第8話 帰国直後ⅱ
母ソフィアがいる化粧室の外側で待っていると、その横を通り過ぎて化粧室に入る二人組と目が合うマコト。マコトは、マコトを見て浮かべた二人組の表情と挙動に僅かな違和感、その後に化粧室内から聞こえる話し声の内容から不信感が芽生える。
マコトはふつふつと湧き上がる不安から化粧室に入ろうとする。と、急いで立ち去ろうとする二人組を認め、急いで化粧室内を確かめる。不安的中なのか、中にソフィアの姿が見当たらない。
マコトは急いで化粧室の外に駆け出し、出ていった二人組が去っていった方向を見定めるが、もう見える範囲にその姿は見つからない。
慌てふためくマコト。今いないことは確かだと、記憶を振り返る前にジンに念話で呼びかける。今繋がっていない状態だから届くかどうかわからない。マコトは、ジンが今どこにいるかもわかっていないから全方位へ一斉に放つ。
『パパ? パパ、パパ、大変なの!』
マコトが放つそれは、もはや念話とは言えない魔力の波動だった。ほんの2、3秒のこと、空港の建物に微振動が走る。ほとんどの者が気付けない程度の軽微なものだが、空港施設内の震度センサーには感知され、データとして痕跡が刻まれる。
さっきまで搭乗していた飛行機の中で初めてジンと念話を行ったが、そこでは特定のオーラとオーラを結ぶ、セキュリティ回線のようなものだ。しかし、今発したのは、緊急時とはいえ、マコトたちのような特殊な能力を有するものなら気付くかもしれないものだった。普通なら、そんな特殊能力者がいなければ、誰に届くことも気付かれることもない行為で何事もなく終わる話だ。
しかし今のこの空港内には、何の偶然か、マコトたちのほかに、V国諜報員が多数と、マコトたちと同機に乗り合わせていた天使の加護を賜るというサミュエル、そしてその他にも数人……そんな普通とは異なる能力を備える人間がこの国際空港に集結している特殊な状況でもあった。
この波動に気付いたV国諜報員。
―― あら? ノイズが凄いけど声のようなものが混じっているわ。たぶん可愛らしい高い声ね? これはもしかするとさっきの子どもかしら?
―― ほうほう……やはり力は本物で、その血が受け継がれていると……報告できることが増えたわね。
―― 今は急ぐしかないわね。
―― 子どもの足とはいえ、追いつかれるのは危険だものね。
実は念波に気付いていたジン。
―― さっきのは、声からも多分マコトだな?
―― だが、オープンに発信してくれたから、ちょっとヤバイんじゃないか?
―― どうもこの空港には他のきな臭いオーラがあるように感じるんだが。
―― オレも早くマコトのオーラを見つけて直接繋ぐしかなさそうだな。
―― 急がなきゃ。
さらに別の能力者。
―― お?! こ、これは。もしかして間に合ったのか?
―― これが同一人物だとすれば、妖精を模していたがやはり女の子のようだな。
―― 随分と出遅れてしまったから、どこにいるのかを探して、接触する機会を見つけるのが困難かと思っていたが、まだ空港にいるのだな。
―― これはまさに僥倖というもの。
―― 神がいるのかは知らないが、運はまだ尽きてないようだな。
マコトは念話が届くことを信じて返信を待ちながら、今度はオーラによるソフィアの探索、紐状のオーラをソフィアが連れ去られたと思う方向の90度角に探査するように動かしていく。
通常のソフィアなら、それに気付いて返答してくれる可能性はあるが、今のソフィアは記憶喪失状態だから、纏うオーラすら特別ではない。その辺にいる他の人たちとさほど変わらないわけだ。
しかし、さっきすれ違った二人、よく思い起こせば、やや特殊なオーラを纏っていたような気がすることに思い当たり、意識の焦点を合わせる。
すると、その二人組と思えるオーラ、そして四角い箱の中におそらくソフィアと思われる人影のようなオーラを見つける。
―― 見つけた! そこは、えっと、形的にエレベータ?
―― まずい、別フロアに移動されると追跡が困難になる。
マコトは急いでそのエレベータらしき場所に向けて駆け出していく。
『マコちゃんどうしたの? 何かあった?』
イルからの念話だった。初めて自分から使ってみた念話のようで、少し手間取ったようだが、器用なイルは早速使いこなしてオーラを繋ぎ問いかけてくれたのだ。
『あ! イル? よかった。繋がったけど、あれ? パパには届いてないのかな? 大変なの。ママが連れ去られちゃった!』
『え? ななな、なに? 何が起こったの? って今は何もわからない状況なのね? わかったわ。ジ……パパにはイルから連絡取ってみるね』
『わかった。お願いイル。マコは追っかけてみる。どうもエレベータに乗っていったみたいだから別のフロアに移るね』
『イル了解。くれぐれも気をつけてね』
『うん。わかった』
マコトはエレベータ付近に近付き、再び連れ去り犯の動向を確認する。
―― あれ? 見当たらない。
―― どこだ。
―― あ! いた! 道路を横切っているってことは駐車場に向かってる?
―― 連絡通路の階に移動して……着いた。
―― あっちの方向だね。
エレベータでフロア移動して駐車場連絡通路に差し掛かるマコト。その先のほうにさっきの二人組と大きなバッグを視認するマコト。
―― 見つけた! 待っててママ、今助けるからね。
オーラのセンサを当てても確かにバッグの中に人の影。形、大きさ的にもソフィアと思われることまでは確認する。しかし相手はもう通路の反対側付近。
―― 急がなきゃ。車に紛れると見つけにくくなるし、車に乗られるとヤバイ。
焦るマコトは、人が疎らに乗っている動く歩道では抜いていくのも困難だと、人がほとんどいない普通の通路で魔法を発動して自身を加速する。
連れ去り犯は歩道を渡りきり駐車場内に方向転換するところでマコトの追跡に気付き慌てて走り始める。
―― ヤバイ。気付かれた。
『イル? 今駐車場に着くところ、連れ去り犯は車で逃げようとしている。パパに伝えて?』
『わかった。気を付けて』
『うん』
―― マコも渡りきれたけど、どこだ? わからない。
―― オーラでサーチ。いた! 反対側だし出口側に近い。マズイ。
追いかけてきたマコトを確認して急いで積み込み車を出そうとする連れ去り犯。
「あれ? いいことに気付いたわ。あの可愛らしい子にもどうやら力があるみたいだから、一緒に連れ去っちゃわない? あまりにも可愛らしいから気に入ったわ」
連れ去り犯の一人が思い付きを言葉に乗せる。するともう一人が反応する。
「ばか! 案としては悪くないが、今はこのソフィア奪取が先決だ。捕まえて変に暴れられたら失敗する未来しか視えないんだが? まずはこのソフィアをターミナル1の駐車場にある公用装甲車に積むことが先決だ。あれに乗せられさえすれば、どんな手出しも無効だからな」
「あら、まぁ、それもそうね。それにこのお母さんがこっちの手にあれば、自ずと近付いてくれる機会もあるかもだよね?」
そんな会話をしながら着々とエンジン始動し連れ去り犯の車は動き出す。
夕刻すぎの空港内を歩く人はかなり疎らでも、ハイジャック事件の関係者が多く駆けつけたからか空港の駐車場はほぼ満杯だ。入り組んだ駐車場エリアを歩く人は少なくとも、車中やその隙間等、どこにどんな人の目が潜んでいるかわからず、監視カメラも多く設置される状況だ。
そんな状況を感じ取るマコトだから、浮揚して進む選択はない。せいぜい駆ける蹴り足のタイミングで加速する超ロングスタンスの高速疾走だ。特に幼い子どもの走る速さとしては異常だが、地を駆ける以上、低い目線で眼の前を横切るその一瞬が目撃されたとしても驚きは小さくて済む。そうして懸命に連れ去り犯の車への接近を果たそうとするマコトだったが、車の発進タイミングには届かなかった。
―― あ、出ていっちゃう。
―― ダメ! なんとか止めなきゃ
それでもなんとかしなければ、ソフィアが連れ去られる。
―― 如意棒で……
全速で駆けるマコトはその手に如意棒を出現させる。走りながら、なんとか狙いを定め、走り出す車を突き刺すことに決めたようだ。
走りながらのマコトの如意棒持つ手は不安定な状態のため、繊細な操作にマコトは集中する。照準を定め如意棒を伸ばす……ところだった。そう仕掛け始めた瞬間のこと……その方向の右下、車の影が揺れ、飛び出す何かが視界を掠める。
「何かが出……子ども?」
その瞬間、そう発しながらマコトは慌てて蹴り足で左上方に自身の進む軸を大きくずらし、如意棒の先も上向きに修正。飛び出す子どもへの打突はなんとか逸らせそうと、子どもの回避に全集中する。
「わ、まずい」
しかし、自身の宙に舞う不安定な状態からの如意棒操作にまで気が回らない。突発事象を含め瞬時に捌ききるには状況を判別すべき対象が多過ぎたのだ。マコトは冷静に適切に制御できない状況にあった。
ががん!
「くっ」
如意棒の先は床や柱にぶつかり、その反動はマコトへと直に跳ね返る。
ががが、がん!
「ぐはっ」
既に猛スピードで疾走中のマコトの勢いに、金属も撃ち抜く如意棒の伸長速度が加わるその破壊力をその身にまともに受けたのだ。想像を絶する力をお腹に受け、マコトの身体は天井、柱へと激突する。
ばんっ! ばきっ! ぼきっ!
「うぐっ、
マコトは天井で左肩から腕を強打し、柱の門でに激突して右腕が折れ、激痛を声に漏らす。そんな痛みをおしながらも、目線で追う子どもが回避でき無事なことに安堵すると、そのまま床に叩きつけるように落ちて数回はねながら、その勢いのまま激しく転がる。
……ズダンッ……ダンッ、ダン……ゴロゴロゴロ……
激しい衝突と転がり時にも激しく擦れたのだろう。全身血みどろ状態でうずくまる。巻き込みかねなかった子どもが気になり、頭を起こして視線を向ける。
―― シ、シクッた……子どもは?
すると、マコトの惨状に気付いて怖くなったのか大声で泣き出すと、気付いた親が抱き寄せ宥めているところだった。
―― 大丈夫そう……良かった……起きなきゃ……
―― あちこち激痛……ズキズキする……あれ? 右腕がおかしな方向向いてる……折れたの? ……マジ? もう泣きたい……
―― そうだ! あれ? ママは? 車は? ……
動けず、激痛に襲われるマコトは意識が
「あら? 大丈夫かしら? ちょっとゆっくり行って! あの娘、大怪我してるわよ?」
連れ去り犯の車は、マコトの接近する状況から、今、勝手に転倒して大怪我を負うマコトの状況への変化に気付き、マコトの様子を伺うように速度を落とす。
「知らん。生きてるなら大丈夫だろ。何かを仕掛けてきた兆候を感じて、ちょっと肝を冷やしたが、勝手に自爆してくれて助かったよ。どれほどの力を秘めているのか、やはりあの娘は連れ去らないのが正解だった。まぁ、興味深いし報告には上げるとするが、これで大手を振るって任務続行できるわけだ。もういいか? 早く行くぞ」
「え、ええ。わかったわ。可愛らしいから助けてあげたいけど……大丈夫なことを祈ってるわね。バイバイ。かわい子ちゃん」
そう言いながら、連れ去り犯達の車は速度を上げて出ていこうとする。
―― え……ママ……助けられないってこと? ……こうなったら……もう……。
マコトは全力を開放してでも止めようと考える。冷静でない今、無作為にも近い状況でマコトが全力を放ったら、おそらくこの立体駐車場も無事では済まない。その付近にもしも人がいたら巻き添えで死傷者を出してしまうかもしれないほどの力をマコトは有している。マコトも朦朧としながらもそれはわかっている。
しかし、ソフィアを失うことがあってはならない。その一点の思いに行き着き発動しようとする……が……。
どーーん! ぐぎゃぎゃぎゃ! バン!
再び走り出したはずの連れ去り犯の車が、どこからともなく何かの衝撃を受けて舵を失い付近の柱にぶつかる音だった。
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