第21話 隣の男

 同棲を提案してから数日後、絵里子からのOKをもらった俺は、物件情報を色々と調べていた。

 そして、その中からいくつかピックアップして、絵里子と共有する。


「このあたりの物件はどうかな?」


「そうね。 会社の近くは家賃も高いから、この辺りが無難かな。 会社からはちょっと離れてるけど、電車の乗り換えが少なくて済むのは助かるね」


 俺が候補にあげたマンションは2LDKで、リビングが広く、カウンターキッチンがあるところ。

 そして、絵里子の職場からは遠いものの、便利な地域を選んだ。


 それから理想の物件を見つけるために、内見にも行く事にした。

 絵里子も一緒に行きたいと言っていたが、仕事も忙しく、お互いの日程調整をすると、少し先になってしまう。

 少しでも早く絵里子と暮らしたいと思っていた俺は、絵里子を説得して一人で物件探しをした。


 とはいえ、就職活動もあるため、俺もあまりゆっくりはしていられない。できれば1回で決めてしまいたいところだ。


 次の休みに賃貸会社へ行き、条件を伝えると、早速内見に行く事になった。

 事前に調べていた物件はすでに契約が決まっていたらしく、その条件に近い物件を紹介してもらえることになった。



 最初に案内された物件は、外観も内装も非常に綺麗で、築年数も浅い。リビングは広く、カウンターキッチンがあり、バスルームも最新の設備が整っていた。


「いかがですか? 駅も近く、とても人気のある物件で、すぐに契約が決まってしまうことも多いんですよ」

 案内してくれた営業のお姉さんが自信たっぷりに説明する。


「確かにすごくいいですね‥‥」


 俺は感心しながら答えた。しかし、家賃が少し高めで、予算を超えてしまうことが気になった。


「ただ、ちょっと予算が厳しいかもしれないです」


 俺が正直に伝える。


「そうですか。 では、次の物件を見に行ってみましょう。 もう少しリーズナブルな物件をご案内しますので、ぜひそちらもご覧ください」


 そう言って、次の物件へ案内してもらった。


 次の物件は、予算内で収まるが、築年数がかなり経っていて、外観や内装が少し古い印象を受けた。

 リビングは広いが、キッチンは使い勝手が悪そうだった。


「こちらは少し古い建物ですが、駅にも近く家賃がリーズナブルで予算にも十分収まると思います」


「そうですね‥‥ただ、セキュリティもあまり良くなさそうですね」と俺は不安を口にした。


「確かに最新の設備ではないですが、その分家賃はお手頃ですよ」


 営業のお姉さんに家賃が安い事を押してくるが、俺はこの物件にはあまり魅力を感じなかった。


「うーん、もう少し考えてみます」


「わかりました。 では、最後にもう一つご案内しますね」


 そういって次の物件に向かうことになった。


 最後に案内された物件は、希望の条件にかなり近いものだった。

 駅からは少し遠いが、リビングは広く、カウンターキッチンもあり、寝室と趣味の部屋も確保できる。

 築年数も浅く、外観も内装も非常に綺麗だった。


「ここはどうですか?ご希望の条件にかなり近いと思います」と営業マンは自信満々に言った。


「これは‥‥本当にいいですね」


「少しだけ予算をオーバーしていますが、この条件ならご満足は頂けると思います」と営業マンは続けた。


「うーん、確かに少し予算オーバーだけど、これくらいなら何とかなるかな‥‥」

 と考え込んでいる俺を見て、営業のお姉さんが提案してきた。


「今日中にご契約いただければ、交渉次第で少し家賃を下げることもできるかもしれません」


(今日中か‥‥ とりあえず絵里子に連絡入れてみようか)


「分かりました。 念のため確認します」


 そして、絵里子に物件の情報をメッセージで送る。恐らく仕事中だから、すぐには返信が来ないだろう。

 そう思った俺は、一旦賃貸会社の店舗に戻ることにした。



 しばらくして店舗に戻ったが、絵里子からの返信がない。


「いかがですか?」


「まだ連絡がつかないですね」


「なるほど、分かりました。 でも困りましたね」


 営業のお姉さんが少し困った表情で話を続ける。


「先ほどの物件なのですが、他にも内見して検討中の方々がいらっしゃるのです。 お話を聞いて高橋様には是非おすすめしたいと思っているのですが、そちらの方々から連絡が来ると、今回ほどの好条件で見つけるのは少しがかかるかもしれません」


 その話を聞き、焦った俺は改めてスマホのメッセージアプリを見る。

 未だ既読もついていない。


(忙しいのかな? でも、条件は絵里子にも事前に伝えているし、家賃については最悪俺が少し多めに負担する事にすれば絵里子も納得てくれるだろう)


「分かりました。では手続きを進めさせてください」


「ありがとうございます。 では、早速契約手続きの準備をしますね」と営業のお姉さんは笑顔で言った。



 最低限の手続きを終えて、俺は家に帰った。

 家へ帰る途中に、絵里子からメッセージが来ていた。


『ゴメン!忙しくて!帰ったらまた聞くね!』


 俺は、とりあえず了解のスタンプだけ送っておいた。

 絵里子には仕事が終わってから説明しよう。

 写真もたくさん撮ったし、とっても良い物件だからきっと喜んでくれるはずだ。


 そして、夜の11時頃に『今から帰る』と書かれたヨボヨボになった猫のスタンプが送られてきた。


(今日もずいぶん遅かったんだな)


 俺は、家に着いたら電話してもらえるようにメッセージを送り、横になった。




 ピピピッ ピピピッ


 スマホから大きな音が鳴って、飛び起きた。


「しまった!寝落ちした!?」


 スマホを見るといくつかの着信とメッセージが届いていた。

 俺は急いで返信を送信して、出かける準備を始めた。


『面接の準備があるから、また連絡する!』


 そう、この後面接があるのだ。

 1次面接が通って、次は2次面接。

 ここを通れば、ほぼ内定のはず。

 一応3次面接もあるらしいが、そこはほぼ最終確認程度の面接らしい。


 急いで準備を終えた俺は、面接会場に向かった。


 ☆☆☆☆☆


 なんとか面接を終えた俺は、昼食を取りながらメッセージを見返す。

 結局、絵里子には物件の情報を送っただけでその後の話は出来ていない。

 出来たら写真も見せながら、直接話したいな。


(そういえば‥‥)


 俺はある事を思いだし、スーツのポケットを探る。


(あった!)


 手の感触を確かめ、ポケットから名刺ケースを取り出した。

 そう、以前絵里子と名刺交換した時に手に入れた名刺だ。

 多分住所も書いているはず‥‥


(え!?この近くじゃん!)


 本当にすぐ近くの住所で、今いる場所から徒歩5分程度の場所にあった。


(今回の会社で働けるようになったら、一緒に帰ったり出来るようになるかも)


 そんなことを考えながら、時計を見る。


(12時半か‥‥ 可能性は薄いけど、もしかすると昼食に出かけている絵里子と会えるかもしれない)


 そう考えた俺は最後にお茶を飲み干し、店を出た。


 その後スマートフォンの地図を見ながら、特に迷う事も無く絵里子の会社に着いた。

 そこはガラス張りの綺麗なビル。どうやら、このオフィスビルの一角に入っている会社のようだ。


(なんだかカッコいいところで働いてるんだな)


 そんなことを考えながら、周りを見渡してみる。

 当然ながら、偶然にも絵里子が見つかるなんてことは無い。

 会社にいるかメッセージを送って確認することも考えたが、会社の入口で待ってるなんて言うのも、なんだか気持ち悪い気がしてやめた。


(サプライズと思ってきたけど、勝手に会社まで来てるのも気持ち悪いかな? いや、彼氏なんだから別に変じゃないか?)


 心の中で色々な葛藤をしながらも、せっかくここまで来たので、少しだけ待ってみる事に。

 流石に入り口の前で待っているのも目立つので、少し離れたところに移動して入口に向かう人々を見ていた。

 しかし、そこから15分ほど待ってみたが絵里子の姿を見つける事は出来なかった。


(まぁ、営業の仕事してるって言ってたし、外回りとかいうやつで、会社には戻ってこないのかな?)


「それは大変でしたね」


 もう、諦めて帰ろうと思ったその時、聞き覚えのある声が目の前を通った。

 声のした方を見ると、男性と一緒に歩いている絵里子がいた。


 絵里子は一緒に歩いている男性の方に視線を向けており、こちらには気付いていないようだ。


 俺は会社の人と一緒にいる絵里子に声をかけるのを躊躇してしまい、声をかける事ができず、ビルの入り口に向かう二人を後ろからしばらく眺めていた。

 そして視線を絵理子と一緒にいる男性に向けていた。


 横切った瞬間に見ただけなので、あまりハッキリは分からないが、同い年くらいには見えなかったので30代ぐらいだろうか。

 身長は高めの男性である。

 そして一番気になったのが‥‥


(絵里子と距離が近い‥‥)


 俺が気にしすぎかとも思ったが、肩が触れ合いそうな距離で歩き、笑いながら絵里子の背中をバンバン叩いている様子も見てとれた。


(くそっ!遠くて何を話しているのか聞こえない!)


 気になった俺は少し早歩きで、二人の後ろに近づいたが、丁度二人は入口にたどり着き、建物の中に入っていってしまった。

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