第13話 地下室の狂人〈1〉
———— あれは誰だ。どうして、あんなに錫青が
室扉を元に戻し、錫青を追っての
あの者に会おうとして、錫青が自分を使ったのには違いない。
犬が、賢いとはいえそんなことをするとは信じかねるが、この場合そうとらえるのが一番自然な解釈だ。
———— ……あれは、誰だ。
同じ問を繰り返した広元の前方に、小さな火燈が浮かんだ。
「先生!」
手燭を持った子玖であった。子玖の足許には錫青がいる。
「先生、よかった。扉が開いていたのでもしやと思って……大事無いですか?」
「あ……あ、大丈夫。すまない」
広元はふう、と息をつく。
「錫青を追っていたら、ちょっとその……迷い込んでしまった」
地下道に勝手に入ってしまった間の悪さを取り繕わねばならない立場だが、ここは子玖の温情に甘えるしかない。
「いえ。先生がご無事で何よりです」
子玖は他に何も尋ねず、胸元に手をあてて胸を撫で下ろした。
「……ここは、昔この城を築いた人が造った隠し地下らしいんです」
連れ立って入口へ戻りながら、子玖が説明する。
「広間やいくつかの場所と通じていて、迷路みたいになっているから、慣れた人じゃないと。だから今は、出入り禁止になっています」
「禁止?」
「ええ。というか、こんな場所だから自然と皆、寄りつかないですけど」
「……」
地下室に人がいたという矛盾した実態を、子玖は知らないのだろうか。
それに……子玖が自分を探してこの地下に降りて来たのは、単なる思い付きなのか?
訊ねることにかなり迷いは持ちつつも、広元は素通りできなかった。
思い切って口にする。
「……なら、あの地下室の人は、誰だったのかな」
◇◇◇
眼を見開き固った子玖の顔からは、はた目にわかるくらい、血の気が引いていっている。
「子玖……?」
その異様な反応を見た広元は、返ってここで止めるわけにはいかなくなった。
「子玖。あの人……誰だい?」
「……」
答えぬ子玖の手燭が震えている。
広元は眉根を寄せた。もしやあれは、相当な秘事なのか。
広元に子玖を追い詰めるつもりなどはなく、また自分にそこまでの権利がないことも自覚している。
……そうなのではあったが。
昨夜から立て続けに起きている、不可思議な体験の説明がひとつも得られないでいることは、広元の胸奥を、充二分にもやつかせてしまっていた。
何よりも、寸瞬、しかも暗い中での事で確信があるとは言えぬにしろ、目撃した地下の者が月の麗人とあまりに似ていたことは、広元にとって、なんとも捨ておけぬ案件だったのである。
そのせいであろう。悪気はなかったのだが、つい、
「言いにくいようなら、いいんだ。ぼくは……部外者であるのだし」
逆手を取ったような皮肉気味の表現が、広元の口から零れ出てしまった。
「——あ! そ、そんなつもりじゃ」
子玖の焦り応答。
「……あれ……は」
言葉を詰まらせた唇を一旦きつく閉め、子玖は眼を伏せる。
やがて閉じた唇の隙間から、こびり付いたものを剥がすような息と共に、細く声を押し出す。
「あれは……兄です」
<次回〜 第14話 「地下室の狂人〈2〉」>
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