第16話 住めば都の第四学寮
留年、という単語にどう反応すればいいかアイラが考えている間に、シャルロッテは話を続けた。
「ここの前は第一学寮にいたんだけどさ、なんか追い出されちゃったんだよな。ひどいだろ?」
「えッ! お、追い出されたの?」
アイラは驚いたが、シャルロッテは不服そうな口ぶりでも、どこかアイラの反応を見て楽しんでいるようだった。
一方でアイラは、この子はあの輝かしい第一学寮にいたのか……、と羨ましい気持ちもした。
そしてまた、え、じゃあここはどういう位置づけの寮なの、と少し心配になる。
「それは、君がまともに講義に出ないからだろう、〈放蕩〉の……」
レオンハルトがわずかに歩み寄りながら口を挟んだ。アイラは二人の関係も気になったが、それよりも最後の言葉が気になり、
「〈放蕩〉?」
と、どちらにともなく尋ねた。
「そ、〈放蕩〉シャルロッテ。あたしの二つ名。なー? ひどいんだよ学院は、やることがさあ」
そう言いながらシャルロッテは怒った風な顔を見せたが、やはり目と頬の端が笑っているので、アイラにも自然と笑みがこぼれた。
「実際君は遊んでばかりいるんだ、これ以上ない二つ名だと思うがね……」
レオンハルトは溜め息交じりに言うと、
「さて、そういうわけでだ」
とアイラに向き直った。
「このシャルロッテくんは、去年は出席が足りなくて、途中から休学扱いになったんだ。普通はそんなもの、一発で破門なんだが……まあその、いろいろあってね。春からもう一度、第一学年をやり直す手はずになっている。そうだね、シャルロッテ?」
レオンハルトの説明に、シャルロッテは「はーい」と興味無さそうに答える。
レオンハルトの溜め息はさらに重みを増す。
「まあこんな調子だ……これからの希望に満ちた君を、こんな子と一つ屋根の下に置くのもどうかと思ったんだが……」
「いや、こんな子て」
とシャルロッテがぼそりと言う。レオンハルトは、「他にやりようがなくてね」と言葉を濁したが、その目が語るところを、アイラはなんとなく察した。
『――君にはまだ言えないこともあるんだ』
入門に際して、レオンハルトが言っていたことだ。そしてそれは、自分を守るためであるらしいことも、アイラは思い出す。
私が何から守られてるのかは、まだわからないけど。
それでも、父の友人たるレオンハルトが選んだ場所なのだから、アイラは信じてみようと思った。
それに、横にいるシャルロッテも、悪い人ではなさそうだ。
シャルロッテは「いや、こんな子て先生」とまだ何か言っているが、先ほどの握手の感触と、彼女の瞳の輝きを、アイラは温かみを持って覚えていた。
アイラは極まりが悪そうにしているレオンハルトに一歩進み出て、顔を上げてはっきりと言った。
「レオさん、私、ここが気に入りました」
聞いている二人は、意外そうに目を見合わせ、そしてそれぞれにアイラを見つめた。
「レオさんが選んでくれたところですし、シャル……とも、友達になれそう! それに、なんていうか……」
言いながら、アイラはきょろきょろと周りを見渡した。
年季の入った柱。
決して新しくない調度品。
風にがたつく窓。
テーブルの傷――
どれも輝いては見えないけれど、しかしそのどれもが息をしていて、ここでの人の暮らしを見守っているように思える。
うん、とアイラは大きく頷いた。
「まるで実家のような安心感です!」
「そうかい、だったらいいが……」
レオンハルトは申し訳なさそうにしながらも、笑みを取り戻した。入門時の思い切りといい、潔さにかけては父親そっくりだな、とひとり思う。
「ところでレオさん、さっきからシャルが『先生』って言ってますけど、もしかして……」
不意の問いに、レオンハルトは「え?」と声が出た。
シャルロッテも「え?」と続く。
「いやに親し気だなあと思ってたら、まさかアイラ、知らないのか? この人、〈レブストル〉の教授だよ」
シャルロッテの言葉に、アイラもまた「え?」を発する一人となった。
「え」の三つ巴である。
「えー、あー、すまない、言ったつもりでいたよ」
「ええッ!? だから学院であんなに挨拶されてたんですか!?」
「え? 逆に二人はどういう関係なんだ?」
などと三者の言葉が入り乱れているうちに、玄関の扉がやはり軋みながら開き、大柄な女性が中に入ってきた。
その姿を見たレオンハルトは、アイラが今日見た中で一番くだけた表情で挨拶を述べたのだった。
「ああ、サンドラ。お邪魔してるよ」
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