ミッション2:コンタクト #2

 タンクが仕掛けたコンポジションC-4は大広間を破壊し尽くした。魔物は当然のこと、勇者たちを含めた全てが瓦礫で生き埋めになった。遠くまで連鎖した大爆発が収まり、ようやく静まった大広間だった場所に粉塵が舞う。それに混じってかすかに蠢く瓦礫の隙間から、銀色の粒子が空中に霧散していく。次の瞬間、瓦礫を弾き飛ばして勇者が現れた。


「……アーチ、防御くらいしろ!」


 勇者が顔色ひとつ変えないアーチに憤る傍らで、隊長が撃たれた足をかばいながら立ち上がる。風が渦を巻いて瓦礫を吹き飛ばし、散々な光景の下から魔法使いと武器を構えた聖騎士隊が出てきた。それぞれ大小の怪我はあるものの、動けないほどではないことを認めて勇者が息を吐く。


「全員生きているな」

「魔法使い、勇者様に癒やしを…」

「要らん、自分の心配をしろ」


 勇者は強い口調で隊長の言葉を遮った。彼の頑なな態度に聖騎士隊は顔を見合わせる。そのやり取りにも興味を見せなかったアーチの手元で、また予言書が前触れなく開いた。


「〝天から舞い降りる さすらい人〟」

「ああ、誰か……落ちては行ったようだが」


 アーチの呟きに勇者が答えるのを聞き、聖騎士隊が弾かれたように闇夜の下を覗き込む。遮るものがなくなった大広間に冷たい風が吹き抜ける。


「さすらい人様は…! 隊長、追いますか?」

「……構わない」


 聖騎士隊からの問いかけに、隊長は隣に控える魔法使いを一瞥して静かに首を振った。全てが瓦礫と化した大広間ではブリーチング跡も粉々になり、退出路がどこにあったのかも分からない。彼らの会話を聞いて勇者が麻袋から見える黒く太い眉をひそめる。


「さっきの奴らは何だったんだ」

「彼らが『さすらい人』です」

「……なんだ、それは」


 勇者は隊長の返答にますます眉間のしわを深くし、城壁だった先を眺める。たくさんの星が瞬く夜空が広がり、そして遠方には荒野が見えた。それと対面する魔王城は高い山岳地帯から連なる岩壁に沿い、埋め込まれるようにそびえ立つ。外観こそ退廃的な美しさを残すが、C-4による破壊に伴い長居は出来そうもない。


「目的は果たせた……魔法使い、『王都』へ帰還する!」

「そのように」


 隊長が突き立てた杖を中心に風が渦巻く中、勇者の青い瞳は淡い光を放つ短剣を見つめる。今までろくな反応を見せなかったアーチの瞼が震え、月光とよく似た銀色の瞳が動く。その冷たい視線が勇者に向けられる寸前、魔王城から人の気配が消えた。


 ***


 山岳地帯にそびえる魔王城の下には湖とも川ともつかない堀があった。そこにいくつかの気泡が上がる。激しく水面が波打った直後、豪快な音を立ててタンクが顔を出した。少しばかり息を荒げて巨体が揺蕩い、再度潜ったかと思うと意識の定まっていないスナイパーを引っ張り上げる。標高の高い廃城から水面に叩きつけられ、人としての形状が残っているだけマシといった状態で意識が飛んでいる。タンクはぐったりと脱力する相手の襟元を掴み、地上を目指して堀を泳いだ。


[✓] マッチング相手に追従する

 ・ボディチェックを受ける

 ・中型多目的ヘリコプターに搭乗する


 タンクは堀から這い上がり、満身創痍のスナイパーを引き上げる。それから回復薬を取り出し、彼の細い太ももに勢いよく刺した。焦点の合わない深緑の目がHPゲージが伸びていくのを見つめている。


「瀕死の時にぶっ刺したら、むしろトドメじゃ……」


 朦朧としながらもどこか余裕のある不満を聞き、タンクのゴーグルに遮られた目が細まる。全身の傷が緩やかに回復していくのを待ち、のろのろとスナイパーが立ち上がった。その途端、彼に向かって大きな手が伸びる。


「他に怪我は?」


 タンクはスナイパーの下顎を掴んで左右に傾けた。突然の接触にされるがままとなった幼気な女性アバターの体を男性アバターの手が巡回する。顎から滑らせた太い指が後頭部に回り、背中から肩へと伝って胸部にたどり着き、ショルダーホルスターの上から脇腹が押される。控えめに盛り上がった胸部が目に入り、スナイパーは居た堪れなさに硬直した。なおもタンクは真剣な顔でバレットM82を確認した後、しゃがみ込んで臀部から足に掛けて手を這わせる。


「骨は折れてないね。痛みはある?」

「あ、はい…す、すんません! 何も、ないんで……おわっ、すんま…ふへっ!?」


 ボディチェックの間、どこへ向けているかも分からない野太い謝罪が続いた。タンクは細い体から手を離し、最後に水底で拾っていたキャップを落ち着きのないスナイパーへ被せる。


「あんたスナイパーなんだね。ライフルは平気? その服も……大丈夫なのか」

「え、いや、あ、こ……これな! こんな服設定した奴とか、マジどうかしてるよなあははは……俺だった…」


 スナイパーが防御力を重視して再装備したジーンズからは足のほとんどが露出していた。比較的露出度が低いと思われたネルシャツもずぶ濡れ、よれた端々から肌が透けて見える。もちろん、その惨状はショルダーホルスターでは覆い隠せていない。マガジンポーチやホルスターを付けたA-TACSのタクティカルベストと比べるとただの紐だ。タンクも完全防備の下は袖無しのスポーツインナーではあるが、屈強な筋肉を彩るトライバルタトゥーが薄手であることを感じさせなかった。

 男性アバターは墓穴を掘り続ける女性アバターを無言で眺めてから、長めの赤髭に埋もれた口を動かす。


「余裕みたいだね。私は物資が足りない、向こうに駐屯地があったから行くよ」

「や、だから話聞い…て?」


 端的に話し終えたタンクはブッシュに分け入り、代偽装網カモフラージュネットに手を掛けた。逞しい筋肉に物を言わせ、そこそこの大きさがあるそれを一気に剥ぎ取る。そこには中型多目的ヘリコプターのブラックホークによく似た機体が鎮座していた。


「お先にどうぞ」


 タンクは慣れた手つきでカモフラージュネットを収め、可憐な声でエスコートする。通常のヘリコプターですら間近で拝んだことがないスナイパーは口を開けてしばし呆然とした。


[✓] 駐屯地を制圧する

 ・インジケーターのミニマップを更新する

 ・タンクと同時攻撃する

 ・マーカーを同期する


 タンクが告げた「向こう」にたどり着くまでに夜が明けた。魔王城から距離を経て到着した場所は海食崖近くの渓谷だ。タンクは岩陰にブラックホークを着陸させて操縦席から降り、後ろ歩きで一直線に茂みブッシュまで歩き出す。そこから方向を変えて数歩戻り、グレネードのピンに巻きつけたワイヤーを低い位置に取り付けた。


「……何してんすか?」

「念のためだよ。なるべく岩の上を歩きな」

「おう…?」


 タンクが点在する岩の上に立ち、インベントリから取り出したドローンを空へと飛ばす。スナイパーは羽音を鳴らして渓谷の山林に入っていくドローンを見送り、タンクの操るドローンコントローラーに目を向ける。モニターにサーマルビジョンが映っていた。


「制圧するよ」

「へ? 制圧……2人で?」

「援護は任せる」

「え、援護!?」


 可憐な声ではあまり聞いたことのない単語の羅列に、スナイパーの野太い声が裏返る。タンクはドローンコントローラーを消し、AKのようなアサルトライフルを構えて慣れた足取りで岩を降りて行く。それから一旦振り返り、自らの頼もしすぎる背中を指差した。


「あんた、スナイパーだろう?」

「……ハッ!」


 その一言でスナイパーはようやくバレットM82の存在を思い出した。彼は遠ざかるタンクを見送り、狙撃出来そうな場所を探して辺りを見渡す。

 初めて訪れる山林は柔らかな木漏れ日が差し込み、暖かみのあるロケーションだった。ジーンズの裂け目から覗く生足に擦り傷を作りながら岩場に寝そべり、バイポッドを展開してバレットM82を構える。まだ見知らぬ人間と言って良いマッチング相手との共闘に今更緊張したか、または辺りに漂う冷たい空気に身震いしているのか。小刻みに震える手でサプレッサーを取り付け、インジケーターのミニマップに目を向ける。山林を徒歩で進んだおかげで更新されたミニマップにエネミーの表示である赤い点が浮かんだ。


「おーい、タンク? 配置付いたんすけど……」


 タンクが中腰で駐屯地の真横に付き、見張りのエネミーを指差してハンドシグナルを送った。スナイパーは狙撃要請の意味を理解出来ず、それから慌てて親指を上に向ける。

 スコープを覗いた先に、魔王城で見た特徴的なヘッドギアが2人立っていた。片方にマーカーが付いたのを確認して、彼はバレットM82の口ボルト・ハンドルを引き、トリガーにかけた指に力を込める。それに合わせてタンクがカランビットナイフでもう一方の首を掻き切った。


「消えっ……は? 今の当たったよな?」


 タンクのナイフキルが入ったと同時にエネミーが光の粒子となって霧散した。いくらゲームにありがちな仕様とはいえ、あまりに早い消失だった。しかしバレットM82の弾が当たった方は吹き飛ぶどころか平然としていた。スナイパーが相反するエネミーの仕様に目を見張り、もう一度スコープを覗く。彼の標的は不思議そうに.50BMG弾の着弾痕を見下ろしている。まだ気づいていない背中に狙いを定め、急いでトリガーを引く。


「だから! どんな素材で出来てんだよ、フルメタルタンパク質!?」


 明らかに貫通した着弾を目の当たりにして、いつもの癖で余計な一言を叫ぶ。サプレッサー付きの狙撃音よりも響く声にヘッドギア越しの鋭い視線が向けられ、エネミーである聖騎士が跳躍した。


「おまッ、やっぱ虫じゃん!」


 人間とは思えない跳躍力にスナイパーは慄き、グラップルジップラインを打って退避する。途中、ジーンズが枝に引っかかって大破した。野太い悲鳴がブッシュの奥に落ちるのを見守っていたタンクはソードオフショットガンを取り出し、跳躍中のエネミーを撃ち抜く。


「……大丈夫か、スナイパー」

『っぶねえぇ! マジ死ぬかと……サプレッサーのせいなわけねえし、あいつら絶対ティアーおかしいって!』


 銃弾に当たったエネミーが空気中に溶ける間、ヘッドセットのイヤフォンに適正レベルの階層ティアーを疑う声が聞こえた。わずかにタンクは考える素振りを見せ、再度セカンダリウェポンからメレーウェポンに持ち替える。


「ショットガンの音を聞かれたと思う。マーカーは頼んだよ、位置がバレる前に制圧する」

『あ、すんません……ってナイフで行くんすか? 嘘だろ?』

「問題ないよ。スニークキル中は無敵だから」

『……そんな致命攻撃あったっけ?』


 淡々と単騎突入ゴリ押しを告げる可憐な声にスナイパーは訝しむ。だが結局何も思い出せなかったのか、言われた通りにマーカーを打ち始める。HUDにエネミーのポイントが赤く浮かび上がり、タンクの視界にも同期されていった。それほどの数ではないものの、カランビットナイフ一本で制圧するとなれば骨が折れそうだ。そう思っている間に隠密スニークからナイフキルの入ったエネミーが反撃の余地もなく数を減らしていく。


『いや、ナイフこっわ…』

「やっぱり手応えがないね」

『え、同期ズレっすか? こっからだとちゃんとキルしてっけど』


 まるでリズムゲームをするような正確さで背後から忍び寄り、フルメタルタンパク質を処理していた大きな手が止まる。タンクは確実に仕留めたはずのエネミーに納得がいかない様子でナイフを抜いた。これまでと同様にエネミーが消えていく。その光の粒子が流れていった先に1人の黒装束が佇んでいた。


『うお! ここにもエロいエネミー居たのな』


 インカム越しの低俗な発言を無視して、タンクは魔法使いを見つめる。先端に宝石があつらえられた杖を地面に突き立て、フェイスベールが動向を窺っていた。お互いに見つめ合ったまま、タンクがソードオフショットガンに太い指を掛ける。

 一瞬、瞬きの合間に光がちらついた。そしてインジケーターの赤いマーカーが消滅すると共に杖の倒れる音が響き渡った。


[✓] 転送装置を無効化する

 ・送りの塔である杖を破壊する(任意)


 すでに魔法使いの姿はなく、何の気配も感じられない。タンクはヘッドセットを押さえながら一度駐屯地を見回し、無造作に転がった杖を拾う。


「クリア、もう来て良いよ」

「はー、焦ったー! さっきのってさ…」


 スナイパーがチップスをかじりながらブッシュをかき分けて現れた。彼の擦り傷が塞がっていくのを確認した後、タンクはゆっくりと杖を持ち上げる。


「……ふん!」


 あり余る力によって真っ二つになった杖が地面に放り投げられ、追撃とばかりに重量級の足が振り下ろされる。見るからに硬そうな石が呆気なく砕け散った。


「おわああッ! ちょ、なんで!? キーアイテムとかじゃ…ッ」

転送装置トランスポーターだよ。それで移動するのを前も見たんだ。壊しておけば、しばらくは何も来ない」

「てっ、転送装置? だからって、そんな力強くも頼もしい解決法じゃなくても……こっちもグリズリーだった?」


 とても踏み潰して壊せる代物には思えない石を粉々にする姿は、少し前に見たシロクマ──勇者を彷彿とさせる。その破壊力を前に野太い呟きは語尾を弱め、最後まで聞こえなかったようだ。次第に青ざめるスナイパーの顔を見て、別の意味を汲み取ったタンクは可憐な声で言葉を付け足す。


「私たちには使えない、持っててもジャンク行きだよ。それに必要もないだろう?」

「あー…まあ、ファストトラベルあるし良いっちゃ良いか……ってマップねえし! ぐわあぁー…もう、どうすっか…」

「山岳地帯のマップなら埋めたよ。共有しようか」

「おう…マジ、さ…」

「ん?」


 興奮気味に騒ぐ野太い声が徐々に小さくなり、不意に途切れた。簡易的なテントを張り、露営ビバークの準備を始めていたタンクが目を向ける。スナイパーはバレットM82を持ったまま、地面で大の字になって落ちていた。


「ふっ…無防備だね、Mr. ルーキー」


 タンクはOPS-COREオプスコアヘルメットとゴーグルを取った。そして一息ついたようにテントの側へ座り込み、危機感の薄すぎるスナイパーを眺める。出会って数時間しか経っていない男性アバターの前で眠りこける女性アバターの寝顔は、遊び疲れた子どもそのものだった。

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