39:観光

リヴィアンは二週間、ロキが合流してからは十日間の別荘滞在。

長期休みの恒例だったが、今回に関しては旅行というよりも遠い地で同棲生活をしているようなものになる。


一人は気楽、それなら二人はどうかといえば怠惰が別の意味も含んでしまった。

要するに、ベッドは眠るよりも享楽を分かち合う為の場所。


二人共それほどお喋りな方ではあらず、会話は途切れがち。

けれど無言は重くならず平穏。

というのは飽くまでも付き合う前の話。

今はそこに情交の選択肢が加わってしまった。

成人と未成年で差はあれどお互い十代だけに、簡単に火が点いては止まれなくなる。



それこそ一日、二日目なんて時間を忘れてつい耽ってしまった。

結局ジャム作りの後はベッドで過ごしてしまい、昼寝どころか目が覚めたら夜が更けた後。

反省点を踏まえて、翌朝からは大雑把ながら一日のスケジュールを決めて残り約一週間を過ごすことにしたのだ。

蜜月に沈んでいては、帰ってからの寮生活が心配。


まず起床後はトレーニングがあるので構えないこと。

ずっと引っ付き合ってる訳にいかず、お互いに干渉しない自由時間を作った。

リヴィアンも腕が鈍ると困るので射撃練習で猟銃を持って行き、一度野ウサギを仕留めてきたことも。


着る服や食べ物が無くなるので、決めた時間までには家事を済ませること。

寮ではないのだから自分でやらねばならない。


情交で発散した後はきちんと勉強もすること。

頭が色事に支配されたら何も手に付かなくなってしまうので、二学期からの成績が恐ろしい。

「理数を教える」という体で始まった関係だけにそれだけは避けたいところ。


これでもまだ健全とは言い難い、何しろ。



「……あの、ロキ君も外に行ってみない?」


提案はリヴィアンの方からだった。

これは朝のランニングを終えて、帰って早々の一言。



「おかえりなさい先輩、その前に"ただいま"言いなね」


そのまま台所へ行くと、ロキが簡単な朝食を用意して待っている日々。

エプロン姿もすっかり板についたもの。

滞在中だけ業者に配達の注文をしておいたのだ。

卵と牛乳を始めとした食材が届くので買い物へ行かなくても困らない。



この生活に対してロキは新婚のようだと照れていたが、リヴィアンはどちらかといえば美少年を軟禁しているような錯覚に陥ってしまう。


何故だろう、褒めてほしい時は仔犬のように頭を撫でることを要求してくる所為か。

何だか同棲よりも飼育の空気になってしまう。

そもそも場所を非公開にしたいからと、道中は目隠しさせていた時点で危うい。

しかも自分から申し出たことなので言い訳も出来ず。


どうにも倒錯的で妙な気分。

考えれば考えるほど不健全さに耐え切れず。



「まぁ僕、ここがどこなのかすら全然知らんしなぁ」

「そうよね……」

「もしかしたら外国かもしれんし、神様の棲んでるような秘境かもしれんし」

「それは流石に無いけど」


大袈裟な物言いだが、確かに前者はありえること。

ディアマン王国はとある大陸の中の一ピース。

外国へは汽車でも行けるし、数日の旅行程度ならば通行証も特に要らない。

乗車の間ロキは途中から眠ってしまったので移動中の体感時間も曖昧、目覚めてからも到着まで暗闇。

そう思うのも無理もなし。


ただ本当のところ、ここはディアマン国の西側に位置する連邦。

学園のある東側の平地とは気候などに差がある。

比べれば夏でも涼しく、羽織物が必要な時も。


決して溶けるような暑さにはならず、外へ出掛けるにはちょうど良い。

さて、それならどこへ行こうか。



「それなら狩りがえな、次はリヴィ先輩が撃つとこも見てみたいわぁ」

「ロキ君、だから観光だってば……何で折角の旅行だってのに、いきなり冒険しようとするのよ」


とはいえ大体はリヴィアンの所為か。

山を駆け回る可愛い野ウサギを、だらりとした獲物として持ち帰ってきた衝撃。

普通ならば憶病者でなくとも悲鳴を上げてしまう。


ちなみにあの時は捌く様も更に衝撃的な光景なので、本当は隠すつもりだったのだが。

処置が終わるまで二階で待っているように言ったところ、ロキは意外と肝が据わっており興味を持った。

医者を目指すだけに血は平気、それはそうか。


これも勉強として体の造りなどを一つずつ説明しながら解体してみせたら、その横で怖々としながらもしっかりと目を開けていた。

その後は毛皮を近くの町で売り、ウサギの肉は夕飯のシチューに。


単に「また食べたい」というだけの理由ならまだ納得出来るので、いっそそうであってほしい。

実際ウサギ肉は鶏肉に似て淡白、とても柔らかで美味。



どこへ行くかは朝食の席で希望を出し合い、話し合い。

着替えや洗濯などが済んだら小さい鞄を提げて出発。


とりあえず近くの市場で買い物、温泉、昼飯を予定してのんびりしたコース。

わざわざ人の集まる観光名所に行かずとも、擬似的な同棲を楽しむなら遠い地での日常を味わうという形で充分。

ここでなければ食べられない美食もある。



「ところで、また目隠しするん?」

「いや、今日は普通に健全に行きましょうよ……」


このロキの台詞が訝しげならまだ良かった。

何故か乗り気、それどころか若干の期待を込められていたものだから調子が狂う。

そういえば「いけない性的嗜好に目覚めそう」と言っていたことだし、もう遅かったのかもしれない。



「目隠しは兎も角、やっぱり手は繋いでほしいわぁ」


スリッパから靴に履き替えた玄関、あの時と同じように片手を差し出してくる。

デートには変わらないのでお安い御用。

むしろ今繋がなくてどうするのだ、ロキの申し出は正しい。


そうして求められるまま握り返したら引き寄せられ、軽い爪先立ちで唇を重ねてきた。

これは流石に予想外のこと。


「だって、外じゃこういうこと出来なくなるから」

「ん……そうね……」


まだ閉め切った扉、夏陽を締め出して薄暗い玄関。

それでも至近距離ならお互い顔がよく見える。

悪戯めいたキスで微笑まれては、唇が剥がれた後もリヴィアンは反論を封じられてしまった。


数日間に渡って二人きりの家の中、ロキから甘えられるままスキンシップに応じていたのが不味かったか。

つい許してしまうラインの優しい触れ方がすっかり身に付いたものである。

「クール」と評されるリヴィアンだけに、勿論全てを流されるまま受け入れていた訳でもないのだが。



外の世界へ踏み出せば、たった一歩で強い陽射し。

防ぐ術は持っているので問題無い。

リヴィアンは日傘、ロキは誕生日プレゼントの帽子。


デートなのでお洒落しつつ、温泉にも行くので着脱しやすい格好という課題あり。

そこでリヴィアンが選んだのは緩めながら首筋が出るお団子に金髪を纏め上げ、セルリアンブルーに白い小花の散るワンピース。

フリルの日傘が加われば立派なリゾートスタイルである。


一方のロキといえば相変わらずボトムスはどれもこれも黒ばかりだが、最近トップスは青などが増えた。

帽子で銀髪が隠れて気にならなくなった分、他の色を身に着ける余裕が出来たのか。

ふとハーブ専門店でお茶した時のことを思い出した。

比べてみれば、ターコイズブルーのシャツを着ている今日は水色合わせなので並ぶと恋人らしさが段違い。



普通に健全なデートというのは、意識すると恥ずかしいものである。


もう少女などではないという自覚の所為。

中身まで幼ければ、きっと純真のまま浮かれることが出来たのに。



見渡す限り木々が茂る間に敷かれたハイキングコースはほんの数分。

途中で横へと逸れたら、こちらは視界が開けた平地の草原。

色鮮やかな夏の花々が緑に混じって揺れている。

その真ん中を砂利混じりの灰色の道が遠くまで伸びており、先には市場が見えてきた。


綺麗に晴れた買い物日和、多くの人で賑わっている。

煉瓦の床が敷かれた広場にはテントが立ち並び、生活用品から雑貨まであらゆる物が揃う。

週末には蚤の市が開かれ、掘り出し物なども。


人が多いので邪魔になる日傘は畳んで杖代わり。

手を繋いでいて正解、はぐれないように握り返した。




「ロキ君、疲れてる?」

「いや……これはちょっと逆上のぼせただけだから、気にせんで良えよ」


湯上がりの肌に通り過ぎる夏風が心地良い。

慌ただしく時間は過ぎて、二人が揃って腰を落ち着けたのは昼過ぎのことだった。



もう少しのんびりした予定のつもりが今日は何かの祭りだかがあるそうで倍は混雑していた。

帰り道は分かっているのに、こうも人や物が多いと迷子になった気分。


目移りするものの空気に呑まれると午前中から財布の紐が緩んでしまうので、自戒していたら結局何も買わず市場を一周。

じっくり見たい物もあるだろうから自由時間と温泉の為にしばらく離れ離れ。

別荘の近所にも小さい温泉はあるのだが、ここは観光地の端くれでもあるので立派な石造りの高い天井に広々とした浴槽。

あまりにも大きくて、裸で一人きりは少し心細くなるような。


案内することになるくらいなら、毎回別荘に引きこもってないでもっと観光しておくべきだった。

ここでもリヴィアンが最も心躍る場所は図書館なので、いつも買い物そっちのけで入浸りという有り様。

もしくは雰囲気の良い本屋、あれば古本市。


名物グルメは色々とあるのだが胃袋の空き具合と相談、コーヒーが美味い喫茶店のテラス席で昼食となった。

ブラックとカフェラテ、目玉焼きとソーセージ付きのパンケーキに葡萄のシャーベット。



夏の温泉は汗を流すのにちょうど良い。

火照りも葡萄のシャーベットが冷ましてくれる。

騒がしい市場から一歩引いて、ここだけ小さな平穏。

思ったより忙しなかったがそれなりに楽しかったことだし、このまま身体を休めたら帰る時間になる。


その前に、テーブル越しのロキが指を絡めてきた。

名残惜しそうな空気を作って。


「リヴィ先輩、僕、一つだけ買いたい物があるんだけど」


はいはい、何でしょう。

そんな秘密を打ち明けるような顔で言わなくても、却下なんてしないのに。




「あぁ、やっぱり可愛いんねぇ」

「ん、そう……?ありがとう」


濡れないようにとお団子に纏め上げたが、湯上がりでしっとり艶を持ったレモンブロンドの髪。

ベルベットのリボンを軽く結んで、ロキは上機嫌で笑った。


とはいえ自分からは鏡でもよく見えない。

首を傾げるように頷いて、リヴィアンも褒め言葉を受け取った。



アクセサリー類が並ぶ雑貨屋の店先でのこと。

繊細なガラス細工、本物よりも華やかな造花、小さくても磨き抜かれた鉱石。

綺羅びやかな色や光が集まって、ここはまるで鴉の巣。

数多くの輝きからロキが選んだのはリボンだった。


「リヴィ先輩がくれた帽子と似てるから、これでお揃いなんね」


どうか貰ってほしいと、その場でプレゼントされてしまった。

紺藍色に細やかな星模様の刺繍、両端には三日月の金属チャーム付き。

髪飾りとしては確かに高めだが、ガラスや石を使ったアクセサリーよりは比べれば安いだろう。

遠慮して断ることも出来ず、そのまま頭に蝶々を留めたままの帰り道。



勿論嬉しい、大事にする。

それなのに星の粒が突き刺さったように胸が痛い。

ロキは何も悪くない、本当は酷いことを考えていた所為。


リボンを手に取った時、少しだけ安堵したのだ。

指輪でなくて良かったと。



遊びなんかではないのに、全て本気なのに。

ロキを好いていることは事実なのに。


いつか破滅が訪れて"私"は冷酷無比なる悪役として立ち上がらねばならない。

本物のリヴィアン・グラスを殺して、その為だけにここに居るのだ。


もう少女などではないという自覚の所為。

中身まで幼ければ、きっと純真のまま浮かれることが出来たのに。

この手を離すことなどまるで考えもせず。

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