第10話

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「いい加減にしろよ、お前。セシリアは売女なんかじゃない、俺の大切な仲間だ」

「く、クロウ様……」



 クロウ様、ね。



 聖女セシリアも、ヒナと同様にあいつを様付けしている。多分、彼女たちは一方的な恩義でクロウに付き従っている。ならば、アオヤの言う通り同じ目的を果たそうとする仲間ではないのかもしれない。



「お前じゃない、僕はアオヤだ」

「雑兵の名前なんて覚えてられないんだよ、特別じゃないカスは黙ってろ」



 偶然か、それともアオヤを見抜いたからこそのキラーワードか。クロウは、的確に彼の弱点を抉る言葉を放った。



「女に身の回り囲わせて、自分が特別だって思い込まねぇと立ってられないあんたには言われたくねぇっすよ」

「……あぁ?」

「あんたは、自分の実力をシロウさんに認めてもらいたかっただけのクソガキだ。そうならなかったから、何でも褒めてくれる人形で寂しさを紛らわせてるだけじゃねぇっすか」



 ……俺には、見えなかった。



 言い返したアオヤに対して、瞬きすら置き去りにするスピードでクロウは彼に斬り掛かったのだろう。前回、シロウさんに向けた攻撃とはワケが違う殺意の籠もった一撃だ。地面にはバチバチと紫電が走り、白煙を立てて焼き焦げた軌跡が熱を伴い残っている。



「クロウ、それはやっちゃいけねぇ」



 それを、シロウさんはクロウの後ろから首根っこを掴む形で阻止した。あと数センチでも踏み込まれてたら、アオヤの首は胴体から切り離されていたかもしれない。



 アオヤは、一筋の冷や汗をかいていた。



「離せ、シロウ! お前も殺すぞ!」

「まだ落ち着かねぇってんなら、そろそろ優しくしてらんねぇぞ」

「俺はお前の優しさなんて求めちゃいない! 勝手なことを――」



 その時、モモコのパンチがクロウの頬を捉えようと迫った。アオヤを貶され完全に我を失った彼女は、獣のような構えで襲いかかる。しかし、すぐにクロウを離し自分の位置を入れ替えたシロウさんが、今度はモモコのパンチを受けて抱き止めた。



 だが、ヒナとセシリアの攻撃は既に始まっている。



 あの構えは、遠距離から打撃を当てるスキルか。聖女の結界、恐らくヒナの攻撃を確実にヒットさせるための拘束スキルだろう。俺は、ダガーに変化させた宝具を構えてセシリアの鎖を斬り、五発放たれたヒナの打撃をパリィで三発まで弾き返した。



 ……無念。



 弾き切れなかった攻撃は、二発ともモモコを守ったシロウさんの背中にクリーンヒット。悪魔との戦闘で大きなダメージを受けていたせいもあり、彼は咥えたタバコと共に血反吐を吐き出した。



「ここでブッ殺してやりますよ!!」

「クロウ様! 今その勇者を止めるわ!! 攻撃を!!」

「待って! 二人とも、それ以上は――」



 ……アカネが止めようとした刹那、この世界から音が消え去ったような気がした。



「やめろ」



 重く低く響くシロウさんの、あまりにも恐ろしい声を聞いて全員が立ち止まったのだ。肌をビリビリと痺れさせるこのプレッシャーは、注目を掴んで離さないシロウさんの持つスキルではない恐怖の効果だ。



 少しでも気を抜けば、自分は殺されてしまう。モンスターや悪魔にすらそう予感させる迫力に、人間である俺たちが抗えるハズもない。彼がタンクを担う理由となった圧倒的な力が、この場のすべてを支配していた。



「モモコ、落ち着いたか?」

「は、はい」

「アオヤ、お前は?」

「……っす」



 怖過ぎて、二人は完全に正気に戻っていた。彼が恐怖を向けたのは、自分に攻撃したヒナとセシリアでなくアオヤとモモコだったようだが、それでもきっと、戦いに慣れていないであろう彼女たちは余波に影響され涙目になっている。



「く、クロウ様……っ」



 その時、俺は気が付いた。



 シロウさんは、最初に自己紹介を求めたとき以来、一度もヒナとセシリアを意識していないことに。



「なぁ、クロウ」

「な、な、なんだよ」



 剣を構えながら、息を切らすクロウ。



「目的が分からねぇなら、悪魔を殺してぇってんなら、俺が一つ課題を与えてやる」

「は、はぁ? なんで、俺がお前なんかにそんなことをされなきゃいけないんだよ!?」

「リーダーとしての責務を果たせ、友達と仲間は違うモノだ」

「俺に命令するんじゃねぇ!!」



 叫んだクロウへ、シロウさんは間髪入れず目で恐怖を放った。アオヤとモモコを引き留めたモノより、更に強い恐怖。横で見ているだけの俺にすら、鬼胎を抱かせる圧倒的な恐怖だった。



「ぐ……っ」



 ……クロウの持つ自己の無敵感と自信に、僅かながら歪が生じた。



「嫌なら、その仲間たちと今の関係のままで一緒に出来ることを探せ。じゃねぇと、そいつらは死ぬぞ」



 血痰を吐き出すと、シロウさんは剣を背負って奴らに消えるよう顎で指示をした。面倒や厄介からは自分から離れていくのがスタンスのハズのシロウさんが、敢えて向こう側に消えるよう横暴な態度で接したのだ。



 つまり、クロウに無理やり命令を聞かせようとしている。その理由は、隠しきれないシロウさんの表情に表れている。



 俺は、もう一人で歩けないほどに、シロウさんを見て、自分の不甲斐なさに嫌気が差した。



 俺がもっと強ければ、こんなことにはならなかったかもしれないのに。



「『俺が』じゃなくて、『俺たちが』って言えるようになって来い。それが、お前への課題だ」



 ……あなたは、本当に。



「うるせぇってんだよ!」

「クロウ、ヒナとセシリアが限界だよ。今はシロウさんの言うことを聞こうよ」

「お前まで……っ! お前までそんなことを言い出すのか!!」

「聞いて」



 ピシャリ。



 アカネは、毅然とした態度で言い放つ。



は、負けたんだよ。これ以上は、本当になんの意味も無い」



 クロウは、歯軋りをしてから雑に剣をを収めて踵を返した。それに続いて、ヒナとセシリアもゆっくり立ち上がり退散していく。そんな中、アカネは泣きそうな顔でシロウさんに深く頭を下げた。



「いいよ」



 その一言で、とうとう感情を我慢できなくなったようだ。アカネは、涙を流して去っていった。



「……キータさん。あの人、なんで泣いてたんすかね」

「もう、どうしていいのか分からないんだと思う」



 最後に残ったポーションを飲んで、シロウさんは一息つくとクロウたちとは反対方向へ踵を返す。悪魔の攻撃で弱っていたところを、ヒナのスキルが的確に砕いて激しく損傷してしまったようだ。



「次の街で、ちゃんと手術を受けてくださいね。それと、一週間は休むんですからね」

「あぁ、分かってるよ。イテテ」



 次の目的地は、商業都市ハイボル。



 悔しいが、クロウの言う通りこの先の冒険は更に苛烈を極めるだろう。シロウさんの負担を少しでも減らすために、これ以上強くなることはないであろう俺が出来ることを探さなければ。



 俺が、俺たちだと言えるように。俺が、俺を勇者パーティの一員であると認められるように。

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