別に何も。
月白 雪加_TsukisiroSekka
別に何も。
常々思う。
なんで死んじゃいけないんだって。
別に死にたい訳じゃない。
でも生きたい訳でもない。
死ぬことだってできる。
だけどしない。
迷惑をかけるから。
誰にも迷惑かけずに死ねるなら、もうとっくにやっているだろう。
でも、今日は何故か死にたくなった。
死にたいくらい青く澄んだ空だから。
天と地が近くなる気がして。
そちらに手を伸ばしたくなった。
だから。
決めた。
大学の授業が終わり、午前が終わろうとする時、俺は8階の渡り廊下の塀をよじ登っていた。
微かに頬を撫でる風がいつもなら気持ちいいはずなのに、今は気味が悪い。
あはは。怖がってるのか?俺。
だっせぇ。
ここから翔んで大怪我なら諦めて生きればいいじゃないか。成功したらそれはそれで。
足をあと1歩踏み出せば。
その時だった。
「いいなぁ、君は。」
と言われたのは。
「いいなぁ、って何が?」
「死にたいんでしょ?いいよね、君は死ねるから。」
黒髪で、少し長めの髪。
風にサラサラと靡いていて。
新品みたいなワイシャツとズボン。
おまけに肌が白くて。
いかにも儚いやつ、って感じがした。
あと、車椅子に乗っていた。
「いっそのこと死んで欲しい。」
僕を指さして満面の笑みで彼は言う。
その、純粋なのか、嫌味なのか分からない表情が怖くて。
俺は一旦翔ぶのをやめた。
「なんだ。やめちゃうのか。」
彼は残念そうに呟いた。
人の死を願うやつなんてほんとにいるんだな。
とてもじゃないけど性格がいいとは言えないと
思う。
「お前は、病気だから、その、そんなこと言うのか?」
「まあ、そうかもな。君みたいなバカを見てると言いたくなるんだ。すまない。」
「死ねないってどういうことだ?車椅子に乗ってたってやればいいじゃないか。」
「僕はその塀すら登れない。やりたくても、出来ない。だから君が羨ましいんだよ。」
「そ。まぁお前みたいなやつ、死にそうに無いけどな。でもさ、病気なら皆に心配してもらえんだろ?いいよな。」
彼はあははと吹き出した。
「そうかい?みんな自分の周りで人が死ぬのを何かのサイドストーリーみたいに思ってどうでも良さそうだけど。所詮、他人のことなんて興味がないんだと思う。みんな。」
「たしかにそうかもな」
俺らはそれから大学を出るまでの道を話しながら進み、正門から出た。
「ああ、1つ。君に言いたいことがある。」
ずっと奇妙に口角が上がっていた彼の顔か真剣になる。
「さっき、いっそのこと死んでほしいって言った。それはそれくらい命を粗末にするなら僕にくれよっていう、妬ましさからだよ。」
「それができたらしてる。」
「そう。だけど出来ない。」
「だから生きたらいいんじゃないかなーって。僕に助けてもらった命なんだし。」
たしかに。飛び降りて大怪我で済んだ時と同じだとおもえばそう考えられる。
でも何故かど正論を突きつけられると反論したくなるのが人間という生物なのだとおもう。
「生きるか死ぬかなんてお前に決められたくねーよ。」
なんて言葉を放ってしまった。
「そういうと思ったよ。じゃあね。また明日。」
ムスッとした顔をするかと思ったのに、彼はまた変に口角をあげて笑いながらその場を去った。
本当に変な奴だった。
でもそれから、彼と大学で会うことは無かった。
大学なんて誰がいてもいなくても分からないからしょうがないと思っていたけれど、さすがにおかしいと思った。
死んだんじゃないかって。
別にそうだとしても俺に何ら被害はないけれど。
興味本位だった。
大学の人に聞いてみたのだ。
すると彼は昨日の晩、緊急搬送されて死んだと言われた。
何の感情も湧かなかった。
一日だけ、あのたった一度だけ話した他人。
影響なんてない。
だけど。
穴が空いて無気力な俺に感情というものが出来た気がした。
そして俺はこの感情と生きていかなきゃいけないんだと悟った。
変わらない。変わらないんだ。
今までどおり。
過ごしたらいいだけのはず。
あいつが目の奥にこびりついていたとしても。
変えない。別に何も。
別に何も。 月白 雪加_TsukisiroSekka @tsukisiro0217
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