に飛ばされた──未来旅行している身とは言え、本質はさほど変わらないな、あなたはそう心の中でぼやく。


 ここは、魔術都市首都。かつて栄え、そして滅び、今再び復興を迎え築かれた都市。世界最大の魔術都市であり、最強の組織である記録機関を保有する、かつての米国をも凌ぐ国。──神聖魔術国家ローマ帝国──その首都、ローマである。あなたが知っている共和制国家ではなく、国王による王政が敷かれているが、絶対王政という訳ではなく、国民からも慕われている、良き王によるものである。


 そんな街の一角。記録機関本部から徒歩三分ほどの距離にあるこじんまりした物件。記録機関運営のハローワーク施設とでも言うべきだろうその建物へあなたは入っていく。


「……はい、はい。了解です──ん、ああ。その報告書は向こう。第二ブロックに入れといて──おや、これまた珍しい。助手さんじゃないか」


 やあ、と手を振りカウンターへと向かう。


「助手さんが来るなんて、何かの前兆かねぇ? 槍でも降るのかな」


 失礼な、とあなたは言う。あなたも人の子である。多少記録機関が苦手であろうと、気紛れで来ることもある。

 それはそうと、ここであなたの対応をしているのはアグネス・ガウター。20才で記録機関に入ったエリート。あなたと探偵が日頃世話になっている記録者である。


「まあいいや、それで? 何をご所望だい? 魔獣の討伐依頼から猫探しまで、なんでも取り揃えてるよ」


 じゃあ、魔獣討伐を1つ、とあなたは言う。

 アグネス氏の言うとおりここは仕事の斡旋をメインの仕事とし、幅広い依頼を取り扱っている。そんな中で一人でも戦えそうな低級の魔獣討伐の依頼であったりは記録者以外に向けても公開されており、あなたの様な一般人でも受注することができるのだ。


「はいよ。……ああ、そうだ。助手さんなら丁度いい、ちょっとばかりお守りを頼まれてくれないかい? 」


 ◆◆◆◆


「…あれ? 助手さんじゃないですか」


 アグネスに言われて少し待っていると、現れたのはアガーテ氏だった。


「おや、知り合いかい? 」


「はい、先日少しお世話になって……」


 あなたはハテナマークを頭上に浮かべながら話を聞く。何があってアガーテ氏がここに居るのだろう。


「助手さんに頼みたいことは簡単さ。魔獣討伐にこの子を連れてって欲しい」


 そりゃまた簡単なようで面倒なことを、とあなたは言う。あなたもまだまだ駆け出しである。そんな自分にお守りなんて任せていいのか、とあなたは疑問に思う。


「助手さんの実力ならそこらの記録者よりよっぽど安心できるさ。アガーテちゃんも新米にしてはかなーり強いもの。その辺は大丈夫だよ」


「私も精一杯頑張るので、どうかお願いします! 」


 そこまで言われて引き下がるのもあなたと探偵の流儀に反すると言うもの。受けた依頼は最初から最後まで責任を持ってこなせ、と言うのが探偵からの教えだ。


「決まりだね。場所はここ。第三廃墟都市だね。ここからだと3時間くらいかかるかな。人里離れた場所にこそ魔獣は住むってね。よし、じゃあ行ってらっしゃい」


 レッツゴー!と拳を突き上げる。短い旅の始まりである。

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