3話

 職場に戻り、廊下を歩いていると部長が駆けつけてきた。


「良かった、 常務。今迄一体どちらにいかれていたのですか? これから役員会議が開かれます。すぐに会議室へ行きましょう」


相当走り回って私を捜していたのだろう。部長は肩で息をしている。


「いいえ、行きません」


「は? 今、何とおっしゃられたのです?」


「ですから、会議室には行きませんと言っているのです。ここへ来たのは自分の私物を取りに来ただけですから」


「え? 私物を取りに来ただけって……それでは会議には……?」


「出るわけありません、というか私はもう完全に部外者になりましたから。部外者が重要な会議に出れるはずありませんよね?」


「部外者になった? 一体どういう意味なのでしょう?」


部長は訳が分からないと言った様子で首を傾げる。そこで私は彼を正面から見据えた。


「実は私、先程トビアス様に呼び出されて婚約破棄を告げられたのです」


「な、何ですって!? 婚約破棄ですか!?」


「ええ、そうです。他に好きな女性が出来たそうです。お相手の方はジュリアという名前の女性でした。近々結婚するそうですよ」


「け、結婚ですって!? それはまた随分性急な話ではありませんか!」


「はい、私はもうお払い箱になりました。そういうことなので会議には出ませんし、仕事もしません」


仕事もしません……なんて、素敵な響きなのだろう。


「そ、そんな! 今この会社が回っていられるのも、常務と常務代行のおかげなのですよ!? お願いですからそんなことおっしゃらないでください! 今見捨てられたらこの会社は大変なことになります!」


常務代行……勿論、この人物は父のことである。

父は別に会社を経営しているので多忙な人だ。そして私の仕事の補佐迄時々してくれている。それもこれも、トビアスが自分の立場を放棄して、遊んでいるからだ。


でも、それも今日で終わりだ。私は仕事から解放され、ようやく父も肩の荷が下りるだろう。


「仕事の話なら今後はトビアス様にしてください。彼は今駅前に新しく出来たオープンカフェ『ドルチェ』で女性とデート中です。今から行けば、恐らくまだ間に合うのではありませんか?」


「カフェ『ドルチェ』ですね? 分かりました。今すぐ行って連れてきます」


「ええ。それがいいです。では5年間、お世話になりました」


「いえ。こちらこそお世話になりました。常務はこれからどうするのですか?」


突然の部長の質問に少し考え込んでしまった。


「そうですね……5年間働き詰めだったので、どこかにバカンスに行きたいです。海を眺めながらのんびり過ごすのも良いかもしれません」


「そうですか……ではどうぞお元気で、常務。あなたのことは忘れません」


「ええ、私も部長のこと、忘れません。どうぞお元気で」


少々大げさすぎる別れの挨拶を交わす私達。


「それでは、これからトビアス様を捕まえに行ってきます!」


部長は手を振ると、急ぎ足でエントランスへ駆け足で去って行く。


「さて、私も行きましょう」


そして自分の私物を取りに行くために、書斎へ足を向けた――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る