第11話

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 ハイボルに到着した俺たちは、すぐさま病院に行ってシロウさんを入院させた。



 どうやら、砕けた肩甲骨が周りの筋肉に突き刺さり食い込んでいたらしい。彼ほどのムキムキでなければ、危うく内蔵を突き破って命に関わっていたところだと医者は言った。



 そんな痛みを「イテテ」で済ませるイカれっぷりもさることながら、更にあのダンジョンからここまで五十キロ以上もの山道を自分の力で歩いた精神力には流石と言う他なく、何も出来なかった俺たち三人が凹んでしまったくらいだ。



「気にすんな」



 今回ばかりは、気の毒過ぎてジョークを言う気にもならない。左腕を外した状態でベッドに横たわり、ようやく一眠りしたのを見届けて俺たちは宿を探した。



「いやぁ、あの人がボコられて敗走する羽目になった魔界ってどんな場所なんですかね」

「シロウさんの書いた風景やモンスターのスケッチを見たけど、見るからにヤバそうな雰囲気だった。敵を殺すために最適化した形で生きてる、って言ったら分かりやすいかな」

「分かりにくいっす、シロウさんが退院したら手帳を見せてもらうことにするっす」

「それがいい」



 ふと気が付いて後ろを振り返ると、モモコは力無くトボトボと歩いていた。こんなに沈んでいる彼女を見るのは初めてだ。



「私を守らなければ、シロウさんはあんな怪我を負うことも無かったんですよね」

「だから、それは違うってことで落ち着いたでしょ」

「でも……っ」



 どうやら、あれからずっと気に病んでいたらしい。普段なら、恨みのせいでモンスターを見るや否や喜々として殺したがる彼女がここまでの道中ずっと静かだったのは、今の弱音をシロウさんに聞かせないための強がりだったのだろう。



 健気だなぁ。



「ちっ。うっせーなー。お前、あんまシャバいこと言ってんじゃねーよ」

「な、なによ」

「あの人は、モンスターとの戦闘中にも僕らを守って傷を負ってる。今回は敵が人間で、それがちょっと酷くなったってだけじゃん。やってることはいつもと変わんねーのに、なんでそんなに悪びれてんだよー」

「そ、それは……」



 同じダメージという括りで、そこにあるのは程度の差。確かに、そう言い表すのは簡単だが、その言葉通りに割り切れる人間などそういない。それこそ、ナチュラルに狂っているアオヤくらいのモノだ。



「それとも、なに? お前、ヒナとかいう格闘士の言ってた逆ハーレムの件を気にしてんの? 僕、お前のこと全っ然タイプじゃないんだけど?」

「はぁ!? 誰がそんなこと言ったのよ!! つーか、私だってあんたみたいなガキはタイプじゃないから!!」



 それを聞いて、アオヤはニヒルに笑うと言い返しもせず俺たちの先を歩いた。気になる点が無いでもないが、今はアオヤの純粋な本音が心地よく感じた。



 ……というか、この子は悪口以外もいけるらしい。この舌戦の強さも、一種の才能なのだろうか。



「キータさん、早く宿に荷物を置いてご飯食べましょうよ。僕、マジでお腹減ったっす」

「そうだね、そうしようか」

「というか、逆ハーレムなんだったらもう少し私をお姫様扱いしてくれてもよくない? ねぇ、クロウだって『クロウ様』って呼ばれてたのに私は『お前』じゃん」

「うるせーよ」



 結局、アオヤとモモコは店についてご飯が届いてもガミガミと言い合いをしていた。最初は逆ハーレムの件について話していたハズだったのに、どういうワケか話題はそれぞれの恋愛の話になっている。



「アオヤってモテるの?」

「どうだろ、学生時代や憲兵の頃は恋人がいた時期もあったよ」

「へぇ、いたんだ。あんたのカノジョは苦労したでしょうね」

「なんでよ」

「喧嘩になったら、絶対に酷いこと言うから」



 それは同感。



「いや、僕は喧嘩なんてしたことなかったよ。この旅に出るまで、怒るほど人に期待してなかったし」

「寂しいこと言うなぁ」

「それを言ったら、モモコだってトゲトゲしてたじゃん」

「最初から誰にも期待してなかったアオヤと、裏切られて期待しなくなってた私じゃ全然話が違うでしょ」

「ふぅん、キータさんはどうっすか?」



 なんだか、歳下の子たちに混じって恋バナをするのは恥ずかしかった。まだ二十歳とはいえ、今は最年長なんだから聞き役に徹させて欲しいモノだ。



「まぁ、モテないよ。ずっと、恋人もいないから語ることもない」

「そうなんですか、私と一緒ですね」

「子供の頃から冒険者をやってたモモコと、普通に生きてきた俺がモテないのは別だと思うよ」

「カノジョ欲しいとか思わないんすか?」

「欲しいと思ってたら、勇者パーティになんて参加しないよ」



 おぉ、と納得したように頷く二人。そんなことで敬われても、あまり嬉しくないな。



「やっぱ、キータさんってシロウさんより勇者っぽいっすよね」

「アオヤまでそんなことを言うのか。シロウさん以外に、勇者なんて務まらないでしょ」



 旅用のマントを外して、届いたシチューを一口飲む。



「でも、勇者って本来は無色透明でなきゃいけないと僕は思うんすよね。だって、そうじゃないとこの旅が伝説にならないから」

「それは、背景のあるシロウさんが勇者だと、冒険も彼の数ある功績の一つに数えられてしまうってこと?」

「そういうことっす。シロウさんは、いい意味でも悪い意味でもシロウさん過ぎるんすよ。あの人を語り部にしたら、きっと誰も感情移入が出来ない」

「確かに。そういう意味で言えば、キータさんが一番勇者っぽいかもね。これと言った背景は無くて、偶然ヤバい人に巻き込まれて、それなのに文句一つ言わず戦って成長してる」



 二人は、ケラケラと笑って酒を煽った。褒められているような気がしないからこそ、逆に聞いていられる。俺のような人間は、凄い凄いと褒められるより笑ってくれた方が気持ちが楽なよだ。



 それに、シロウさんは『魔王を倒そうとするから勇者だ』と言っていた。ならば、俺たち四人がみんな勇者。そう考えれば、特に気恥ずかしいこともないさ。



「……げっ」

「うわ……っ」



 何たる偶然、という事でもないのだろう。



 考えてみれば、クロウは悪魔を殺し始めたのだろうから、次のダンジョンへの旅路にあるハイボルに彼女たちが集まるのは当然のことだった。



 しかし、こっちの条件は偶然と言っていいだろう。



「やぁ、アカネ。クロウは?」

「諸用で外してるよ、キータ」



 向こうのパーティも、ボスを欠いた三人の構成となっている。既に酒も入っているせいか、アオヤとモモコは武器に手を置いて体勢を整えた。



「やめよう、人の迷惑になる」

「二人とも、ここは抑えて」



 アカネの声で、ヒナとセシリアも姿勢を直した。そして、俺たちの隣の空席テーブルに、あからさまに不機嫌な様子で座りメニューを読み始めた。



「最悪だ、売女の隣じゃせっかくの料理が不味くなる」

「なんですって?」

「独り言っすよ、盗み聞きしないでもらえないっすか?」

「私は売女じゃないって言ってるでしょ!? この凡人が!!」



 ピキッてしまったアオヤを抑え、ついでにアカネにも目配せをする。



 まさか、こっちから喧嘩を仕掛けることになるとは。モモコと同様、これまで人を信じてこなかったアオヤの仲間意識は少し狂っているように思えた。

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