だからきっと、あなたは探偵を

とらんざむせっちゃん

プロローグ

case0.0 回想、または──

目が、覚める。

それと同時に襲い掛かる激しい頭痛。そう、あなたは転生したのだった。

神を名乗るナニカに色々な知識であったりを脳の奥に刷り込まれ、あなたらこの世界における誰か、として生成された。

特に使命もなく、ただ与えられた通りに過ごせば良いと言われ、17歳までのうのうと暮らしていた、と設定されたあなたは、暗闇の中で目を覚ます。

この世界は、西暦2147年。あなたが過ごしていた過去であり記憶の延長線上に位置している。異世界転生、というジャンルが流行っていたが、未来転生、タイムスリップとでも表した方が適切であろう、とあなたは考える。


あなたは刷り込まれた知識と、あなたが転生する前に得たであろうもともとある知識を照らし合わせ、この世界とあなたの生前との差を見出だした。

この世界は、西暦2083年に石油資源が枯渇、その上海面も2012年より1,2メートルほど上昇した。更に異常気象の連続による食料など様々な物資の不作。そして何よりも切っ掛けはあなたは知らないが、第5次世界大戦により、アフリカ大陸及びオーストラリア周辺地域、南アジアが汚染、人間が到底住めないような環境がたったの一年でいとも簡単に作成されたことなどで、人類は滅亡の危機を迎えていた。


この窮地を国連は解決不可とし、緩やかな滅びを人類は待つだけ、そんな空気が世界に漂い始めた。我々に未来はないと、ほとんどの人間が諦めていた。だが、とある遺物の発掘が出来たこととで人類は救いを得る。

ソロモンの10の指輪の発掘。詳しいことはあなたは知らないが、ソロモンの10の指輪に掛かっていた封印を解析し、あなたが知っているそれより遥かに発展した科学技術によりセキュリティを突破。人間は、神話や伝説の時代と同じように、魔術の行使や超常存在である天使や使い魔、或いは過去に居た人間などとの契約を可能とした。


そして人類は、真っ先に指輪の持ち主であるソロモン王と契約し様々な知恵を、可能性を授かった。そして暫くの時がたち2100年。人類で魔術に適正があった者総出で対終末魔術を行使。石油資源を再生することも、異常気象も汚染された大陸が戻ることもなかったが、それまでは過去のものとして、想像すらされなかった束の間の平穏を人類はまた手にした──と、言うのがあなたの記憶である。


頭の中の整理をしていたあなたであるが、ふと、過去ではなく今に意識が向く。


転移させられたは良いものの、協力者も、道具もなく薄暗い部屋に閉じ込められているあなたは、ため息をつきながら立ち上がり、辺りを見回すものの、目がなれていないのか、なにも見えず再びため息をつく。ふと、カツン、という足音が聞こえたような気がして、あなたは振り替える。

暗闇の中、目と目が合う。瞬間、臨戦態勢をとるあなた。そんなあなたを気にせず、それは語り出す。


「この世の中には、二通りの嘘つきが居る。」


あなたへ向けて、旧時代の物に近しいライフルを背負った男性は一歩、前へと進む。


「一つ目は、誰かのための嘘。憐れみ、やさしさなんて物から生まれる誰かを傷つけないための嘘だ。そして二つ目は勿論──まあ、キミには語るまでもないか。すまないね。」


ここは物置かなにかだろう。長年使われていなかった、と言うよりは骨董品に見えるものが散乱している。例えば、今更使われることのない二輪駆動車。確かバイク、と生前では言ったか。燃料であるガソリンの入手がほぼ不可能となった今、中古品にすら及ばない程の価値しかない。集めているのはさしずめ、ジャンクコレクターや、それこそ遺物を保管する組織とそれに所属する記録者レコーダーくらいだろう。


「僕は前者が好きだ。他人のために自らが罪を被る。己の為だけでなく、他人のために動ける。損なことが出来るのは人間だけだ。本当に素晴らしいと思うよ。特に、君。」


張り付けたような笑みを、その整った顔に浮かべながらこちらに近づき手を差しのべる彼。その手を掴み、立ち上がる。


「さて、またここからだ。付き合って貰うよ助手。」


隣に立ち、男性──否、探偵は扉を開ける。共に一歩、先へ踏み出し生温い風が吹き付けた。


◆◆◆◆


あなたは回想を終える。あれが、あなたの探偵との記憶で、最も古いもの。とは言っても3ヶ月ほど前のものではあるが。

あなたはあの出会い以来、探偵に振り回されながら生きている。時には猫を探したり、失せ物探しだったり。が、大半はその後に何らかの抗争に巻き込まれたり、殺人事件に発展したりするのだが。探偵と出会うまではただの一般人出会ったあなたにはなかなかハード、としか言い様のない非日常であることには間違いない。

そう、今も殺人事件に巻き込まれ、あなたは探偵に言われた通り与えられた自室に籠っている。

状況を整理すると、ここは辺境の地。最も、あなたが生前暮らした地であるが。そんな所にあるにしてはそこそこ大きなホテル。三階建てで個室が9部屋ある。温泉が有名らしく、中でも露天風呂がオススメらしい。従業員の数は把握しきれていない。

そんなホテルに止まっていた32歳、ライターの男性──身分証明書を見たところ、ガーランド・エドガーという名前らしい──が銃殺されていた。一昨日の事である。心臓に一発、出血多量で誰にも見つからずに死亡しているとのこと。

この世界において絶対に近い権限を持つ記録者への通報を行ったものの、この付近の記録者はまた別件の捜査に当たっているらしく来れないらしい。そこで、たまたま滞在していた探偵と助手のあなたに白羽の矢がたった、と言うことだ。

あなたは探偵と共に一日をかけて聞き込みだったり、現場検証だったりを行ったが、有力な手がかりは得られず、探偵に部屋に居る人の護衛を頼まれて部屋へ戻った次第である。


「助手ー!生きてるかい?」


コンコン、と二回ドアを叩き入ってくる探偵。昨夜から情報が必要だと言い、このホテル内を探りに探っていたのだが、まさかこの時間までやっていたのだろうか。

あなたは探偵に、この時間まで何をしていたのかを聞いた。


「そのことかい。簡単さ、殺人犯を特定するために色々と探らせてもらった。まだ潜んでいたりしたら僕が死体になっていたかもしれないけどね。まあ、特定はできたよ。」


と、簡単に言う探偵。3ヶ月の間、共に事件に立ち向かってきたあなたは探偵の推理に絶大な信頼をおいている一方、少し恐怖も抱いている。どうやったらそんな結論に辿り着けるのか。犯人が完全犯罪だと確信したものでさえ、一つの綻びから全てを照らし出してしまう。まるで、彼が計画したかのようにさえ見えてしまう。

まあ、そんなことは起きないだろう、そうあなたは思った。探偵は、あなたにとって記録者よりも絶対なる「正義」である。


「さて、種明かしと行こうじゃないか助手。そうだね、一階ホールに客を集めてくれ──罪人には、ご退場してもらう。」



午前10時、ホールには宿泊していた客総勢6名、先日の時点で出勤していた従業員約10名、そしてあなたと探偵が居た。


「さて、今ここに集まって貰ったのは他でもありません。薄々分かっているでしょう?犯人を、見つけました。」


ホールがざわついた雰囲気に包まれる、そんな中、探偵は手を上げる。


「静粛にして頂きたい。…ん、よし。では種明かしと行きましょうか──ねぇ、クリスタさん。」


「わ、わたしですか…?」


明らかに動揺しているクリスタ、と呼ばれた女性。あなたもプロフィールはなんとなく記憶している。

本名 クリスタ・ベルテ。錬金術師として莫大な富を築いたベルテ家の現当主、ナタリア・ベルテの妹。23歳。地熱と錬金の関係性についた論文を書くために、地熱を利用したと言われている温泉との親和性や地熱による補助を受けての錬金を試すためにここに来たという。

あなたは何故彼女を指名したのかも分からないが、探偵の推理をただ聞くことにした。


「被害者は心臓に1発だけ銃弾を撃ち込まれていました。しかし、どこをどう探しても、弾痕は見つかるのに銃弾が見つからなかった。そこで、被害者の血液をちょいと調べました。具体的に言うと、血液を蒸発させました。残るのは細胞成分、タンパク成分、電解質成分だけ──の筈なのですが、そう、何故かミスリルが検出されました。これが一体どういう事なのか、分かるでしょう?」


ミスリルは人類が魔術を手にした際に初めて観測することので来た物質であり、魔術理論に置ける最も外からの魔術に対する抵抗が高く、内からの魔術に対する抵抗が低い物質である。よって様々な魔術に用いられる。主に錬金術に。


そこまで考えてあなたは気付いた。錬金術師である彼女はミスリルを持ち歩いている可能性が高い。実験を行う予定があるのであれば、尚更。


「錬金術は言ってしまえば物質の法則を書き換える上位魔術です。それ故に、魔力供給がカットされれば、形を保つことは出来なくなります。特にミスリルは、錬金に用いた場合液体になることは広く知られています。では、ミスリルを用いて放たれた弾丸が体内に残った場合どうなるでしょうか?

簡単です。溶けて、血に混ざる。」


「だから何だって言うんですか!?わたしには銃も動機もありません!」


クリスタ・ベルテが反論する。確かに、銃弾を放つのに銃は必須だ。弾だけあっても、銃だけあっても兵器にはならない。動機もそうだ。何故錬金術師の彼女がライターである被害者を射殺したのだろうか?


「ふむ、ナンセンスですねぇ。確かに数十年前まではそうでしょう。銃弾を放つのに銃は必要不可欠でした。

しかし、今はどうでしょう。仮に──『コール・ウィンドストーム・インジェクション』。」


あなたは一瞬目を瞑る。探偵が術式を組み上げ、行使した三節魔術は、直線上に暴風を発生させるものだ。この風に巻き込まれてしまえば簡単に飛ばされてしまうのはあなたもよく知っている。


「このように簡単に射出することが出来ますし──あったんですよ、風が発生した跡。」


そう言って、いつの間にか現像してあった写真を懐から取り出す。目を細めてようやく見える程ではあるが、弾痕の直線上に風で切り裂かれた跡がある。


「術式解析も行いました。持ち運び用の検査キットなので精度は控えめでしたが、確か『コール・ウィンド・ショット』だったかな?魔力消費が少なく、軽量の物であればかなりの速度で射出できる高等三節魔術ですね。という判定になってます。高等三節魔術程度、訓練すれば15歳でも簡単でしょう。」


一息で言いきる探偵。物的証拠は出揃っているように見える。


「そうかもしれないけれど、じゃあ動機はどうなるのよ!?それに、わたしはやってないわ!」


甲高い声で抗議するクリスタ氏。


「…これは、僕の持論ですが。」


悲しげな表情をしながら、探偵は語る。


「犯罪において、動機なんてものはどうでもいいのではないかと思います。だって、そうでしょう?動機なんてものを理屈にしてしまえば、いくらでも同情できてしまうし、必要以上に犯人を苦しめる。死者への弔いもそうですが、それ相応に償わせるのが僕の役目です。」


「…だったら、なんなのよ」


「死に値するのは死だ。ですから──償いを。《裁きをここに──【装填】》」


探偵の長文詠唱が始まる。それを見て、錬金術で剣を生成、風の魔術で探偵めがけ射出する。

一瞬のアイコンタクトであなたは探偵と通じ合う。あなたは呪文を詠唱する。選択するのは《フォトン・ブラスト》。簡易二節魔術で架空物質のフォトンを放出する魔術。剣に対してそれを放ち、軌道を逸らす。


「《狙いは必中──【照準】》」


魔力量に物を言わせるように、杭を床から生やすが、あなたは先程の簡易魔術ではなく、《コール・フォトン・ブラスト・インジェクション》という高等四節魔術で地面ごと抉り抜くことで押し返す。


「《それ即ち・穿てば絶殺──【撃鉄】》」


抉られ宙を舞った床だった物に穴が空き、犯行に使ったと思われるのと同一のミスリルの銃弾が放たれる。あなたは《フォトン・シールド》で銃弾を弾き、《コール・フォトン・スリップストリーム》でフォトンの奔流を纏い加速。続けて《フォトン・ブレード》を起動し右手に光の剣を握り締め、錬金術を自由に行使できない間合いまで詰める。


負けじとミスリルの剣を錬成し応戦する被疑者。あなたは前世では剣を嗜んでいたこともあり、剣の腕はそれなりだ。錬金術師である被疑者より、圧倒的に有利である。それに、あなたは知っている。探偵の準備はとうに終わっていることを。


「最高だよ、助手。さあ、罪人には裁きを!《【弾罪】》ッ!」


人差し指から多数の魔方陣が展開され、収束。それを被疑者へ向け、放たれる銃弾。


射線上には勿論あなたも存在する。しかし、探偵の銃弾は直接は殺害しない。


「…はい?」


貫かれたあなたと被疑者には、傷一つついていない。好機と見たのか被疑者はあなたを押しのけるようにして探偵目掛けて剣を射出する。そして、その剣が探偵を貫く──ことはなかった。


「な、んで…」


「…救うことは、出来ませんか。では──《【執行】》。」


魔術が起動し、被疑者は消失する。埋め込まれている不可視の弾丸が、被疑者を断罪したのだ。


「…はぁ、またこうなりましたか。さて皆様、お騒がせして申し訳ございません。被疑者──いえ、罪人にはご退場していただきましたのでご安心を。今後、縁があればまた会いましょう。魔術都市を訪れる際は──どうか僕、マクス・ヴァレトを頼ってくださいね。」


そう言い、探偵──否、マクスは出口へと歩む。それに遅れるようにして、あなたは《フォトン・ブレード》と《フォトン・シールド》を停止し彼の背を追う。


後ろから聞こえてくる小言を気にせず、探偵と並び彼の顔を見る。似合わないモノクルをかけた彼の表情は曇っている。


「…僕は、間違えたんですかね。ヴァレトの定めから逃れようとしたのがダメだったんでしょうか。」


あなたはそれを否定する。探偵の尽力で救われた命はある。現にあなた自身も探偵に拾われていなければ餓死していただろう。


「…ありがとう、助手。君のお陰で僕は──」


そう言って、あなたを見つめる探偵。彼であれば、間違いなく世界を正しく導く筈だ。その出生も、固有魔術による呪いも、全て利用して悪を照らし、真実を解明する。この終わった筈の世界を必ず良い方向へと変えて見せる筈だ。


そして、今日の探偵とのエピソードは終わりを迎える。あなたにとっても心踊るものであった。これからもきっと、正義の探偵はこうしていくのだろう。隣にあなたが居ても、居なくても。それを信じ見届ける。それがあなたが己の役目であり罰である、とあなたは決めている。


あなたは探偵を信じ続ける、今までも、これからも。

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