木漏れ日

なり活用

中1 9月①

 帰りの会前の、みんなが荷物をまとめる時間。1年5組の教室が、休み時間と同じくらいざわつく時間。私、岸本穂乃果は、ぼんやりと自分の机に座って外の景色を眺めていました。爽やかな緑色の木々と、真っ青な空、大きな白い雲。一番暑い時は終わっても、まだまだ夏色の世界。荷物の準備はもう終わっています。早く帰りたくて準備をとっくに終えていた私は、みんなが友達とわいわい話しているのを横目に、黄昏れて待っているっていうわけなんです。

「ねえ、未来に行くか過去に行くか選べたら、どっちが良い?」

 ふと耳を澄ませると、近くに座っている子たちが謎の会話をしています。

「私は過去かな〜。小学校時代に一個やり残したことがあってさ。」

 私は、すごく不思議な会話だなと思いました。でも素敵な響き。私も会話に加わりたい。過去に行くか未来に行くか、そんなの決まってるじゃないですか。私は……。

「おーい、後ろから作文集めて〜!」

 その時、教壇から大きな声が聞こえました。国語係の子が、その子の作文を片手にヒラヒラ振りながら大きな声を出しています。やばい……今日までの宿題だったっけ。私はもちろん白紙です。作文の存在なんか忘れていました。いつもこうなんです。ちゃんとやりたい気持ちはあるのに、どうしてこうなってしまうんでしょうか。私は俯いて、ため息をつきます。

「ねえ、穂乃果ちゃんの作文は?」

 一番後ろの席の子が前に出てきて、作文を集めてくれています。眉毛が少し下がった、バツの悪そうな顔をしています。……そんなこと聞かなきゃ良いのに、と思います。だって知っているでしょう。私が席替えをしてからのほぼ毎日、宿題を出せたことがないことを。

「ごめん、忘れちゃった。」

 私は拳を握って、へらへら笑いながら舌を出します。

「了解。あのさ、あの、忘れた報告は後で自分でやっておいてね。」

 その子は義務的にそう言うと、どんどん前に出て他の子の分を手早く集めていきます。そんなこと言わなきゃ良いのに、と思います。言わないでほしいのに。だって、席替えをしてからどころじゃない。1学期からずっと、私は未提出魔で先生に怒られてばかりなこと、知っているはずなのに。

 

「先生、宿題を忘れました。」

 帰りの会が終わって、さようならの挨拶をすると、私は前に出て担任の菊地先生に報告します。菊地先生は国語の先生なので、この宿題を出した張本人なのです。前から3番目の自分の席から、教卓まではたったの数メートル。それなのに、心の中はぞわぞわです。蹴ったサッカーボールが窓ガラスを粉々にしてしまったときと同じような気持ちなんじゃないかと思います。

「また岸本か。毎回毎回忘れました、忘れましたって。後から出せたことすら少ないじゃないか。やる気、ないんだよね?」

 きゅっと胸が閉まって、逆さまになる音がします。目をつぶりたくなるのを堪えて、先生の鼻らへんを見て、私はまた言葉を喋ります。

「今日家でやって、明日持ってきます。」

「もう行きなさい、部活があるでしょう。」

 先生はそう言うと、私が部活という言葉にぎくりとしている間に、教室を出て行ってしまいました。だけど、分かっているのです。私はこの約束を守れたことがあまりありません。先生は私のことを、困った子だと思っているのかな。でも、もう少し優しくしてくれても良いじゃないかと思ってしまいます。

「穂乃花、また宿題忘れ?大丈夫なの?」

 呆然と突っ立っていると、小学校からの友達の夏樹ちゃんが声をかけてきました。

「大丈夫なのかなあ、またやっちゃったんだ~」

「大丈夫かなあって、自分のことでしょ。あんまり先生を困らせないんだよ!そういえばこの後は部活?」

 部活、という言葉に私はもう一度ぎくりとします。

「今日は家に帰る!お母さんに帰ってこいって言われてるの!」

 私はそう言うと急いでバイバイをして、走って教室を飛び出しました。

「あ、待ってよ穂乃花~!」

 夏樹ちゃんの声が聞こえた気がするけど、私は振り返りません。心のぞわぞわが、ぐわんぐわんに進化しそうだったから、その前に学校から退散したかったのです。

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