第17話 省吾

 夏も終わり、本格的に就職活動を開始した。

 絵里子も仕事で忙しいらしく、これまで以上に疎遠になってしまった。


「絵里子も去年は、こんなことやってたんだよな…そりゃ忙しくても仕方ないか」


 就職活動の慌しさを、自分自身でも体験した俺は、また絵里子との時間が減ってしまう事を寂しく思った。

 それでも、お互いの将来の事を考えれば、今が頑張り時だと考え、今は就職活動に専念する事にした。


 ☆☆☆☆☆


 時は更に過ぎて、また春が来た。

 俺は4年生に上がり、絵里子は社会人になっていた。


 俺は就職活動に、絵里子は入社に関する事でお互いに忙しい時期だった。

 そんな中で久々に、予定が合ったため、二人で食事をすることに。

 今日は気軽に居酒屋である。


「「かんぱーい!」」


 絵里子が笑顔でグラスを掲げると、俺も笑みを返しながらグラスを合わせた。彼女の笑顔は変わらず明るいが、社会人としての疲れも感じさせる。


「ぷは~!うまい!!仕事の後の一杯は生き返るわ」


「絵里子、おっさんみたいになってるよ」


 笑いながらそう言うと、絵里子は少し怒ったふりをして「どうせおっさんですよ~」と口を尖らせた。


「ごめんごめん」と俺が軽く謝ると、絵里子はすぐに笑顔になって話を続けた。


「本当にお互い忙しいよね~」


「本当だよ。 でも、久しぶりに会えて嬉しいよ」


「うん、私もだよ。 でも、ハルくんの就職活動はどう? 大変そうだけど…」


 絵里子が俺の顔をじっと見つめて聞いてきた。


「まあ、なかなか厳しいけどね。いい結果が出るまで頑張るしかないさ」


 俺は苦笑いしながら応えた。絵里子はそんな俺を励ますように、優しく言葉をかけてくれた。


「ハルくんなら大丈夫。 きっといいところに決まるよ」


 彼女のその一言が、不安でいっぱいの俺の心に少しの安堵をもたらした。


 それから二人で、就職活動や仕事の話、学生時代の思い出話に花を咲かせた。

 時間が経つのも忘れるほどに話は尽きない。


「ねえ、ハルくん。覚えてる? あの時、図書館で一緒に夜遅くまで勉強してたこと」


 絵里子が懐かしそうに話し始めた。


「ああ、もちろん覚えてるよ。 絵里子が突然コーヒーをこぼして、大慌てで掃除してたのも覚えてる」


 俺は笑いながら応えた。絵里子も笑いながら、その時のことを楽しそうに話してくれた。


「思い出すところそこ? 確かに、あの時は焦ったよ。 でも、あの頃のハルくん可愛かったなぁ。 ちょっとからかっただけですぐに赤くなるし。 どこに連れて行ってあげても楽しそうだったね」


「可愛い‥まぁ、あの頃は正直色んなことが初めてで右も左も分かってなかったのはあるな」


 絵里子に可愛いと言われ、恥ずかしいような複雑な気分になった。


「それが今では立派になっちゃって‥」


「母親かよ。 でも‥お陰様かな。 絵里子と付き合わなければ、今ほど色々な経験は出来なかっただろうから」


「ふふ〜ん、そりゃぁお姉さんだからね〜 もっと頼っていいんだよ」と絵里子は少しふざけるようにつぶやく。

「はいはい。 でも、いつまでも甘えてるわけにはいかないからね」


 付き合い始めた時に、いつか絵里子にふさわしい男になると誓った。

 少なくともあの頃の自分よりは肩を並べる事が出来るようになったはずだ。


「そっかぁ‥ハルくんは大人になったんだね~」


「もうちゃんと成人してるよ」


 俺がそう言うと、絵里子は一瞬寂しそうな表情をしたように見えたが、すぐにいつもの笑顔になり「じゃあ、大人になったハルくんを祝して、もっと飲もう」と、改めて乾杯をした。


 ☆☆☆☆☆


 絵里子は仕事の疲れもあってか、お酒が進むと泥酔していった。


「ほんっと~に、あの上司~、難癖つけていつも説教ばっかり! しかもこっちを見てる視線がねちっこくてほんとにイヤ!」


 酔うほどに上司への愚痴が出てきたので、かなりストレスが溜まっているのかもしれない。

 絵里子はあまり愚痴を言うタイプでは無かった。そんな彼女が顔を真っ赤にしながら、愚痴を言っている姿は逆に新鮮だ。

 しかし、あまりに酔いが回っているようなので、そろそろ帰った方が良いかもしれない。


「絵里子、大丈夫か?」と心配になって声をかけると、「うん、だいじょうぶだよ〜」と、彼女は少し呂律の回らない声で答えた。

 その直後…


「うっ!」


 絵里子が吐き気を催し、顔色が悪くなっていく。

 俺はすぐに店員へ、水をお願いした。


「大丈夫か?」


「だい…じょぶ」


 あまり大丈夫では無さそうだ。

 水を飲んで少し落ち着いた頃合いを見計らって、店を出る事にした。


 店を出た後、駅に向かう間、絵里子はフラフラしながらもなんとか歩ける状態だったが、途中で俺に寄りかかりながら歩く姿は、まるで子供のようだった。


(本当に珍しいくらいに酔ってるんだな。 いつもしっかり者というイメージで、泥酔する事なんて無かったのに)


 しばらくして、また気分が悪くなったのか、絵里子はうずくまってしまった。


(この調子だと家まで連れて帰るのも大変か…)


 家まで帰るのが厳しいと感じた俺は近くにあるホテルへ入ることにした。


 ホテルの部屋に入ると、絵里子はベッドに倒れ込むようにして座り込んだ。


「ハルくん‥ありがと‥あ、さっきの支払い」と言いながら、カバンからスマホを取り出した。



「大丈夫、今は無理しないで休んで」と俺が言うと、「うん、ちょっとだけ…」と言いながら、彼女はそのまま眠りに落ちてしまった。


 俺はそっと絵里子のスマホを手から外し、机に置こうとした。その瞬間、スマホが震え、画面にメッセージの通知が表示された。

 先ほど絵里子がロックを解除したまま眠ってしまったようで、メッセージの内容が通知バーに表示される。


 そこに表示されたメッセージは「省吾」という名前からのもので、「次はいつ会えますか?」と書かれていた。

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