ある時は……
四月、私は高校生になった。
「高校デビューだね」母が笑顔で言う。
「ただの始業式だよ」私は答えた。
中高一貫だから一年生というより「四年生」という感覚だ。
ただ、制服は新しくなった。特に今日は始業式という公式行事なので正装だ。女子校時代から続くセーラー服。限りなく黒に近い濃紺に白のラインが入り、藤色のリボンが胸元に光る。
服装チェックが入るからスカートは膝丈にして黒タイツをはく。
髪型は下ろし禁なので後頭部でまとめる。私のような中途半端に短いセミロングには不格好な仕様だ。
我慢するしかないだろう。今日一日の話だ。明日からは自由にできる。
「写真に撮っておこう」撮りたがりの父が言った。
「いらないし」私は
「髪を下ろして撮ったら」
母が言うので、面倒だけれども私は父母のために被写体になった。
しっかり父と二人並んだ写真も撮られた。
父母が望む笑顔ができたかちょっと心配だ。別に私は反抗期にあるわけではない。ただ単にこの髪型が嫌だっただけだ。
私にとってはただの始業式だが、両親にとっては大切な娘の高校デビューなのだと思った。
「――行ってきます」
私はマンションの二十五階から下りた。
四階でエレベーターを乗り換える。四階以上の住居部分と三階以下の商業施設を切り離すための仕様らしいが、いちいち乗り換えるのが面倒くさい。引っ越しに使える一階直通の大型エレベーターでさえ四階どまりになっていた。
ロビーを通って一階行きのエレベーターに乗り込んだところで、息を切らして走って来た女子高生と相乗りになった。
「ありがとうございます!」
後から乗った彼女が私に礼を言う。急いで走ってきたようで私の顔を見る余裕はないようだった。
「おはようございます」と私は挨拶した。
同じマンションの住人だ。言葉くらいは交わさないと。
改めて彼女を見ると、私と同じ制服を着ていた。
顔を上げた彼女と目が合う。
「確か……新聞部の……」私は声をかけていた。
「――
そうそう、そんな名前だ。一学年上の伊沢さん。新聞部のパパラッチと言われ、誰彼構わずインタビューしまくるおかしなひと。
「
「パン屋さんですね」伊沢さんはニコっと笑った。
とても可愛い。同じ三つ編み眼鏡の女子は我が校にいくらでもいるがたいてい不愛想で、伊沢さんのように笑ったりしない。
学校では作り笑いだと思っていたが、そうでもないのかな。今日の伊沢さんは自然な笑顔だ。
「パンを買いに来ていただいたんですね」私はよく覚えていないけれど。
「何度も会っているじゃないですかあ」
「え?」
バシバシと肩を叩かれる。
ん? この感覚は……?
エレベーターが一階について扉が開いた。
私たちは下りて駅へと向かう。
「あの……ひょっとして、レイヤーさん?」
「そう……ある時は黒髪ロングのミニスカメイド、ある時はピンクツインテの女、またある時は三つ編み眼鏡のパパラッチ……しかして、その実体は……?」
なんだこの人。中二病か?
しかし私はその後の言葉が気になった。
「急ぎましょ!」
伊沢さんは背を向け、逃げるように走り出した。
何だよ、それ! そこまで
私は後を追った。
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