第10話 帰国直後ⅳ

 その窮地に居合わせたヴィルジールとシエラが、マコトの母親ソフィアを連れ去ろうとするV国諜報員の陰謀を阻止、ソフィアを救い出し、マコトに癒やしをかけると、マコトはそのまま気を失う。一方、ソフィアの体内の力の循環異常に気付いたシエラは循環を整えることに成功し、それまで何かに異常があったことのその何かを知りたいが、連れ去りの際に嗅がされたクスリで気を失うソフィアの状態から、知ることが叶わない状況だった。


 ソフィアに癒やしをかければ、クスリの効果も薄れて気が付く可能性は高いが、マコトが気を失い横たわるこの状況でソフィアの意識が戻ってしまうと、あらぬ誤解を受けてしまいかねないため、話をややこしくしないためにもマコトが気が付くのを待つことをシエラに告げるヴィルジールだった。しかし、そのヴィルジールの『話がややこしく~』の言葉がシエラの琴線に触れる。


「そうですよね。状況が状況だから、勘違いしますものね。でも言葉を尽くせば誠意は伝わるとは思いますけどね~。言葉も大事ですからね~」


「あー、おい! まだそこに引っかかってるのか。悪いって謝っただろう?」


「いーえ、そーゆー話じゃないんですぅー」



 話は半日ほど遡る。

 エニシダのオペレーション本部を引き払い、急遽、渡日することになるが、急ぎたくともコンコルド便はない。そもそも日本へのコンコルドによる定期便などありはしないのだ。一刻も早く日本に辿り着きたいヴィルジールは策を巡らす。ふと富豪のエニシダ教信者の存在を思い出し連絡を取ってみる。


 その人物は金にモノを言わせて軍用機を買い漁るミリタリーマニアだった。自前の飛行場も保有し、世界中のどこへでも飛来可能なように世界中の多くの空港や空軍基地などに融通を利かせ、離着陸や給油、機体整備などの支援を受けられる体制を確保しているほどだ。


 その富豪と連絡が取れて、ヴィルジールは事情を話してみる。

 すると、なんと、ごく最近、廃棄が決まったSR−71ブラックバードを新品同様、パイロット込みで調達できたのだとか。SR−71ブラックバードとは、有人軍事偵察機で、世界最高速のマッハ3.3を誇る航空機だ。そんな話が舞い込めば、ヴィルジールの心が躍らない訳がない。我に運ありとばかりに即決で協力を依頼し、シエラとともに、民間機を乗り継いで軍民共用空港でSR−71搭乗直前の状態まで辿り着く。


 しかしここで問題が発生する。SR−71ブラックバードとは、タンデム複座、即ち前後配置の二人乗りなのだ。パイロット1名が当然埋まるから、残るは1席のみとなる。軽微な荷物を詰め込むほどの隙間はあっても、人が搭乗できる空間など、他にありはしないのだ。


 シエラには、先に行くから後からゆっくり来れば良いと宥めるが、一人は嫌だとダダをこねる。シエラは幼い頃からヴィルジールと行動を共にし、一人で遠出した経験がないから、日本までの長く乗り換え多数の旅路など不安と恐怖しか浮かばないのだそうだ。


 マコトたちが利用した日本行きの航空便は週一運航のダイレクト便。それを逃せば複数の陸地航路を辿る定期便しか選択肢はないのだった。それぞれ国を隔てるため、一々入国出国の手続きも発生するし、その乗り継ぎ便の繋ぎの都合上、途中宿泊を挟むこともあり、初めての旅程としてはあまりにもハードルが高いようだ。


 そのような状況から、ヴィルジールが仕方なくSR−71便を諦めようとしたところ、ニヤニヤしながらパイロットから提案が持ちかけられる。


 その提案とは、今回のフライトは、戦闘機動を伴うわけでもなく、後席でただ座っているだけなのだから、彼女は膝の上に小さく座らせてしっかりベルトで拘束すれば大丈夫だ、というものだ。もちろん違法なのだが、給油などの地上にある時は身体の小さい彼女ならうずくまって布でも掛ければわからないだろう、という説明も付け足される。


 それは妙案と、シエラの瞳も輝きを取り戻し、狭いであろうことは納得して即出発へと話を進める。そう、そんな妙案だからこそ、もっとよく勘案すべきだったのだ。


 後悔は搭乗して直ぐにやってくる。ヴィルジールにとって、SR−71ブラックバードになど搭乗することはかなりの想定外で、まず基本的な知識が欠けていたわけだが、SR−71ブラックバードは、F−15などの戦闘機の2倍以上の大きさであるから、何人か搭乗できてしかもスペースにも余裕があるものと勝手に思い込んでいた。F−15などの戦闘機は人に対してけっこう大きなサイズにもかかわらず、コックピットはちょうど1人分の小さなスペースしかない。このSR−71ブラックバードもコックピットに関してはほぼ同等のスペースしか確保されていなかったのだ。


 もちろん、1人分の狭さは搭乗前に理解し納得していたものだ。ところが、実際に搭乗すると、足の置き場所も限定され、腰より上は計器やスイッチだらけで、触るわけにはいかないから、身体から離した手をその上に置くことなどは許されない。普通の搭乗ならば、それも織り込み済みで我慢できる範囲なのだろう。


 しかし、もう一名を膝に乗せればとパイロットは簡単に言ったが、その搭乗構造上や加速Gなどの関係からも、また身体をベルトで拘束して密着する必要があることからも、横向きにも、前向きで足を開いたその間にも、座らせることは難しい状況だ。幸い後部座席には操縦桿がないから足を閉じることができ、足を跨ぐように座らせることは可能だ。だが、ただでさえ密着している上にそのような座らせ方は女の子的にはどうなのだろうと、ヴィルジールは懸念するのだ。


 さらには身体の領域から外側には各種多数のスイッチだらけで迂闊に触ってはまずいものばかりだから手は身体の前に置くほかないが、彼女が前にいる以上、その置き場にも困ってしまう。パイロットからは安全のためにもお腹辺りを抱きしめるように、との指示があったが、密着した上に抱きしめる。まるで恋人同士の体勢だ。


 そして通話可能なヘルメットは一つしか接続できず、もちろん用意されたヘルメットも一つだ。そこへ慌てて準備してくれた間に合わせのヘルメットと仮の酸素マスク、ボンベを装着することになったが、そのサイズの関係から彼女の髪がはみ出た状態となる。この抱きしめた体勢で空調の風により髪がなびけば、下からのいい匂いが刺激してくる。


 最悪なのは、航続距離が5千km程度に対して、日本へは1万km以上だから、少なくとも2回の給油が必要なことだ。そのうち1回はオーナーの富豪が都合を付けての空中給油となったみたいだ。もう1回は途中の空軍基地で、こちらも富豪が強引に都合を付けて実現したらしく、着陸して給油できることになっている。


 しかし、問題は給油そのものではなく、着陸したにもかかわらず、降りて用を足す、ということができないことだ。二人で乗るという法を犯している以上、コックピットから降りるわけにはいかないから、座りっぱなしとなる。もちろんそれを見越しての大人用のオムツを履いている状態だから、万が一にもコックピット内に漏らす心配はない。SR−71ブラックバードは超高高度を飛行することが多く、まるで宇宙服のような与圧服着用にはオムツ着用が必須となる。このため大人用オムツが常備されており、今回のように与圧服は着用しない場合でも長距離飛行となるからにはオムツ着用も当然義務付けられる。とはいえ、この場合、男女で密着して座る以上、排尿はダイレクトに伝わるし、当然匂いもするはずだ。そうなると、特に相手が異性である以上、尊厳のためにもお互いに我慢するほかなくなってしまうわけだ。


 もっと問題なことは、いくら世界最速とはいえ、半日程度乗りっぱなしの場合、尿意は我慢せざるを得ないとしても、その状態で当然ジッとしていられるわけもなく、お互いにもじもじとする挙動は避けられない。密着してもじもじと我慢していれば、身体も熱くなる。刺激がさらに刺激を生むことで別の変化も生まれる。恋人同士ならどれほど良かったかという話だ。そして、それほどの密着した体勢にもかかわらず、インターフォンの繋がらない彼女とは会話もできないのだ。後は抱きしめつつ、眼と眼で通じ合うしかない状況だった。


 元々シエラはヴィルジールに好意を寄せているから、究極の恥ずかしさはあれど、そんな体勢も嫌な訳では無い。しかし、お互いの関係が恋人とはなっていない以上、そこには越えてはならない境界線があると考えているし、だからこそオムツにいたすような恥ずかしさの極みとなる行為は恋人や夫婦でもない限り、死んでも避けたいことなのだ。


 ヴィルジールもシエラを可愛く思っているから同じく嫌ではないが、今まで上司と部下のような関係で接してきただけに、現在がそれ以上の関係ではない前提ゆえ威厳を損ないたくない思いから、同じく境界線を引くしかない状況だ。


 にもかかわらず、頭では境界線の手前にいて、身体はそれよりもずっと先に進まざるを得ない状況にあったわけだ。


 この特殊なシチュエーションは、これまであまり意識していなかった心の扉を幾度となく強引にノックさせられることで、乙女心は急速に加速する。シエラは瞳をとろ~んとさせ、溜息を漏らしながらお尻の下にあるものの変化と刺激に終始ドキドキしながらヴィルジールを見上げる状況で、もう心も身体も任せたいくらいの衝動に飲み込まれていた。いわゆる『恋』に落ちた乙女状態だ。それもややディープ気味の。


 そうして、SR−71ブラックバードで日本に無事到着を果たすわけだが、パイロットに感謝を告げて見送ると、我慢の頂点を解消すべく二人とも化粧室に駆け込む。落ち着いたところで、入国の手続きを済ませて空港内のカフェレストランで一息つき二人は会話を始める。


「シエラ、狭くて不自由だったが、よく我慢したな。偉いぞ」


「いえ、ヴィルさまこそ。わたしは……わたしは……壮絶な思いをしましたが……至福の時を過ごせましたわ……きゃ! 言っちゃった」


「え? ど、どうしたシエラ、熱でもあるのか?」


「え? え? え? ヴィルさまは違うのですか? わたしはヴィルさまに強く、本当に強く抱きしめられて、密着しているからこそ胸の鼓動の重なり合いと、とろけるような眼差し、吐息。何よりもわたしとの密着度合いで伝わる熱き血潮。そしてときどきわたしの胸に触れては躊躇い、わたしを求めようとされたけれど、流石にこんな状況ではと気持ちを押し止められたということなんですよね。こんな体験、生まれて初めてのことで心は終始打ち震えていました。わたくし、もう骨抜きになってしまいましたわ」


「ちょ、ちょっと待って。確かに……その一つ一つはシエラの言っている通りだと思う……んだが……うーんと。我の場合は、尿意がキツかったのがほぼ全てなんだ。もちろん、大切なシエラを守らなくてはとお腹を抱きしめていたが、その、尿意の波があって、その強弱で力の入り具合も変わったのかもしれないな。眼差しや吐息も、その尿意をこらえるのに必死でその変化に応じてだし、我はもしかしてシエラの胸に触れてしまっていたのか? 悪かった。ヘルメット越しでシエラの頭の影になるからどこを抱きしめてるか実際よくわかっていなかったみたいだ。触ってしまっていたのなら申し訳ない。それと熱い血潮って、もしかしてアレのことか? 確かにシエラと密着してドキドキしてしまったことは確かにそう……なのだが、尿意の刺激とお互いのもじもじが加わるから、仕方なく……体勢的にその……生理的な変化が伝わったのだと思う。恥ずかしい話だが、申し訳ない、忘れてくれるか?」


「へ? それは……つまり……すべてわたしの思い違い……ということでしょうか? そ、そ、そんなぁ」


「あ、いや、ちが……わないのか? よくわからなくなってきたんだが、我はシエラの心内こころうちはよくわからないが、そんなわからない状態でシエラが我に好意を持っていると思うのは不遜ではないのか? こういうことには経なければならない順序というものがあるだろう? それを確かめてもいないところで、シエラに対して一線を超える行いは許されないことだと思っている。いや、それなら、むしろあのような密着状態となる状況自体がNGなのだな。我の配慮がやはり足りなかったようだ。それでだ、シエラを大切に思えばこそ、我はその、ハラスメント紛いの考えは持たないようにしていたつもりで、先ほどの説明は潔白を信じてもらいたい一心の言葉、いや、そうか、それも言い訳になるのだな……」


「はい……もういいです。よーくわかりました。ヴィルさまは面倒くさい考えの持ち主だということ……ですね。はぁぁっ……それでその、他になにか仰りたいことはありますか?」


「う、まぁ、その、なんだ……シエラを大切に思ってのこと……」


「はいはい。それはよーくわかりました。とても嬉しく思います。ありがとうございます……でもそれだけなのですね。ふぅぅっ」


 そんなやり取りを経て、いったんこの話には区切りを付け、これからの話をしようとしていたところで、まずはスウィーツや食事に舌鼓を打っていた。


「このパフェ。甘くて……でも甘すぎず、なんとも絶妙で上品な味わい。美味しい……さすが日本のスウィーツですね」

「あぁ。このラーメンという麺料理もなかなかどうして。大衆料理っぽいが奥深い味で素晴らしいぞ。日本に来たかいがあったというものだな」

「ですねー」


 そんな安穏とした空気を纏いながら長旅の疲れと空腹を和ませる二人だった。

 と、突然にそんな空気をつんざくようなマコトからの思念波動を捉えるヴィルジールとシエラ。


 『……◇パ?☆△◇#・・%&☆……いへん……の!……』


「な!?」

「こ、これは?? いったい? ヴィルさま??」


 突然飛び込んできたノイズ混じりの音声のような波動を受け止めた二人は顔を見合わせる。


「お?! こ、これは。うん。まだなにかはわからんし、内容も全く不明だが、幼い少女の声のようにも聞こえた気がするが……もしかして間に合ったのか?」


 エニシダを手玉にとった妖精。そんな存在の主が、事前に知り得た情報の通りに女の子だとすれば、今聞こえたらしき声の主といろいろな視点からその特徴の多くが自然に合致する。


 二人の脳裏では、人物像がほぼ重なったかのごとく、思い浮かべるその眼差しは確信に満ちていた。


「そうですね。とても慌てる様子。何か危険に巻き込まれて助けを求めているのではないでしょうか? ヴィルさま」


「そうだな。その辺で起こっているケンカやいさかい程度なら、まぁ気にする必要はないが、直接聞こえたわけじゃなく、脳に届いた感じ……即ち特殊な能力……まさかではあるが、これが同一人物だとすれば……妖精を模していたがやはり女の子……今回の妖精ちゃんが今の声の主のような気がするな」


 エニシダの熾烈な猛攻を無力化してみせた妖精、今回の渡日の目的でもあるその正体に早速辿り着けることに、ヴィルジールは喜びを隠せない。徐々に徐々にその喜びは膨れ上がり、ヴィルジールの笑みは言葉の節々に織り混ざる。


「まだ空港に残っていたのかもしれないな。随分と出遅れてしまったから、どこにいるのかを探して、接触する機会を見つけるのが困難かと思っていたが、フフ。そうかそうか、まだ空港にいるのだな。フフフ。これはまさに僥倖というもの。神がいるのかは知らないが、フハハハ。運はまだ尽きてないようだ。まずは行ってみるか」


 心中の在り方は少し異なるようだが、指示される行動の向きの重なりに喜びを隠せないシエラは、満面の笑みで元気いっぱいに返す。


「はい。賛成です。シエラは可愛らしい声の妖精のぬしさまに会ってみたくなりました」


 そんなシエラの眩しさにやや圧倒されるヴィルジールだが、ただ会ってみたいというシエラの損得のない無垢な思いに言葉の上で理解を示しながらも温度差を感じつつ、その一方で秘める算段が口を突く。


「そ、そうか。まぁ、そうだな。もしも危機にあるのなら、助けてここで恩を売っておく絶好のチャンスやもしれぬしな」


 シエラの心をくすぐるのは、間接的ではあるが妖精の主の放つ可愛らしさを知り、さらに今、思念波動に混じる愛らしさの塊のような声を聴いたことで、より現実味を増した妖精像だった。このときのシエラの心は、ジワジワと『可愛い』が侵食中でもあった。生まれてこのかた、これほどの可愛らしさに遭遇したことのなかったシエラは、可愛さ感度を今まさに絶賛更新中なのだ。


「もー、またヴィルさまは、そんな行動原理なのですね。良いじゃないですか。幼い女の子が困っていたら、自然に助けてあげたいと思ってあげれば。だってとってもとっても可愛らしい声でしたよ? ふわゎゎぁ……可愛かったなぁ」


 想い描く妖精像に声を掛け合わせイメージするシエラの頬は紅く綻ぶ。


 そんなシエラの立ち居振る舞い、表情、言葉にやや圧されていることをヴィルジールは自覚するが、その是非はともかく、今は的が重なることをよしとし、話を次へ進める。


「あ、ああ。まぁ、そうだな。ひとまず行ってみるか……とは言ってもどこに向かうべきかがわからないがな」


 ヴィルジールは話を進めようとするが、向かうべき先がわからないことに気付き、意気消沈の表情を浮かべる。そこへシエラが満面の笑みを携え、話を切り出す。


「あー、それなら、たぶんあっちの方向じゃないですか?」


 そう言いながらシエラはある方向を見やり、指でその方向を指すと、視線を落とし、反対の手で空港図のパンフレットを広げて、今の位置関係を照らし合わせながら、言葉を重ねていく。ヴィルジールは、そんな展開に瞳孔を開きながら、シエラの言に耳を傾ける。


「電線の通話だとわからないけど、電波のような空間の波動みたいなものだから、波動を強く感じた方向でたぶん合ってるんじゃないかな? 建物の形に照らすと、これは駐車場かしら?」


 圧巻の納得を得られたヴィルジールは、そんなシエラに絶讃の言葉を贈る。


「ほぉほぉほぉ。さすがシエラちゃん。そういう何か力の流れみたいなものを捉える能力なら、もう天下一品だな。そのセンシティブ、繊細な感性には恐れ入るよ」


 普段からヴィルジールはシエラの能力を誉めることは多かった。しかし、ここまで絶讃されたことはなかったから、聞きながら驚き頬を赤らめるシエラ。ヴィルジールが言い終わる頃には、照れくさそうに鼻を掻きながら嬉しさを滲ませる。


「へへっ。そうでしょ? ふふん」

「ああ。なら、行ってみるか。ここからなら近いから直ぐに行けそうだな」


 すっかり上機嫌のシエラは返事も元気良く軽やかに返す。


「はい! うふふん」


…………

 駐車場でマコトとソフィアを救った場面に戻る。


「そうだな。癒やしてクスリの効果を軽減させることもできそうだが、まぁ、この子の気が付いてからだな。そうじゃないと話がややこしくなりそうだ」


「そうですよね。状況が状況だから、勘違いしますものね。でも言葉を尽くせば誠意は伝わるとは思いますけどね~。言葉も大事ですからね~」


 ヴィルジールの『ややこしく』の言葉がシエラの琴線に触れたようで、シエラはつっけんどんな態度に急変する。


「あー、おい! まだそこに引っかかってるのか。悪いって謝っただろう?」


「いーえ、そーゆー話じゃないんですぅー」


「じゃあ、なんだ。いつまでも引きずるとやるべきことにも支障が出てしまうのは困るんだがな」


「もー、またですか? ヴィルさまはお堅い! それにどうして謝るんですか? なにか悪いことをシエラにしたんですか? シエラはそんな言葉を聞きたいんじゃありません!」


「ではなんなのだ?」


「そ、そ、それは、その…… (きききき、気持ち)です」


「え? なんと言ったのだ? 小さくて聞こえなかったぞ」


「きき、気持ちです。ヴィルさま自身はシエラのことをどのようにお思いですか?」


「だから、た、大切に思っている……と言ったはず……だよな?」


「そうじゃないです。まるで家族のように、大切に思ってくれているのはずっと昔から知っています。そうじゃなくて……す、すすす……」

「す?」


 恋愛感情に鈍いヴィルジールに意を決してシエラは直接気持ちを伝えようとするが、肝心の言葉が素直に出てこない。


 徐々にテンパりながらも気持ちは最高潮へ上り詰めようと、今その言葉を勢いに乗せて口から押し出そうと、シエラは背水の陣に身を置き、今喉元からその言葉が発せられようとするその瞬間……だった。


 ……タタタタ……タタタタ。


 不意に訪れる誰かの駆け寄る足音に、発しかけた言葉を飲み込み、シエラは来訪者を見やる。


 肝心のときに邪魔をされたような、しかし今にも潰れそうなか細い心が救われたような、微妙な感情を顔の表情に入り混じらせながら、視線を向けた先には、男と幼い少女の二人組の姿があった。

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