第34話『天国の笑い声』
そうこうしているうちにリビングの扉が開き、レンが入ってきた。
「ただいま帰りましたぁ……。あぁ、疲れた……」
と、うんざりしたようなレンは、タイトなジーンズに白のノースリーブワンピースと、品のいい装いをしていた。
「おかえり。思ったより早かったんだな」
「こっちから無理やり切り上げてきました。さすがに、魔王を使い魔にしたなんて荒唐無稽な話。長くしていると、こっちの頭がおかしくなりそうだったんで」
そう言いながら、レンはネムを睨んだ。
「あら怖い。お兄様、お姫様が睨んでくるわ」
猫をかぶったネムが、俺の腕にしがみついてくる。
「あぁぁぁッ! ずるい! ずるいですよネムノキさん! 私だってそんなことしたことないのに!!」
炸裂弾みたいな声を上げ、レンが俺の隣に座り、俺の腕を掴んだ。
二セットの胸が俺の腕を包む。
柔らかくてあったかい風船に包まれ、俺の中で何かが暴れるようだった。
収まれ……。
収まれ……!
この二人に手を出した瞬間、老後まで人生が決まりかねないぞ……!
なんて男子高校生に酷な環境なんだッ!?
「で、その感じだと、報告はとりあえず上手くいったのか」
俺はとりあえず、今の状況から目をそらすために、レンの話を聞くことに。
「ええ。魔王の危険もなしということで、私は花丸様を落とすのに専念しろと言われました」
「なんだそれは! 誰に言われた!?」
「満天様です」
「親父ぃッ!!」
クソボケが!!
親が言うことか!
親父は帰ってきたら、ぜってー殴る……!
「でも、魔王の危険はなくなっても。他の危険が出てきたみたいだけとね」
ネムの言葉に「どういうことですか」と、彼女の顔を覗き込むレン。
俺達は、先ほどあったことを、動画を交えてレンに説明をした。
俺からすれば結構衝撃的なことだったので、思わず説明に熱が入ってしまったが。
レンは時たま相槌を打ち、黙って聞いてくれていた。
そして。
「……誰かはわかりませんし、変身の症状まではわかりませんが。笑いが止まらなくなる、という症状の薬でしたら、覚えがあります。百年以上昔に、フラーロウの騎士団で流行った“ヘイヴン”という薬です」
話しにくそうに、レンが語ってくれたところによれば。
人間には心造兵器があったものの、しかし、心造兵器は一部の才能ある人間にしか作り出せるものではなく。
元来生き物としてのスペックが違う魔物には、基本的には敵わないらしい。
そこは、武器とか戦略とか魔法とかで補っていたが、それでも戦場に出る人間の恐怖は如何ともしがたいものがあったそうだ。
その恐怖を消せないかと、何代か前のフラーロウの騎士団は考えたらしい。
結果、魔法使いと連携し作り出したのが“ヘイヴン”という薬だった。
それを服用すると、心の奥底から楽しくなって笑いが止まらなくなり、そして五感全てが快楽に変わるという。
だからなのか、当時の戦場には、笑い声がこだましていたそうだ。
あまりに非人道的ということで、魔法の技術発展と共にその製法なども破棄されたとのことだが。
「百年も前に破棄された薬が、ここで使われてるってか?」
「さすがに、ちょっと現実的ではありませんが……。でも、私が知る限り、一番症状が近いのは“ヘイヴン”です」
「破棄されたって言っても、誰かは持っててもおかしくないんじゃないかしら?」
「うーん……。まあ、それはない話ではないですけど。百年以上前と記憶してますし、持ってても死んでるのでは」
まあ、そもそも。
本当にそのヘイヴンって薬なのかも怪しいが。
百年も前に流行った薬を、なんで今更? ってなるもんな。
俺があれこれ悩んでいると、レンはネムの顔を覗き込むように身を乗り出し、より強く俺に胸を押し付けた。
あぁぁやめて!
知能が下半身に持ってかれる!!
「私たちの世界絡みなら、放っておけませんよ、ネムノキさん!」
「えーっ。そもそも、もし仮にその“ヘイヴン”だとしたら、お姫様のとこの国が出どころなんじゃなくて? それを、魔王に助けを求めるのはどうなのかしら」
その口調は、あからさまに面倒くさそうだった。
まあ、魔王様が人助けってのも、考えてみればおかしな話だが。
とはいえ、この問題をなんとかするには、ネムの力がきっと必要だろう。
「なあ、ネム頼むよ。俺の街であんなことが今後も起こるなんて、許せねえよ」
「お兄様にそう言われちゃ、断れないわね。お兄様の使い魔として」
「ええっ! 私のお願いは聞いてくれないのに!?」
俺を挟んで、ぎゃーぎゃーと喧嘩を始めるお姫様と魔王様。
やめてくれぇ! 俺の腕にしがみついたまま喧嘩しないでぇ!
さすがに耐えられなくなったので、俺はトイレに行くと言って抜け出し、廊下でスマホを抜いて、メノウの連絡先を呼び出した。
とりあえずまずは、情報収集からだ。
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