第4話 フリルの憂鬱――1
同刻――5月21日19時頃。
淀代市東区のとある路地裏。
「ひぎっ……だっ、だずげ」
最期の命乞いをしようとする男の頭蓋を槍が貫き、その中身ごと破壊した。
『救世の会』によって選ばれた『使徒候補』の一人だったそいつは、とある人物の意にそぐわないとして中園真白によって殺害された。
槍を引き抜き、吸血器は霧散する。
この男も違うようだ。真白も、コイツは『使徒』に向いていないと感じた。
「これで二人目か」
物言わぬ死体を見下ろし、真白は一息吐く――そんな間もなく、空を斬る音と共に迫り来る気配を覚えた。
音の聞こえた方へと反射的に視線を向けると真白の頬を鋭利な刃物が掠め、赤い鮮血が細く伝う。
「見つけたわ」
一人の少女の声と共に、真白の向こう側のアスファルトに突き刺さった大太刀が、月光を反射するワイヤーに引かれて主の元に戻る。
黒髪にゴスロリの少女と燕尾服を着た執事の少女が、街灯に照らされて立っていた。
「……あら、話に聞いていた特徴とは違いましてよ?」
黒い二人の背後からもう一人が現れる。金髪を縦ロールにした赤いドレスのこんな路地裏には似つかわしくない女だった。
「関係ないわ。鬼人種である以上、見逃す理由なんてない」
ゴスロリが大太刀を、執事がワイヤーを、赤ドレスは巨大な刃を携える赤黒い鎌を構えた。
最初にアスファルトを蹴ったのは執事だ。太もものホルダーに刺したナイフを取る。
人数差のある戦闘だ。こっちが圧倒的に不利だ。
真白は三人に背を向けて逃げる。細い路地とは言え幅が広い。回り込まれて背後を取られる可能性は高い。
少し離れたところで細い路地裏に入り込む。振り返ると執事が追いかけてくるのが見えた。
月光を反射する何かが飛来。ナイフサイズの吸血器を出現させてそれを弾き飛ばした。
「我々を分断し、一対一に持ち込むために細い路地に誘い込んだようだが、ここではお前も槍は使えない」
ナイフを投擲した執事が新しくナイフを構える。
「それはそっちも同じよね。あのお嬢様たちが持ってる武器だって大振りのものだし、上は室外機やら
執事に言い放つ真白の口元が歪む。
「人間のあなたと鬼の私じゃ、一対一でどちらが上かなんて明白よね?」
挑発するように真白が言う。――が、執事は顔色一つ変えずにアスファルトを蹴った。
再び投擲されるナイフ。煩わしいとばかりに撃ち落とす。
一発、二発、三発。路地のあちこちに刃物を散らしながら執事が接近した。
眼前に肉薄する執事の首を狙って吸血器を突き出す。その直後、執事が真白の視界から消え、吸血器は空を切った。
――足元か。
執事は身を屈めて刺突を回避したようだ。が、真白は怪訝に思う。
執事の首、背中、頭ががら空きだ。そう易々と死角を晒すものだろうか。
――まぁいい。
吸血器を持ち替えて執事を刺そうとした――が、吸血器が宙に縫い付けられたように動かない。
「な――――」
吸血器を縫い付けているものの正体は即座に分かった。ワイヤーだ。
――さっきのナイフの投擲は目くらましか。
――私に攻撃を捌かせてる間にワイヤーを仕込んだみたいね。
だが無意味な束縛だ。
ワイヤーは真白の腕までは拘束していない。吸血器を手放し、もう一度吸血器を出現させれば――
――が、一瞬の逡巡の間、真白の背筋を悪寒が駆けた。
吸血器を手放し後方へと飛んで距離を置く。
視線を上げた先、視界が黒くひび割れていた。その正体がドレス女の吸血器であることに気付くには、かなりの時間を要した。
「クッソ!」
叫びながら再び距離を取る。赤黒く伸びる吸血器がさっきまで真白が立っていた場所に砂埃を立てながら突き刺さった。
「ハッ、めんどくさ。鬼って、人間と違ってルール破りばっかだからだるいのよね」
壁際に置かれた赤い物体を手に取る。それは、表の店の裏口に設置された消火器だ。
軽々と消火器を宙に投げると、新たに出現させた吸血器を投擲。消火器に命中し、当たりに白い煙が撒き散らされる。
その隙を突いて真白は逃げ出す。一度大通りに出れば追っては来ないことだろう。
暗い路地を抜け、東区北部の大通りに出た。バスのアナウンスや自動車のエンジン音、ラッピングトラックが奏でるやたら耳に残る広告など、音の情報力が真白に迫る。
このまま普通の通行人に紛れて根城の『放置区域』に戻ることにした。
◆
消火器の煙が蔓延する路地から出て、櫻子たちは一息つく。
「申し訳ありません、逃がしてしまいました」
消火器の煙に咳込みながら黑が言う。
「情けないものですわね。三人がかりでこのザマだなんて」
ドレスの監視官――神宮司
「はぁ、まったく。……どうしまして? 何か考え事でも?」
黙っている櫻子に依玲奈が言葉をかける。
「……ねぇ黑。さっきの鬼人種、どこかで見たことなかった?」
「先ほどの、ですか?」
櫻子の言葉に黑が顔を上げる。
「えぇ。あの女鬼人種……どこかで……」
櫻子が顎に指を当てて逡巡する。しかし、もう少しで手が届きそうなところで霞がかった記憶が離れていく。
「そろそろ戻りましょう。あの死体は『
「わかった。彼を頼むわ」
依玲奈に促され、櫻子たちは帰ることになった。
『宰都特殊警備』事務所にて。
依玲奈は『情統局』へと戻り、黑は迎えの車を手配するためにビルの一階に残った。
櫻子は着替えるために事務所の入っているフロアへと階段を上った。
「お疲れ様です」
事務所へ戻ると、白衣を着た一人の女性――酒殿恋がいた。
「あ、お疲れ」
櫻子の声に振り返ると、恋は気だるそうに返事をした。
恋は、事務所の椅子に腰かけてスマホをいじっていた。
「そう言えば、古賀さんって今日はいないんですか?」
大学帰り、事務所に来たとき彼はいなかった。今日は出勤の日だと聞いていたはずだったが。
「あぁ、親おじなら宮地嶽の家に行ってるよ」
「え、ウチですか?」
驚いて声を上げる櫻子に「そ」と短く返事をした。
「昨日蓮太郎くんが来たみたいでね、それでちょっと宮地嶽さんとこと話し合いに行った感じ。櫻子、家の人から聞いてなかった?」
「き……聞いてないですね」
「マジ? 家の人が言ってると思ってたから連絡してなかったわ。ごめん」
さすがに驚いたのか、恋が顔を上げる。
「いいえ、大丈夫ですよ。多分、私には関係ない話だったから家の方からは連絡がなかっただけで」
恋の言葉にフォローを入れる。
……実際、宮地嶽家の深い事情のほとんどは櫻子には関係がない話だ。
六人兄妹の一番下の櫻子が持つ宮地嶽家で与えられたのは、『宰都特殊警備』――『退魔協会』との橋渡し的役割だ。現在の宮地嶽家で正式に『宰都特殊警備』に籍を置いているのは櫻子一人だけ。
櫻子は宮地嶽家の駒の一つでしかない。二つの家と組織を繋ぐパイプ役以上の役割は何も与えられていないのだ。
「そっか。じゃあ多分、櫻子が帰るころに親おじと会うかもしれないからよろしく言っといて」
「はい、お疲れ様でした」
そう言って櫻子は更衣室に向かう。
退魔士としての戦闘用のゴスロリ衣装と普段着のゴスロリ衣装は別だ。大学にも着て行く方の衣装に着替え、黑が待っている一階のフロアへと向かった。
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