第2話 私の過去と元婚約者

 エレーヌ様は高校生で、学校に通われている。

 今日は月曜日なので、エレーヌ様が学校に行かれてしまえば私のすることはお嬢様のお部屋の片付けだけだ。

 公爵家にはたくさんの使用人がいて、洗濯専門や掃除専門など細かく分かれているから、私がすることはとても少ない。

 お布団を綺麗に整えてしまえばすることがなくなってしまうので、私は自室に戻り本を読みながら勉強をする。

 四年前、私が十五歳の頃に私がいたミティ公国はここ、レイテーミア王国に滅ぼされてしまった。

 公国にある宝石鉱山を狙って、のことだったらしい。

 私の両親は暗殺され、子供だった私たちは公国から追放され、表向き死んだことにされた。

 路頭に迷って途方に暮れていたところを五歳下の幼い弟のレスリーとここ、レヴィアス公爵家に引き取られた。

 公国が滅びたことに心を痛めた公爵夫婦が、何もかも失った私たちを迎えに来てくれて、そのままお屋敷に連れてきてくれたんだ。

 だから私は高校には通えていないんだよね。ここに引き取られた時、奥様には学校にいくのを薦められたけどさすがに申し訳なかったし、レスリーを学校に通わせてもらうのだけで十分だったからだ。

 元々私は、シリル様の婚約者になるはずだったんだけど、公国が滅んだことでその話はなくなった。

 両親を失って路頭に迷った私たちを公爵様たちが引き取った、という話は皆知っているけど、私の正体についてはお嬢様も知らないことだ。

 レスリーは皆に可愛がられていて、私たちの事を詮索してくる人もいない。

 ミティ公国は滅んだ。もうなくなっているし、民は普通に暮らせているらしい。

 王国は宝石鉱山の採掘に力を入れていて、鉱山で採れる宝石のお陰で旧ミティ公国界隈はとてもにぎわっているとか。

 その話を聞くとちょっと複雑な気持ちになってしまうけど、民が不幸になるよりはずっといい。

 本当なら私、ここに嫁ぐはずだったんだよなぁ……

 そう思うと何とも言えない気持ちになるけど、仕方ないのよね。

 両親もいないし、何の後ろ盾もない私が今さら公爵家に入るなんてできないもの。

 地位のない私には、何の価値もない。

 そのことはよくわかっている。

 ここでメイドとして一生を終えるのかなぁ。それもなんだかさみしい気がするのよね。

 だからと言ってしたいことが何もないし、夢もない。とりあえず弟のレスリーがひとりだちできるまで頑張らないとな。


 お昼の時間になり、私は使用人専用の食堂でお昼をいただく。

 バゲットにスープ、サラダで簡単に済ませる。


「ねえ聞いた? 婚約の話」


 そう言いながら私の向かいに座ったのは、奥様付のメイドであるソニア=ドルトーだった。


「婚約?」


 何のことかと思いながら、私はバゲットをちぎった。


「シリル様のことよ」


 あー、それはあるでしょうね。だってシリル様、二十歳だし。そういう話がない方がおかしい。


「でもね」


 と言い、ソニアはフォークを手に持った。


「公爵様も奥様も、もちろんご本人も全然乗り気じゃないんですって」


「……ご本人が乗り気じゃない、はわかるんですけど……なんで公爵様方も、なんですか?」


 なんでだろう。

 公爵家だし、結婚して子孫を残すのは義務みたいなものでしょうに。

 ソニアは頷きながら言った。


「そうそう。ほら、シリル様、子供の頃に婚約の話が持ち上がったけど反発して家出したし、しかもお相手の国、なくなっちゃったから慎重になっているのかもね」


 その言葉に胸が痛くなる。

 シリル様が家出した時に、私は彼に会っている。彼も私も名乗りはしなかったけど、彼の身の上話から家出少年がシリル様であり婚約の話が持ち上がっている相手であることに気が付いたんだ。

 会ったこともない相手と婚約なんて嫌だったから、と聞いた。

 その相手が私だ、なんて言えるわけもなくただ彼の話を聞いたのは、今から八年も前のことだ。

 私は十一歳で、彼は十二歳だった。

 別荘地で私と彼は出会い、一緒に洞窟で雨宿りしたんだよな……

 たった一度、一緒にいたのなんてほんの数時間のことだった。

 ただ懐かしい想い出でしかないし、シリル様に対して特別な感情があるわけじゃないけど、公爵家の皆さまが婚約話に乗り気じゃないことに私が関わっているのなら、それは正直心が痛くなる。

 私が悪いわけじゃないし、国同士の争いの結果なんだけど。


「奥様も公爵様も特に何もおっしゃらないけど、昔の婚約の話が影響しているのでしょうね。だからシリル様に任せる、とおっしゃってるんでしょうね」


「そうなんだ……」


「ねえ、マーシャは結婚しないの?」


「え? あ、え?」


 思いも寄らない質問に変な声が出てしまう。

 結婚なんて考えたことがない。

 私がきょとん、としたものだから、ソニアは身を乗り出して言った。


「貴方、だって十九歳でしょ? 結婚する年齢じゃないの。ほら、商人のポーラさんところの御子息とか。騎士のサーラさんなんて貴方に気がありそうだけど」


「そんな事あるわけないじゃないの」


 苦笑しながら言い、私はバゲットを口にした。

 公爵家には護衛の騎士が数人派遣されてるんだけど、サーラさんはその騎士になったばかりの人だ。

 だからまだ若い……二十歳位なはず。

 顔を合わせれば話をするけど、深い話はしたことない。


「えー、でも休みの日に誘われたんでしょ? まだ返事してないって聞いたけど」


 ソニアの言葉を聞いて、心臓が止まるかと思った。

 何で知ってるのよ。

 確かにサーラさんには誘われた。でも休みが合わなくて保留にしたんだ。


「たんに休みが合わないから、少し待ってほしい、て言っただけよ」


「だったら合わせてお出かけしたらいいじゃないの」


 そんなこと言われても私はサーラさんには興味ないんだけどな……

 ていうか、後ろ盾も何も無い私を受け入れてくれる家なんてあるだろうか?

 最近は、結婚とは個人がするもの、ていう意識に変わりつつあるというけど、結局は家と家の繋がりを持つものだし、両親のいない私を受け入れてくれる人なんてそうはいないだろう。


「そうかもしれないけど、でも……その気もないのにお出かけするのって失礼じゃないの」


「マーシャったらかたいわねぇ。その気がなくても男女がふたりでお出かけ位普通にするわよ」


 呆れ顔でソニアは言い、サラダを口にした。

 確かに今どき、若い男女が結婚前にお付き合いをするのは当たり前。むしろお付き合いの前に出掛けるのなんて普通だった。

 とはいえ、私はお試しにお出かけする気にもなれない。だって、そんなことしたら期待を持たせてしまうかもしれないもの。

 だから出掛けるなんてできない。

 私は首を横に振り、


「私は結婚とか興味ないのよ」


 と答え、スープを口にした。

 するとソニアは不満げな顔になる。


「えー? せっかく公爵家での侍女をしているんだし、いい男を捕まえないともったいなくない?」


 その発想はなかった。

 確かに貴族の侍女はそういう面があって、実際に大商人や騎士に見初められて結婚する侍女がいるし、私がここで働き始めてから何人かそういうことがあった。

 だからソニアが言うことはわかるんだけど。

 

「私みたいな、両親がいなくて弟の面倒を見なくちゃいけないような女を受け入れる男性がいるわけないでしょ?」


「いるでしょう? だって、サーラさんはそんなの知っているんだし」


 確かに私の身の上なんて侍女も騎士も皆知っているけどさ。

 だからって結婚とか無理。その家族が私を受け入れるわけがないんだから。 

 

「シリル様は……なんで乗り気じゃないんでしょうか」


 話題を変えようと私が言うと、ソニアはそうねえ、と呟く。


「ほら、シリル様は子供の頃婚約するはずだったわけよ。でもそのお相手は亡くなられてしまったそうだから、その事が関係あるのかもね」


 そう言われると胸に痛みが走る。

 そうなんだよね、私、死んだことになってるんだよな……

 結婚かぁ……シリル様なら公爵夫妻が私の事をご存じだから話は早いよなぁ……って私何を考えているんだろう。

 首を横に振り、私は席を立った。


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