31:送辞答辞

「尊敬する先生方、親しい友人達、そしてご来賓の皆様。本日は僕達の卒業式にお集まりいただき、心から感謝申し上げ……っ、ます」

「ダヤン先輩、笑いは堪えて」


途中で震えて途切れた声が涙なら感動の場面なのだが。

リヴィアンが注意した通り、ダヤンはそこまで可愛げがある性分でなく単に白々しさで吹き出してしまっただけ。


まだ初回とはいえ、送辞答辞の練習は早速躓いてしまった。



先生方が同席する講堂でなら、流石にここまで砕けた空気でいられない。

今は飽くまでも放課後の図書館での自主練習。

勉強が好きなので学生自体は楽しいが、成績上位者になると学校から頼まれ事が多くて忙しい。

卒業生と在校生、それぞれ代表に選ばれてしまった。

というか、ダヤンからの指名。


「すみません、あまりにもダルかったので八つ当たりでグラスさんも道連れにしました」

「あらまぁ……」


神妙な顔で白状され、別に怒る気など無かったリヴィアンもこれには溜息を吐いた。

壇上で原稿用紙を読むだけといえばそれまで。

厳格な式で観衆に注目されるのは怖くない、舞台女優にとっては慣れっこ。


そう、確かに緊張はしないが、ダヤンの言う通り確かに面倒臭さが大きい。

嫌なら嫌と遠慮なく断るリヴィアンが受けた理由といえば、来年の卒業生代表は免除されるという条件。

それと、やはりダヤンには図書館で世話になったので送りたい気持ち。

真っ黒な制服を共に身に着ける日数は残り少なかった。


「またね」と別れても、二度と会えない。

そういうものだ。



「ところでダヤン先輩、何で悪の組織に?卒業前に訊いておきたくて」

「あぁ……色々と比べて考えたんですけど、待遇が一番良かったので」


自主練習は緩やかに、合間に軽口も。

折角なので少し気になっていたことを問い質してみた。


しかし学園で首席のダヤンなら今後の進路も就職も選び放題の筈なのだが、真っ当な道よりもわざわざ外れた方を取るのか。

なんて考えても本当は何処へ行くのかなんて教えちゃくれない、あれは飽くまで冗談。

勿論分かっているものの口にしたのは彼が先、それなら乗ってみよう。



「面接で何訊かれました?過去の悪事とかですか」

「さぁ、僕は縁故なので特に面接とか無かったですねぇ。母が若い頃に元女幹部だったので」


元女幹部と呼ばれるような人物を見てみたくて「卒業式に来ます?」と続けようとしたが、口にする前に止めておいた。

会話はテンポ、一度でも躊躇ったらタイミングを逃して終わり。


というのも、孤児院を兼ねた学園で寮生に家庭の話は禁句とされがち。

ダヤンからも家族の話は今が初めて。

リヴィアン自身だって馬車の事故で両親を失ってグラス男爵家は没落、傍目から見たら「薄幸の少女」ということになっているのだ。

本来のルートではテクタイト家の養女になるであろうところを断り、飽くまでも後継人としているので家族とは違う。



「ボス怖いですか?失敗したら粛清されません?」

「顔怖いですけど、幼馴染でもあるので慣れちゃいましたねぇ。家族みたいなものというか」

「あぁ……悪い人ってやたらと"お前は正しい"とか"ファミリー"とか言いたがりますよね」

「それで囲い込んで他に居場所を作らせないようにするんですよ、そういう手口です」


口元だけで笑い合うのは、両者共にシーライト学園に対する皮肉も込めて。

寮生を一つの家族と見做す方針はここも同じ。


性善説を信じて「精神の美徳」を校訓とする、学園という小さな世界。


赤ん坊や幼児の頃からここで育った生徒ほど真っ直ぐ純粋に育つのは良いが、それだけでは駄目だ。

身を守る術も教えなければ、学園を出た途端に食われてしまう。



いや、それだって成立するとしたら内部が絶対に安全な者のみだと保証される場合だ。

ジェッソという実例を思えば無理な話と分かるだろう。

襲われた時、自分の身以上に他の犠牲者の存在を即座に危惧したのはそういうこと。

羊の群れに一匹でも狼が混じれば惨劇の始まり。


尤も、狼だってリヴィアンからすれば獲物。

狩猟は得意なのだ。


本物の悪とは見るからに恐ろしい姿をしているとは限らない。

純朴そうなリヴィアンに噛み付いて牙を抜かれる苦しみを味わった末、ジェッソは最期まで何が起きたか分からないまま地獄に落ちた。

勝手に欲情しただけのくせに、きっと犯行に及んだ理由を訊けば「誘惑された」などと答えるだろう。



浮かび上がった仄暗い気持ちを打ち払い、練習再開。

送辞答辞の締めは在校生から卒業生へ花束贈呈。

こうして壇上から降りて、役目は終わり。


「ダヤン先輩って花はお好きですか?」

「僕はカルミアが好きですけど……そうですねぇ、卒業式で花束貰ってもちょっと扱いに困るというか」


花束は学校側が用意するとはいえ、仮にも贈り手に対して正直過ぎる貰い手。

とはいえ、ダヤンの回答はご尤も。


贈り物に花束は定番なのだが、実際には種類や色など好みが随分と分かれてしまうもの。

貰った後も花瓶に移したりなど手間が掛かる為に却って迷惑という声もある。

何しろ寮の部屋も引き払い、式が終わり次第それぞれ新しい道へ旅立つことになっているのだ。

嵩張る荷物を増やされては煩わしかろう。


ダヤンが好きだというカルミアは初夏。

白やピンクの金平糖に似た蕾に、傘状の可愛らしい花を開く。

学園の中庭でも見られるが、葉に毒があるので無闇に触らないようにと注意されている。


まだ雪が降ることもあり、その中庭も今は花どころか緑すら疎ら。

そうか、もうダヤンは見られない訳か。

この期に及んで当たり前のことに気付いてしまった。



「そう言うグラスさんこそ、花はお好きですか?」

「ラベンダーとかハーブ系なら好きです」


"彼女"にとって花束といえば物語の上で死を迎えて奈落へ還る時に渡される物。

肉体を失って感覚が朧気な中、唯一として明確に形作られる紫色の香り。


一度目の人生では女優だったので、贈られた花を掻き集めればそれこそ店が開けるくらいの量。

熱心なファンが薔薇の花束を持って突撃してきたこともあった。

ただし受け取る時は笑顔を作っても、そういった華やかな物は正直なところ趣味に合わない。

ラベンダーの他には、カモミールやチコリなどの花を無造作に纏めただけの方が好み。

ガラスのコップに挿すだけで素朴な可愛らしさがある。


綺羅びやかな花束では決して主役になれない種類。

それで良い、楽しみ方なら様々である。

薬や茶葉など暮らしを作る要素になり、日々に溶け込むハーブの存在は愛しい。




初回の練習は程々で切り上げ、やはり本を読みたいからと早めの解散。

ダヤンはいそいそと棚に吸い寄せられて行った。

この広い図書館で興味を引くタイトルを全て手に取ろうとしたら、十年あっても足りないのだ。


選び取ったリヴィアンが振り向くと、見慣れた表紙を開いていたロキと目が合った。



「あら……その本、ロキ君も読んでるのね」

「はい、リヴィアン先輩が面白いって言ってたので」


恥じらいもなく言ってのける。

気にしているのはこちらだけかと思う軽さで。


約束をしていない日でも図書館で自主的に勉強しているので、入り浸りのリヴィアンはよく見かける。

その度に仔犬の顔で手を振ってくれた。

とはいえ、それだけ。

飽くまでも挨拶に留まって纏わり付いたり邪魔なんてしてこない。

決して不快感を与えず、直接的な距離は守っている。


故に、今日こちらから話し掛けてしまったのは不覚。

正体不明の好意的な言動に戸惑っていたのに。



勉強を教える時の近さ、思わずリヴィアンも隣に座った。

悪目立ちするからとフードで隠しているが、輝く銀髪に優美な横顔。

ロキは花束の中でも主役になれる子だろう。

今しがたダヤンとそんな話をしたばかりなので、ついこうしたことを考えてしまった。



そして、シーライト学園という小さな世界で育った子供でもある。


生まれこそ言葉を覚えたアルジェント地方だが身寄りを失ってからは故郷を離れ、まだ13歳のロキは人生の半分をこの学園で過ごした。

大人にとっての七年は短くても、子供にとっては長い歳月。


今は幼く少女のようなロキも、この箱庭から飛び立つ頃はさぞ好青年になっていることだろう。


来年から司書として学園に残るとはいえ生涯の仕事にするつもりはあらず、五年後の春にリヴィアンがその姿を見ることはないかもしれないが。

年長者とはいえ、既に職員のような気持ちになる。






そして来る卒業式は、春だというのに冷たく静かな日だった。

黒い制服の全校生徒に教師、保護者が集う講堂。

送辞を読むリヴィアンの声が厳かに響く。


「卒業生の皆様はそれぞれの道を歩んでいくことになりますが、心に学びの光を持ち、困難に立ち向かう勇気を持ち続けましょう。未来の成功を信じ、誇りを持って進んでいきましょう」


光、勇気、未来、並ぶ言葉は顰め面になりそうな眩しさ。

悪役にこんな物を読ませないで欲しいものである。

凛とした表情を作る下でつくづく思う。


続くダヤンの答辞も滞りなく。

一ヶ月あれば練習は事足りて背筋を伸ばして朗々と読み上げる。

もう吹き出したりなどせずに、あの図書館での日々が既に懐かしい。


用意されていた花束を抱えて引き締まった表情の向かい合わせ。

拍手の中で贈呈、これにてお仕舞い。




感動の式を終えて外に出れば、厚い雲により旅立ちの日は薄暗い。

そんな灰色の中庭ではあちこちで涙の別れシーンが繰り広げられていたのだった。

一貫校なので中等部までは校舎が変わるだけだが、高等部は本当に最後。


とはいえリヴィアンの場合は三年生とあまり交流が無く、改めて別れを告げるような相手は一人。

髪に雫を散らす小雨も止んだお陰で傘要らず。

泥濘を避けて石畳を選んで、足元にばかり気を取られながら歩いていた。

そうして顔を上げたら、青い髪の卒業生代表と再び目が合う。


例の花束は貰い手が男子ということを考慮してか、白と緑を基調として上品で清々しい印象。

しかし抱える大きさだった筈だが、今は片手で掴める程度の本数を残すのみ。


「持って帰るの大変なので、お花屋さんやることにしまして」


どういうことかといえば、花束を解体して一本ずつ皆に配って回っていた。



「可愛く言ってますけど押し付けてるんですよね?」

「僕は荷物が軽くなり、花を貰った相手は嬉しい、何も問題ないですよ」


上の立場の者にも物怖じせず皮肉を吐くことがあるものの、そこを差し引いても首席の実力と柔らかい物腰、加えて中性的で小悪魔めいた容姿。

基本的には誰にでも親切なのでダヤンが女生徒から人気があるのは当然の話だった。

寮でも幼児の面倒を見ることがあり「およめさんになる」と定番の台詞を受けたことも多々。

とんだ初恋泥棒である。


本人の意図はどうあれ、花を貰った女生徒達の喜びように水を差すなんて野暮か。

卒業式の空気に呑まれて中には啜り泣く者まで。

きっと青春の綺麗な思い出として心の隅に残るのだろう。



「という訳で、グラスさんも受け取ってくれませんか」

「私の場合、花を返されたことになりません?」


穏やかな笑顔を作られても、生憎とリヴィアンはときめき皆無。

仮にも贈り手に向かって何を言うか。



差し出されたのは、花束のアクセントとして混じっていた数本の鈴蘭。

妙なことにこれだけは紙で綺麗に包まれてご丁寧にリボンまでと思えば、よく見れば用済みになった答辞の原稿で巻かれていた。


というのも、個別にされているのは理由あり。


「あっ、くれぐれも素手で触っちゃいけませんよ」

「毒ですからね」


鈴蘭は可憐な姿に似つかず猛毒。

口にしなければ問題ないが、触れた後は手を洗わなければ危険。


「はい、なので知識ある人にあげれば安心かなと」

「信用あるから託す、ということなら承りますけど」

「それと、この花って何かグラスさんみたいで」

「あらまぁ……それ褒め言葉ではないですよね?」


この悪役専門女優を鈴蘭に例えるとは良い度胸。

やはりダヤンも攻略対象ではないだろうか。

それも、確実に悪役側の。

毒を持っているなんてお互い様である。



こうして、卒業生から在校生へ花束贈呈をもう一度。

パフォーマンスではなく心から友愛を以て。


それではさよなら、また御縁がありましたら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る