その瞬間まd

@momochi1029

その瞬間まd


 後、1ヶ月で人類滅亡するらしい。

 らしい、といっても人類が滅亡するのは避けよがない事実。地球に大きな隕石が落ちる、とのこと。


 でもいくら専門家や政府がその事実を言おうが、1ヶ月後に死ぬなんてまるで実感がわかない。鳥肌も恐怖心もわかなかった。遠い国で戦争が起こったニュースを見ている時と同じような感覚に近い。それでもどうやって残りの1ヶ月を過ごそうか、考えてみた。ぱっと思い浮かんだのは愛する人といろんなところを出かけて、お話しして、美味しいものを食べて笑う、そんな日々を過ごすこと。でも映画の見過ぎなのかもしれない。隕石モノはもちろん、災害や宇宙人が侵略する映画で、こういう時は自分の愛する人、家族や恋人とかと死ぬ瞬間まで一緒にいるのが定番。だけどそんな事態にいざ対面してみるけど、自分が後一月後に死ぬなんて実感もわかなければ、残りの一月をどう過ごそうかという焦燥感もない。私はいつも通りの日常を過ごしている。


 私は専業主婦をしている。夫と私だけの二人家族。子どもは欲しかったけれど、恵まれなかった。家は郊外の落ち着いた静かな住宅街にある。

 専業主婦、郊外の静かな住宅街。1ヶ月後に隕石が落ちようが、私の生活に大きな影響はなかった。朝6時に起きて夫の勉強と朝食を作り、洗濯物を干す。昼はコーヒーを片手にテレビや映画、小説を読んで過ごす。夕方には買い物に出かけて、夕飯を作ったりお風呂掃除をする。残り1ヶ月後に死ぬとはいっても、これら以外することがなければ、これをしないとどう生活するのかもわからなかった。だからなんだかんだいつも通りの日常のままだ。


 夫は電力会社で働いている。私は隕石が地球に落ちることを知った時、一度だけ映画っぽく「会社なんて行かないで、ずっと一緒に過ごさない?」と行ってみたけど、夫は「それもいいんだけど、どうも1ヶ月後に死ぬなんて実感がわかなくてな。とは言ってもうちの社員の大半が来なくなっちゃったから、誰かが電力を供給し続けないと」と言った。こんな時まで妻よりも仕事を優先するのか、って思うかもしれないけど、私はなんだか納得してしまった。夫も私も残り1月になったところで、まるで実感がわかないのだ。それに夫は残業してまで働いてくるわけでもなくて、定時に、時にはお昼頃には家へ帰ってくる。そんな感じでいつもよりも自由に暮らしているような気もする。社会もなんだかんだ夫のような人達のおかげで、いつも通りの日常が、光景が維持されている。


「今日の昼頃に落ちるのか」

「そうみたいね」

「なんかそれでも実感がわかないな」

「こんなに天気が良いなんてね。なんかもっと雷鳴が鳴り響いていたり、家とか燃えて半狂乱になった人たちであふれて地獄みたいな光景かと思ってたわ」

「はは。僕もそう思ってたけど、ああいうのは映画の演出なんだな」


 今日はさすがに夫も会社を休んでいる。律儀に有給を出して休んだという。でも受け取る上司も他の社員も、会社自体ももぬけの殻だったそうだ。

 太陽が他人後のように燦々と輝いているなか、家の2階にあるテラスでワイングラスを片手に、私達は朝から飲んでいた。テーブルには赤ワインも白ワインも置いている。おつまみにはよく熟されたロースビーフやクセの強い匂いを放つチーズ、カラフルな野菜のアンチョビ、カリカリのバケットを広げた。

 ワインを口に含みながら外の景色を眺める。いつも通りだ。静かで落ち着いた住宅街。洗濯物を干している家もある。煙が登ったり、暴徒が暴れたりなんて光景はこの街には最後までなかったみたい。

 夫がローストビーフを薄く切り、野菜のアンチョビとともにバケットにのせて食べる。そして白ワインを飲んでから、私に言った


「すまなかったな。ずっと一緒にいれなくて」

「ううん。別にそれはいいの」

「それに子どもも授けられなくて。ずっと子育てとか楽しみにしてただろ?」

「そうだね。あなたと結婚してからあなたの子を育ててみたかった。でも、今となってはいなくてよかったと思う」

「それはどうして?」

「私達の代で終わっちゃうんだもの。子どもは次の世代に引き継いでいくもの。それが叶わない未来しかない時に生まれたらその子がかわいそうよ」

「まあ、それもそうか」


 私達はワイングラスに口をつけた。しばらく間を置いてから夫は言った。


「後、数時間。何しようか?」

「そうね。こんな時まであんまり思いつかないね」

「ああ、そうだな。なんだか本当に落ちるのかな。ただピクニックをしている休日って感じなんだよな」

「まあ、実際に今日は日曜日だしね」


 後、数時間。それでも人生の懺悔や後悔、焦燥感はわいてこない。のほほんとしている。死ぬ実感が、リアリティがわかない。


「そうだ。ダンスでもしてみないか?」

「ダンス? 私ダンスなんてしたことないわよ。あなたもそんな柄じゃないでしょ」

「そうなんだけど、なんか洋画で夫婦がフォークダンスをするシーンとかあるだろ? しかも人類滅亡系の映画じゃ割とよくある」

「ああ...確かにあるわね。そういうシーン」

「だろ? だから映画に倣ってやってみようよ」


 夫は私の手を引っ張ってリビングの開けた場所まで行く。そして私と夫は向き合う。結婚式以来だな、って思った。こんなに真面目に恥ずかしく向き合う機会は。夫も誘っておいて顔が少し赤くなっていた。


「恥ずかしがるなよ。結婚して3年経つんだ。こんなの普通だろ」

「わ、わたしはただワインで酔っただけだよ。それよりもあなたの方が顔が赤いよ」

「僕は酒に弱いから顔が赤くなりやすいんだ」

「「......ふふっ」」


 それから私達は笑い合った。始めてあなたと会った時のような初々しい気持ちがわいた。

 それから夫はスマートフォンを取り出して、カントリー調の音楽をかける。音楽に合わせるように、映画のシーンを真似るように、私が片足を出すと夫は片足を下げる。夫の動きに合わせるように、導かれるように、私はまわる。


 窓から明るい光が見えた。

 涙が夫の肩に落ちる。


「けっこう楽しいね」

「そうね。映画のシーンみたい」


 それからも私達は踊った。

 郊外の静かな住宅街の中で、カントリー調の音楽がひっそりと流れたまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その瞬間まd @momochi1029

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ