ソレが描くモノガタリ

涙袋

第一章*壊れゆく世界に別れを

Episode1*始まりは終わりへと紡がれる


 人の人生とはとても脆く、何よりも壊れやすい。

 気がついた時には、人生というものは終わっていて、誰もそれに気が付かない。


 例えば、何処かで幼い少年や少女が死んだとしよう。ニュースやネットで多く流れたとしよう。

 きっと。可哀想だと思うものはいる。幼い、まだ未来のある子供が死んだことに対して、感じるのはそれだけ・・・・だ。


 自分の知らない所で、小さな戦争が始まったとしても、気に止めることは無いだろう。

 遠い地の、自分とは関係ない争いだと、すぐに記憶から無くなるだろう。

 多くの人間が、そういった生き方をしている。


 だから責める者はいない。そう作られているし、本能であるから、気に止めようとしない。

 それなら、物語の為に創られた登場人物キャラクターも、同じような道筋を辿るのだろうか?

 面白いことに、それは現実よりも分からない。


 それを知っているのは、物語を作った誰かと、その本自身だ。


「…こんな所か。さて、開幕の準備は整った。君達がどう生きるのか、魅せてくれ」





 ◆«天の檻ソラノオリ箱庭ハコニワ»◆


 冷たく感じるほど静かで、孤独を感じさせるほど広い白い部屋で、彼は目を覚ます。

 ベットに横たわる自身の身体。白く荒れた髪が、彼の視界を遮る。

 彼は重たく感じる身体を動かして、ベットから降りて立ち上がる。

 周りに目を向けても、装飾ない箱のような部屋。

 けれど、彼が足を向けて寝ていた場所には、壁一面の黒い硝子ガラスで出来た壁があった。


 彼は硝子に近付いて、その向こうを見通すように見つめる。

 すると、マイクのスイッチが入った音が部屋に響き渡る。


「おはよう。気分はどうだ?」


 その声は、微かに震えたように感じた。けれどそれと同じく、腹の奥底に響く重さも感じた。

 そして、黒い硝子が透明なものへと変わる。するとそこには、多くの人達が彼を凝視していた。

 僅かに感じるさっきの中、彼が考えていたのは、目の前に立つをどう殺すか。

 今、彼の中には底知れない黒い感情が渦巻いていた。弱いから大丈夫だと、どうにでもなるとばかり考える。


 けれどその思いは、浮き上がって来た記憶によって掻き消された。

 何故自分が閉じ込められているのか、自分が何をしてきたのか、自分で犯したその大きすぎる罪の波が、彼の頭に流れ込んでくる。

 彼はその衝撃でよろめいた。軽く俯いて、頭を上げて視線を硝子へと向ける。


 そこには先程まで見えていなかった・・・・・・・・黒く淀んだ目が、彼の瞳に映し出された。

 硝子の向こう側にいる者達の、逃げ場の無い恐怖心から生まれた色。

 向こう側からは沢山の声が聞こえてくる。


「危険です」「化物だ」「逃げよう」

「間違っている」「殺すべきだ」「馬鹿な事をした」


 その沢山の声は、彼を指す言葉ばかり。けれどその声は彼に届かない。

 酷く煩く感じる雑音。ノイズのように聞こえる言葉たちに、嘗ての惨状が蘇る。


 彼の頭に流れて来るのは、止めどない悲鳴。

「熱いよ」「助けて」「死にたくない」「怖い」「やめて」「痛い」「死なないで」


 息が苦しくなるほど、酷い記憶が歩いて来る。

 彼は、乾いた唇を開き、疲れたように声を出す。


「…とても…残酷な事をしてしまった…」


 懺悔の言葉とともに吐き出された彼の声は、とても無機質で、感情の色がない、枯れた声をしていた。

 それでも、過去の記憶は彼の脳を染めていく。


 崩れ落ちた建物の下敷きになった、人間の形を残さない人々。

 身体の半分を喪いながらも、狂った笑顔で青年。

 燃え盛る炎の中で、パチパチと燃えながら苦しみ、逃げ出そうとする少女。

 焼け焦げた家族を助けようとする、小さな子供たち。


 ポツリと、彼の濁った金の瞳から、涙が零れ落ちる。

 馬鹿なことをした、自分が満足する為だけに、大勢を殺し、人々の生きる平和せかいを壊した。

 数十年の孤独を埋める為に、殺し続けてしまった。


「済まない…とても愚かな事をした…」


「そう思うんならひとつ聞きてぇ」


 彼の耳に届いた声は、力強い女性のものであった。

 その声には、男のように震えるものはなく、鋭く指すように脳へと行き渡る。

 硝子の向こうには、彼を睨む一人の女性がたっている。


「…答えよう…」


「単刀直入に聞くが、19年前のあの日てめぇ…何を見た?急に直立不動になったかと思えばぶっ倒れやがったけどよォ、アタシは見逃さなかったぜ。てめぇの眼に文字やら絵が流れてくのをな。アタシはアンタら“特一”が全員、同じもん見たと思ってんだがな」


 彼女の言葉は、彼の核心を付いたのか、その瞳を小さく揺るがした。


「…そうだな。なんてことの無い…よくある物語だ…広い劇場で、本を読んで、演劇を観て、疲れた」


 彼の瞳には、依然として変わることの無い、深く憔悴したような深い色が映り出されていた。

 そして、枯れた声で彼は語り続ける。


「お前は、この世界をどう思う」


「クソだろ」


「そうだな。その通りだ…慈悲は無い、慈愛は無い、天国は無い、地獄は無い…この世界には何も無いんだ」


 節々に絶望の影を感じさせる語り方でありながらも、彼は変わらず、その枯れた声で淡々と言葉を連ねる。

 そこには最早、恐怖の念が打ち上がるようなものを感じた。


「…結末を知れば、恐れるものなのだろうが…何故だろうな。俺は寧ろ安堵した…終わりを知って安心したんだろう。もはや何も怖くない。孤独すらも良いものだと感じる」


 その時、ゾッとする程の寒気が彼らを、箱庭そのものを襲う。

 本能が危険を呼び掛けるように、額から汗がポツポツと出始めた。


「…なんだ?」


 人とは希望と絶望で成り立つ、単純な生き物だ。

 だが希望と絶望の先には、何も無い。夢を叶えたとしても、何も無い。

 人とは何処までも愚かな生き物だ。例え未来を知る事が出来ても、真に行動に移す者は少ない。


「俺達は本当に、哀れだな」


 一秒にも満たない輝きが、箱庭を消滅させた。

 そして、彼は光の先へと消えていった。


 この世界に存在する、本物の異物。本来生まれるはずでは無かった彼らを、人類は“特定異物的存在第一”と呼び、恐れてきた。

 彼らはこの世の法則と理から脱し、神と見紛う程の力を有している。

 それでも世界が在り続けるのは、それがこの世界のルールだからなのだろう。

 けれどそれもまた、近い将来崩れ去り、新たな驚異となって世界を狂乱へと導くことになるだろう。



 ◆«???»◆


 この世で最も醜く、脆く、存在している価値のない生き物は、人類という愚かな者たちだ。

 己の自我を有しながらも、周りの言葉を鵜呑みにして、流されて、訳も分からず誰かをさげすみ、なぶり、苛め、追い詰め、殺す。


 何時しかその刃は、振り回していた自身へと向き、襲いかかってくる。

 そしてその鋭い刃から己を守る為に、逃げて逃げて逃げ続ける。

 けれどどこまでも逃げた先にあるのは、終わりなき苦しみだ。


 果たして、長い年月をかけて繁栄を築いてきた人類を、偉大な者たちと称えるべきなのか、

 それとも、世界を破壊してきた害虫ゴミと呼ぶべきか。


 そう語るは、一人の老人であった。

 


「随分と人類を嫌っているのだね」



 幼い少女の声が歩くようにして、老人の耳へと進んでいく。

 終わりがあるのか分からない何処かの世界、上を見上げれば星が綺麗に見える美しい世界。

 そこにいるのは、幼い少女と杖を着く老人だけだ。


 少女は言う「なぜ進まない」と。

 老人は言う「変わらぬから」と。


 その言葉からしばらく静寂が続いた。

 風の音が、虫の声が、精霊の囁きが…その全てが大きく聞こえる。


「…でも…少しは期待して見ないかい?この世界の行く末を」


 その言葉が、老人には酷く気持ち悪く聞こえた。


「一つ、断言しよう…この世は変わらない…決して真実へは届かず、世界の幕は閉ざされる。これが変わる事は決してない」


 そう言う老人には、光など存在しなかった。

 ただ深く暗く沈み、世界に何ひとつとして希望を抱かず、軽蔑している。


「この世界は――」


 その先の言葉は、風の音ではっきりと聞こえることは無かったが、何を言ったのかはわかった。

 そしてその言葉に、反論する言葉が無いということも、突きつけられた。


「…それでも、私は信じるさ」


 少女の、悲しそうな声が靡く。


「好きにしろ。これがこの世界の物語だ。私達にはどうしようもない。せいぜい夢でも見ているのだな」


 その言葉を最後に、老人は霧のように、星の見える綺麗な世界から姿を消した。

 彼は何を知っていて、何を見たのか。それを知ることは出来ない。

 だが彼もまた、箱庭に居た彼と同じものを見て知ってしまったのかもしれない。

 故に抵抗せずに、ただ幕が降りるのを待っている。


「……はは…夢はもう、見飽きたよ」


 ポツリと、その言葉が星の世界に響いた。彼女もまた、知る事を知り希望を持っている。

 欠片程度の光、されどもいずれ集まり小さな欠片は大きな塊へと進化する。

 その光の塊はいつしか、世界を救うのだと信じている。彼女にできるのはただ、今ある光達に祈る事だけ。





 ―――――――

 狂い始めた歩みに、枷をかける事は出来ない。

 歯止めの聞かなくなった変化は、世界を終わりへと導き、新たな時代へと移り変わろうとする。

 抗う者たちの小さな力に目を向けること無く、無情にも世界は崩壊の一途を辿る。


 第一章。壊れゆく世界に別れを

 

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