第22話 和平交渉1日目
翌朝、街が静かに目を覚ます頃、僕たちは宿を出発した。
宿の前には既に護衛の騎士たちが待機しており、彼らが整列して僕たちを迎える様子は緊張感を伴っていた。
「いよいよだね、アリーシャ。」
僕は隣に立つ彼女に声をかけた。
アリーシャは少し緊張した表情を浮かべていたが、その瞳には揺るぎない決意が見えた。
「ええ、ナオル。私たちの使命は、この交渉を成功させて、多くの命を救うこと。そのためには、どんな困難があっても乗り越えてみせます。」
彼女の言葉には、王族としての責任と覚悟が滲んでいた。
僕はその意志を受け取り、深く頷いた。
「僕も全力を尽くすよ。どんな手段を使ってでも、この交渉を成功させる。」
そう言いながら、僕たちはニュートラリアの中心にある「和平宮殿」へと向かった。
この宮殿は、中立都市の象徴とも言える場所で、これまでに数多くの和平交渉が行われてきた歴史を持っている。
宮殿の控室に着くと、すでに他の代表団が集まっていた。
各種族の代表たちはそれぞれの特徴を誇示するように、華やかな衣装を身にまとっている。
そんな中、僕はエルフ族の代表団が目に留まった。
彼らは他の種族とは違った、森の精霊を感じさせるような落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
「ルナ……?」
僕の視線の先に立っていたのは、昨日夜に出会ったルナだった。
彼女は僕と同じようにエルフ族の一員として参加しているのだろうかと思いながら、彼女に軽く会釈を送った。ルナも僕に気づいたようで、微笑みを浮かべて返礼した。
なんで、ルナがここにいるんだ?
僕の疑問を解決することも出来ず、厳格な雰囲気に会場は包まれていく。
やがて、会場内の騒がしさが静まり返り、開会式の始まりを告げる鐘の音が響いた。
鐘の音が消えると同時に、ニュートラリアの代表が壇上に登り、交渉の開会を宣言した
「ようこそ、ドラゴニアの代表者たち。」
宮殿の入り口で僕たちを迎えたのは、ニュートラリアの市長であるオルフェンだった。
彼は中立を保つため、どの種族にも属さない特殊な存在であり、その知恵と公平さから信頼を集めている。
「市長、今日はよろしくお願いします。」
アリーシャが一礼し、オルフェンも微笑んで応じた。
「今日の交渉が無事に進むことを祈っています。さあ、会議室へお入りください。」
オルフェンに案内されて、僕たちは会議室へと進んだ。
そこは、広々とした円卓が設置された部屋で、各国の代表者が着席するための席が整然と並んでいた。
僕たちドラゴニア代表もその一角に腰を下ろし、交渉の始まりを待った。
やがて、すべての代表者が集まり、オルフェンが席に着いたことを確認すると、彼は静かに口を開いた。
「本日、我々はこの場に集い、ドラゴニアとルミナリス、そしてその同盟国たちの間に生じた誤解と対立を解消し、平和な未来を築くための交渉を行います。」
彼の声は落ち着いていて、その言葉が部屋中に響き渡った。
「まずは、各国の代表者が提案する和平案をお聞かせいただきたいと思います。それでは、ドラゴニアの代表からお願いできますか?」
オルフェンの促しで、アリーシャが立ち上がった。彼女の姿は威厳があり、まさに王女としての風格を感じさせた。
「ドラゴニアとしては、まず双方が武力行使を即時停止し、互いの領土に対する攻撃を中断することを提案します。また、戦争によって被害を受けた者たちに対しては、双方が協力して復興支援を行うべきです。」
アリーシャの提案は、和平に向けた基本的なステップを踏んでおり、他の代表者たちも静かに聞き入っていた。しかし、次に発言の機会を得たルナは、鋭い目つきで彼女を見据えながら言葉を返した。
「ドラゴニアの提案は理解できるが、我々エルフ族が受けた被害は甚大だ。我々の森が焼き払われ、多くの同胞が命を落とした。この損失をどう補償するのか?」
彼の言葉には、エルフ族が抱える深い怒りと悲しみが込められていた。それに対して、アリーシャも冷静に応じた。
「その点については、私たちも重く受け止めています。具体的な補償案として、ドラゴニアは復興資金の提供と、専門家を派遣してエルフ族の森の再生を支援することを考えています。」
アリーシャの提案は具体的であり、実現可能性も高いものだったが、ルナは納得した様子を見せなかった。
「言葉では簡単だが、それだけで我々の傷が癒えるとは思えない。我々が求めるのは、真の謝罪と償いだ。」
その言葉に、他の代表者たちも微妙な表情を浮かべた。
やはり、和平交渉は一筋縄ではいかないことを感じさせられる。
その後も、各国の代表者たちが次々と発言をし、和平案を提示していったが、意見の対立は埋め難く、交渉は難航した。特にドラゴニアとルミナリスの間には、過去の争いによる深い溝があり、その解消は容易ではなかった。
「どうやら、簡単にはまとまらないようだな。」
僕は隣の席に座るアリーシャに囁いた。彼女もまた、険しい表情をしていた。
「ええ、でも諦めるわけにはいかない。私たちがここで和平を実現しなければ、多くの命が犠牲になる。」
彼女の言葉には、揺るぎない決意が感じられた。僕もその意志を受け取り、気持ちを引き締めた。
交渉は数時間にわたり続けられたが、結局、初日は具体的な合意には至らなかった。各国の代表者たちは一旦休憩を取ることとなり、翌日に再び交渉を再開することが決まった。
会議室を出た僕たちは、少し疲れた様子で歩いていた。アリーシャは深い溜息をつきながら、僕に話しかけた。
「今日はあまり進展がなかったわね……」
彼女の声には、少しの疲れと失望が感じられた。
「でも、まだ明日がある。今日の交渉をもとに、何か新しいアイデアを考える時間もあるだろうし。」
僕は彼女を励まそうと、前向きな言葉をかけた。アリーシャは微笑みながらも、まだ心配そうな表情をしていた。
「ありがとう、ナオル。でも、もう少し頑張らなければならないわね。」
彼女の強い意志を感じた僕は、改めて自分も全力を尽くすことを誓った。
何としても、この交渉を成功させなければならない。
僕たちは再び気持ちを新たにし、次の日の交渉に備えるため、宿へと戻っていった。
後書き
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます