第26話 あふれ出す感情

 あの日、USL でお兄ちゃんと一緒に過ごした時間は、本当に楽しかった。

 キラキラ輝くイルミネーション、可愛いウサギの飾り付け、夢のような世界が広がるアトラクション。


 お兄ちゃんも、最初はすごく楽しそうで、私の「可愛い!」「楽しい!」って言葉に、優しい笑顔を向けてくれていた。


 …でも、あの人と会ってから、お兄ちゃんの様子がガラリと変わってしまった。

 撮影で衣装を着替える為に更衣室へ向かう途中、遠くにお兄ちゃんが見えた。

 誰かと話しているようだったけど、遠くからチラっと見ただけだった。


 撮影を終えてお兄ちゃんの所に向かうと、お兄ちゃんさっきの場所で立ち尽くしていた。

 声をかけるまで周りも見えていない様子で、私心配になっちゃった。


 その後は、お兄ちゃんが笑顔で応えてくれたけど、目がぜんぜん笑ってなかった。

 楽しそうな私の横で、ずっと遠くを見つめているような…。


「お兄ちゃん、大丈夫…?」って、何度か聞いてみたけど、「ああ、大丈夫だよ。 昔の知り合いに会って、ちょっと驚いただけ」って、曖昧な返事をするだけだった。


 心配だったから、ちょっと早めに USL を出て、家に帰ってきたんだけど…。

 家での様子も、いつもと全然違ってた。


(もしかして… 女の人だったのかな…?)


 お兄ちゃんの様子から、何となくそんな気がした。


 家に着いたのは、18 時少し前。

 いつもなら、お兄ちゃんはリビングでテレビを見ながら、くつろいでいる時間。

「今日のご飯は何~?」なんて、キッチンを覗き込んできたりもする。


 でも今日は、リビングの電気は消えたままで、お兄ちゃんの姿も見えない。

 家に着いたら、そのまま自分の部屋に入って行っちゃった。


「お兄ちゃん…?」


 恐る恐る、お兄ちゃんの部屋をノックしてみた。


「…うん…」


 返事はするけど、なんだか元気がない。


「あの… ご飯、もうすぐできるんだけど…」


「…後で食べる。 ごめん…」


 いつもなら、「ありがとう!」って喜んでくれるのに…。

 今日は、そっけない返事。声もなんだか…泣いてるみたい。


 部屋のドアは、固く閉ざされたままだった。

 お兄ちゃんのことが、心配でたまらない。

 一体、どうしちゃったんだろう…?


「お兄ちゃん… 話したくないことだったら、無理に言わなくていいんだけど…」


 しばらくドアの前で迷った後、私はもう一度、静かにノックした。


「…でも、もし何かあったら、私に話してね。 私、お兄ちゃんの味方だから…」


 そう声をかけたが、全く反応が無い。

 しばらくドアの前で待っていると、ドアの向こう側で小さく息を吸う音が聞こえた。


 ガチャ…


 ゆっくりとドアが開き、お兄ちゃんの顔が見えた。

 いつもより、ずっと疲れた顔をしていて、目が潤んでいるように見える。


「あやめ… ごめん…。」


「ううん、大丈夫。 ちょっと、話せる…?」


 私は、お兄ちゃんの部屋に入った。

 部屋の中は、薄暗く、カーテンが閉め切られていた。

 ベッドの上には、脱ぎ捨てられた服が散乱していた。

 お兄ちゃんは、ベッドの端に腰を下ろし、うつむいたまま、しばらく黙っていた。


「…絵里子に会ったんだ…。」


 小さな声で、そう呟いた。


「絵里子さん…? あの… USL で会った人…?」


 お兄ちゃんは、小さく頷いた。


「…別れてから、5 年ぶりだった…。 元気でやってたみたいで… よかった…」


 そう言うお兄ちゃんの声は、震えていた。

 ”別れてから”という事は昔の彼女さんだったのかな。


「…元気そうならよかったね…。」


 私は、お兄ちゃんの隣に座り、そっと肩に手を置いた。


「…よかった…? ううん… ぜんぜん、よくない…。」


 お兄ちゃんは、私の手を振り払い、顔を歪めた。


「…絵里子は… もう俺のことなんて、どうでもいいみたいだ…。 昔の女の事なんて、いつまでも引きずらないで!って…。」


 感情が抑えきれなくなったのか、お兄ちゃんの声は大きくなり、目は真っ赤に充血していた。


「…あんなに… 愛し合ってたのに…。 一緒に… いろんな夢を語ったのに…。」


「…お兄ちゃん…。」


「…全部… 俺のせいなんだ…。 俺が… 俺が… ダメだったから…。」


 お兄ちゃんは、両手で顔を覆い、声を上げて泣き始めた。

 5 年前、お兄ちゃんが絵里子さんと別れた時、どれほど傷ついていたか、実は知っている。

 新居に引っ越したことは聞いていたから、どこかのタイミングで行こうと思っていた。

 そして、バレンタインの時にチョコをサプライズで届けに行った私が見たのは、まるで抜け殻みたいになっていたお兄ちゃんだった。


 それからは心配で、毎週お休みの日には様子を見に行くようにした。

 社会人として会社に入社する頃にはある程度元気になっていたけど、笑顔は寂しそうなままだった。


 いつも優しい笑顔のお兄ちゃんが、あんなに苦しそうな姿を見るのは、本当に辛かった。


 …だから、私は決めたんだ。

 今度こそ、お兄ちゃんを私が守る!


「お兄ちゃん…。 もう泣かないで…。」


 私は、お兄ちゃんの背中を優しく撫でた。


「…全部… 俺のせいなんだ…。 俺が… もっと… 絵里子の気持ちを… 理解してあげてれば…。」


 お兄ちゃんは、嗚咽を漏らしながら、そう繰り返した。

 過去の恋愛に苦しむお兄ちゃんを見て、私の心は張り裂けそうだった。

 でも、今は泣いてる場合じゃない。

 お兄ちゃんを、この暗闇から救い出さなきゃ!


「お兄ちゃん、大丈夫。 私、お兄ちゃんの味方だから…。」


 私は、お兄ちゃんの肩を抱き寄せ、力強くそう言った。

 お兄ちゃんは、私の言葉に少しだけ落ち着きを取り戻したのか、涙を拭いながら顔を上げた。


「あやめ… ごめん… 情けない姿見せちゃって…。」


「ううん、大丈夫。 お兄ちゃんが辛い時は、いつでも私に頼ってね。」


 私は、お兄ちゃんの目をじっと見つめ、笑顔で言った。

 そして、心の中で誓った。

 お兄ちゃんを笑顔にする!


 そのためなら、私は何でもする!

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きゃんでぃタイム - 妹の恋愛虎の巻 妹と三人の魅力的な女性たちと過ごす、恋に臆病な兄の甘く切ない日々 きゃんでぃ @candy2000

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