第11話 『お手伝いポイント』


 放課後。

 クラスメイトがぞろぞろと帰宅を始める中、結花が一向に帰る気配を見せなかった。


 別に急いで帰るタイプではないし、そういう用事も今日は聞いていないので、おかしくはないんだけど何となく違和感を覚えた。


「どうかした?」


 だから訊くことにした。


 教室に戻ってからの結花は大人しくて、柴田に絡まれているところも見ていない。


 柴田の様子も伺っていたけど、結花の方を見て可笑しそうににやにや笑っているくらいだった。

 このタイミングで絡みに行くのは悪手であることくらいは分かっているんだろう。


 だから、あれかれはずっと平和だったはずだ。平和というと語弊があるけど、何もなかったと思う。


「え、う、ううん。なんでもないけど。どうして?」


「なんか帰る素振り見せないから」


「いつもそんなに急いで帰ってないでしょ」


「……たしかにな。いや、なにもないないいんだけど」


 俺の勘違いかな。

 今朝のこともあって、ちょっと敏感になっていたのかもしれない。


「俺、もう帰るけど?」


「うん。あたしはもうちょっと残るから」


「なんかするの?」


「まあ、そんな感じ」


 結花にしては歯切れの悪い言い方だ。誰に対しても対等で、思っていることはちゃんと口にするタイプだから、これも珍しい。


 でも、意図的にそう答えたというのなら、ここでどれだけ訊いても答えてはくれないだろうな。


 頑固だし。


「じゃあ帰るわ」


 ここで別れてもまた家で会うわけだし、もしかしたら夜には気が変わって話してくれるかもしれない。


 俺はそれくらいに捉えて、教室から出て行った。


「……あ」


 廊下を歩きながら、結花と話している間にずっと感じていた違和感の正体に気づく。


 髪留めだ。


 思い返すと、結局朝からずっと髪留めをつけていなかった。

 つけていようと、いまいと、どっちも可愛いとは思うとは言ったけど、違和感を抱き続けるくらいには髪留めアリのバージョンの方がいいと思っているようだ。


 イメチェンってやつかな。

 女子は気分転換でイメチェンとかするらしいし、朝の憂鬱な気分を晴らしたかったのかも。



 *



 帰り道、河原ではしゃぐ柴田たちを見かけた。

 柴田が取り巻き二人と何かを投げ合っていて、それを佐藤が追い掛けているので、多分佐藤のなにかを投げ合っているんだろう。


 イジメは加害者が悪いのは当たり前だけど、場合によっては被害者だってそれなりに悪いことがある。それを傍観する第三者だって同様に悪い。


 俺がここであいつらの間に入り、イジメなんてやめろよと言ったところで終わることはないだろう。せいぜいこの場が収まるだけで同じことが繰り返される。

 それこそ、佐藤が変わらない限りそれは続くに違いない。


 まあ。


 佐藤が変わったら、恐らくイジメの標的が別の誰かに移るだけなのかもしれないけれど。

 だとすると、柴田本人が変わらないと意味はない。


 けどなあ。

 あいつは変わらないだろうなあ。


 俺は正義のヒーローじゃない。

 助けを求められれば力を振るうけれど、困っているだけの人のために動くようなことはしない。


 はしゃぐ四人を横目に、俺は再び歩き始める。

 どうにも五年になってからいろいろと上手く回っていない気がするな。平和な毎日が続いているようで、ところどころの歯車が噛み合っていない。


 その最たる原因は結花と柴田の犬猿状態だな。このせいで教室内の空気は悪くなるし、結花が大変そうだ。


 しかもあいつ、そういうの態度に出さないし言ってこないからなあ。それが厄介極まりない。俺に全てを察する力があればいいけど、そういうのはないし。


 そんなことを考えながら家に帰る。

 この頃、俺は積極的に親の手伝いをしていた。もちろんただの善意ではなく、歴とした意図がある。


 手伝いをする度に、スタンプを一つ押してもらえる。そのスタンプを十集めることでご褒美がもらえるのだ。

 俺の場合、そうすることで漫画を一冊買ってもらえる。子どもの頃から労働とそれに対する対価を学ばせるとはうちの親はやりおるわ。


 小学校三年生のときだったろうか。

 俺は久しぶりに、これは前世の頃から考えての久しぶりとなるが、本屋へ行った。


 するとどうだろう。

 当時、完結まで追うことができなかったあの作品や、毎週続きを楽しみにしていたあの作品が並んでいたのだ。


 それを今、買い集めているところである。


 お手伝い十回で漫画一冊買えるとか超ホワイト企業だろ。


「はい、十個溜まったからご褒美ね」


 そう言って、母さんは俺に千円をくれる。

 もちろん千円全てを使っていいわけではなく、漫画一冊を買ったあとにお釣りは返さなければならない。その際にはレシートも提出するので小細工は通用しない。


 もとより、そんなことをするつもりはないけれど。


「本屋に行ってきてもいい?」


「いいけど、あんまり遅くなっちゃダメよ。お母さん心配しちゃうから」


 そのセリフお母さんが言うもんじゃないだろ、と心の中でツッコみながら俺はるんるん気分で家を出る。


 本屋は学校を超えたところにある。家から歩いて十五分くらいだろうか。自転車を使えばもっと早く到着するだろう。


 そこそこ大きな本屋で漫画コーナーも充実している。そこを眺めるだけで半日は使えるだろうけど、そんな時間はないので手っ取り早く買うものを決めないと。


 どこに何があるのかはもう把握しているので探すのに時間はかからない。もうここでバイトできちゃうくらいの把握力である。


 それを持ってレジに行き支払いを済ます。レシートを貰うことを忘れない。ちゃんと渡してくれる店員がいる一方で、どうせいらんだろと渡してこない奴もいるからな。


「あ」


 帰り道、たまたま学校の前を通るとちょうど結花が出てくるところだった。


 俺に気付いた結花は気まずそうな顔をする。けど、すぐにいつもの調子を取り戻して笑った。


「こんな時間までいたのか?」


「うん。ちょっとね」


 相変わらず内容は伝えてこないな。

 と、思いながら落ち着いた俺は自転車を降りる。


「髪留めはどうした? 結局、朝からつけてないよな?」


「あー、えっと、ちょっと汚れちゃってたから今日はいいかなって。洗ってから使おうと思ってるの」


 一瞬、言葉を詰まらせたようだったけど、そのあとはすらすらと言葉を並べていた。


「そんなことより、颯斗はまた本屋?」


 俺が何か言おうとしていたら、結花がそう言って話題を切り替えた。わざとらしいやり方は、暗にこれ以上突っ込まれたくないことを証明している。


「まあね。お手伝いポイントが溜まったから」


 ここは彼女に乗っておくか。

 望んでいないのに訊いたところで、答えは返ってこないだろうし。


「なに買ったの?」


「ワンピース」


「え、あたしも読みたい!」


「俺が読み終わったらな」


 楽しそうに話す結花の調子は、その頃にはいつも通りに戻っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る