呪縛(3)
クローディアとリアンの住まいである南宮──アウストリア皇城の南側に聳え立つ離宮の庭で、アルメリアが蕾をつけたという報せが届いたのは、月に一度の皇帝一族の晩餐会が行われる日の朝のことだった。
「──アルメリアが?」
「左様でございます。今年は白色が一番に」
アルメリアが蕾をつけたことを聞いたクローディアは、南宮の庭師を勤めている男性・シェバスの後ろを歩いていた。向かう先は無論庭園である。
シェバスは平民の出だが、オルシェ公爵家の先代当主であったクローディアの祖父が旅の途中でその腕を買い、帝都に連れてきたという。雇い主である祖父が当主の座をラインハルトに譲った後は、この南宮の使用人の一員となりのんびりと過ごしているようだ。
その腕は確かなもので、彼が魂を込めて手入れを施した庭は帝都の各地にあり、それを鑑賞するために国外から来る客も絶えない。
「あちらでございます。見えますかな?」
石造りの小道を抜けると、シェバスはクローディアを振り返って深々とお辞儀し、前へと促した。クローディアが一歩足を踏み出すと、そこには大いに茂る緑の中に一点、小さな白い蕾があった。
「………これが、アルメリアなのね」
「この冬の最中にこの一つだけが蕾をつけたのです。不思議でしょう?」
ええ、とクローディアは頷いた。外は昨日まで連日の雨で、今日も怪しい空模様だというのに、ちょこんと蕾をつけるとは不思議なものだ。
じっとアルメリアの蕾に見入っているクローディアの斜め後ろで控えているシェバスは、風に揺られている白銀色の髪を見つめながら、目元を綻ばせた。
──アルメリアが蕾をつけたら皇女に報せて欲しい。
そうシェバスに頼んできたのは、皇弟であるローレンスだった。シェバスが造る庭はとても美しい、弟子入りをさせてくれ、と十年以上前にローレンスに言われた日から、ローレンスとは度々庭で共に花を愛でる仲である。
『──アルメリアを、ですか? 失礼ですが、何故…』
『うむ、何故かと聞かれたら、僕自身にもよく分からないのだが、もうじきに咲くことをディアに教えたら、喜ぶのではないかと思ったのだよ』
『皇女殿下は、アルメリアがお好きなのですか?』
『……好き、ではあると思うのだがね』
そう言って、寂しそうに微笑んでいたローレンスと約束を交わしたのは、初秋だった。皇女と隣国の王子の結婚式のために、城中の庭を回っていた時に、今は目がまわるほど忙しいはずのローレンスが庭師の格好をして訪ねてきたのだ。
『……分かりました。蕾をつけたら、一番に皇女殿下にお伝えするとお約束いたしましょう』
『ありがとう、お師匠殿』
その花である理由を知ろうとはシェバスは思わなかった。疑問には思ったが、アルメリアはオルシェ公爵家の象徴でもあるのだ。何も不思議なことではない。
シェバスは今、あの時の約束を叶えられて良かったと思っている。蕾を嬉しそうに眺めているクローディアの姿を見ていたら、シェバスも温かい気持ちになっていた。
「ありがとう、シェバス殿。咲くのが楽しみね」
クローディアはシェバスにお礼をすると、迎えにきた侍女と共に建物の中へと戻っていった。
シェバスはその姿が見えなくなった後、手入れ道具の箱を手に花壇の前で膝をついた。この花の蕾を美しく咲かせることがシェバスの仕事であり、約束の続きなのだ。
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