第34話 大丈夫、覚えた顔してるわ

「い、言ってくれるじゃない、〈あけめ〉のカーリマン……」


 サイサリスはその美しい眉をひくつかせながらカーリマンと相対した。パルマージは二の句が継げない様子で口をぱくぱくさせている。


 アイラは展開にはらはらとしながらも、一方では静かに強気な言葉を放ったカーリマンのことを思った。


 アイラには、先ほどサイサリスたちが言ったような一族にまつわる話は半分も理解できなかった。しかし事情はどうあれ、彼女は〈術許し〉ではない正規の方法で、この序列に至る純粋な実力を身に付けてきたのだ。


 もちろん、互いに競い合うような様子を見せるサイサリスやパルマージに、そうした努力がこれまでなかったとは言えない。彼らは彼らなりに魔法に親しみ、傾倒し、高め合ってきたことは事実だろう。

 

 しかし話の流れからすれば、おそらくカーリマンはアイラと同じような全くの門外漢としてスタートを切ったに違いなかった。まさに血の滲むような努力があったのではないかと、アイラは思わずにはいられなかった。


 そのカーリマンが、首席は自分が取るとサイサリスたちに宣戦布告したのである。大変なことになりはしないか、という思いの裏で、アイラは密かに、カーリマンから勇気をもらっていた。


 すごいな、カーリマンさんは……。


「……フン、望むところよ!」


 サイサリスは言い放つと、しかしそのまま食って掛かるでもなく、彼女はぎらぎらと燃えるような目をレオンハルトの方へ向けたのだった。


「先生! 今なら気合いの入った宣誓ができますわ。もう入場しましょう!」


 事態を静観していたレオンハルトはサイサリスの変わり身の早さに一瞬戸惑ったが、すぐに余裕のある笑みでこれに応えた。


「ああ、いいだろう。みんないいね? アイラ、もう覚えたかい?」


「あ、え、あッはい! いや、いいえ! まだ、その……」


 急に話が進んで困ったのはアイラである。しかし、すかさずサイサリスの視線が飛んでくる。


「はあ? 覚えたでしょう? 覚えたわよね!?」


 じりじりとこちらへ詰め寄るサイサリスの気迫に、アイラはすっかり固まってしまった。


 ひいい! ち、近い! 睫毛が長い! しかもちょっといい匂いする――


 などとアイラが頭を麻痺させているうちに、サイサリスはひとり頷くと不敵な笑みで話を進めた。


「大丈夫、覚えた顔してるわ。行くわよ!」


 そうしてアイラの返答も聞かずに、勢いのままずかずかと部屋を歩み出ると、サイサリスは率先して講壇へと向かった。その後ろへカーリマンがきびきびした様子で付いていき、ダルそうなパルマージと、少し緊張した面持ちのゼノが続く。さらに何歩か遅れて、アイラが小走りにそれを追いかけた。


 最後にレオンハルトが背中から優しい声をかけてくれたような気がしたが、アイラには何を言われたかわからなかった。とにかく頭の中は、つい先ほど教えられたばかりの宣誓の言葉で一杯だった。先で待ち構えていた職員の顔も、どんな表情なのかまるで頭に入ってこない。


 講壇は円形で広く、極めて明るかった。おかげでレオンハルトの説明通り講壇に描かれた五芒星がはっきりと見えた。


 先陣を切ったサイサリスが正面の穂先に辿り着き、仁王立ちする姿が見えた。続くカーリマンは右前方の穂先で直立し、パルマージが左前方で背筋を歪めて立った。最後にゼノとアイラが、それぞれ右後方、左後方の穂先へ移動する。

 

 聴講席を見ても、アイラにはそれらが人影らしきものにしか見えなかった。緊張のせいかもしれないし、講壇が明るすぎるせいかもしれなかった。


 首席として先頭に位置しているサイサリスにはどんな景色が見えているのか。


 アイラは普段から自分が知る由もないことに思いを馳せがちだったので、ここでもそのようなことを考えていたが、深入りしそうになる寸前で意識を現実に戻した。


 今は少しでも思考を逸らしてしまうと、せっかく覚えた宣誓文がすべてがダメになりそうだった。アイラは頭の中で何度も宣誓文を反芻することに集中した。


 そうしてどれだけ時間が経ったものか――アイラには長く感じただけで、実際は少しの間しかなかったものだが――やがて自分たちが入ってきた方から、別の足音が複数聞こえてきた。


「これより、入門の儀を執り行う」


 背後からよく響いたこれは――レオンハルトの声だった。


「新入生一同、傾注」


 ざっ、と聴衆の影が動いた。続いて、もう一つの足音がアイラの横を通り過ぎ、講壇の中央まで行った。典礼帽をかぶり、重厚なローブを纏った、背の曲がった老人である。これが学長だろうか。


 その年老いた声が、何やらもごもごと言った。


 アイラには聞き取れなかったが、これに合わせてサイサリスが振り返り、一歩進んで何事かを述べたのを見て、アイラは息を飲む。


 は、始まった……!!


 ――と、自分が思ったところまでは覚えている。


 それ以降の記憶は、アイラには無い。

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