第8話 『今年こそは勝つ』


 小学校高学年になると、それぞれ自分の意思みたいなものがだんだんと確立していく。


 それに伴い、人間関係にも変化が起こる。

 自己主張が激しくなるので、人との合う合わないが出てくるのだ。


 そんな中、俺はと言うと相手に合わせるということを既に覚えているので関わる人はあまり変わらず、増えることはあっても減ることはない。


 そんな感じだ。


 彼方とは五年生のクラス替えのタイミングで離れてしまったけれど、放課後や休み時間に会ったりする。


 俺の周りの人間の中で、最も大きな変化があったのは柊木結花だろう。


「おい佐藤。さっさと宿題写せよ。先生来ちまうだろ」


 現在、うちのクラスで一番の権力を持っているのは柴田健吾という男子生徒だ。

 体が大きく腕っぷしのある、いわゆるガキ大将的なポジション。

 声も大きく、相手を威圧するような話し方をするため周りの生徒も少し怯えがち。


 しかし。


 そんなガキ大将に、一人果敢に挑む怖いもの知らずがいた。


「ちょっと柴田くん! 自分の宿題は自分でしなきゃダメでしょ!」


 そう。

 柊木結花その人である。


 せかせかと宿題を写す佐藤と命令する柴田。そこへズカズカと歩み寄るのが結花だ。


 彼女は学級委員になり、クラスを仕切る役割を担っている。責任感と正義感を十二分に持ち合わせているが故に、後先を考えずに動いてしまうことが多々あった。


「うるせえな。佐藤は好きで俺の宿題やってんだよ。なぁ?」


 柴田にギロリと睨まれた佐藤は「う、うん」と小声で頷く。柴田に怯えて、どうしようもなく頷いているのは明らかだ。


 しかし結花はそんなことでは納得しない。

 彼女は佐藤の席に近づき、柴田の宿題を取り上げてそのまま柴田に突き出した。


「自分でやりなさい」


「は?」


 体が大きい柴田は、結花と向かい合うと気持ち倍くらいの差を感じる。

 そもそもの力が違い、その上、体格が違いすぎる。もし柴田がお構い無しに手を上げるような外道ならば結花はただでは済まないだろう。


 まあ。


 さすがにそんなことをするようなやつではないだろうけど。


「お前、あんま調子乗んなよ。女だからっていつまでも手出さないと思ってんなら考え改めな」


 けど、絶対と言い切れない危うさが柴田にはある。


 顔を近づけ、柴田は結花を威圧する。


 その瞬間、結花がきゅっと唇を結び、そして眉を吊り上げた。考えなしに突っ込もうとしている気がするな。


「まあまあ」


 できるだけ関わらないように、というのがポリシーではある。

 無駄な争いはゴメンだし、面倒事も避けたいからだ。しかし、だからといって放っておくわけにもいかない。


 だから俺は二人の間に割って入った。


「なんだよ志波」


「そんなに熱くなるなよ柴田くん。同じシバのよしみで、ここは俺の顔を立ててくれよ」


 適当なことを言っているのは分かっているけど、そこの理由自体はなんでもいい。

 柴田が仕方ないから折れてやると思ってくれればそれでいいのだ。


「……女の前だからカッコつけてんのか?」


「そうなんだよ。だから、ここは引いてくれよ」


 ひそひそ、と結花には聞こえないように柴田に耳打ちする。

 柴田は俺と結花を交互に見てから、わざとらしく息を吐いた。


「まあいいけどよ」


「ついでに宿題も自分で写してくれよ。じゃないと柊木が引いてくれない」


「次絡んできたら許さねえぞ」


 そう言って柴田は自分の宿題を佐藤から奪う。まあ、奪うという表現が正しいのかは定かではないけど。


 柴田が自分の席へと戻っていったのを確認して、俺は後ろにいる結花を振り返る。

 まるで台風でも去ったかのように、安堵した顔をしていた。


「そんな顔するなら絡まなきゃいいのに」


「……だって、許せないもん」


 柴田と向き合っていたとき、結花の手は微かに震えていた。

 女の子があんな威圧感の塊みたいな男と向き合って、なにも感じないはずがない。


「だからって、後先考えなさすぎだ」


 もしこの場に俺がいなければどうなっていたことか。クラスの奴らは柴田には口出ししない。というか、できない。

 イジメのターゲットが自分に向くのを恐れているから。

 柴田はこの場の空気のコントロールをいとも簡単に成し遂げてしまうのだ。


 しかし、そんな柴田も相手にするのを避ける相手が二人だけいる。


 それが俺と白鳥だ。

 白鳥の場合、周りからの人気が凄いからどうあっても自分が悪になると分かり切っているからぶつからないんだろう。狡猾である。

 俺も、まあそんな感じなのかな。


「……でも、颯斗は助けてくれた」


 瞳を揺らしながら、結花はきゅっと唇を結ぶ。握った拳には力が込められていた。


「そりゃ、その場に居合わせたら助けるよ。でもな、その場にいなけりゃ助けられないんだ。それを忘れないでくれ」


「うん……」



 *



 そんなことがあった日。

 運動会についての話し合いが行われた。

 絶対参加の競技がある一方で、それぞれが好きな競技に参加することができる。


 走るのが苦手ならば玉入れ。

 ただ走りたくないというのなら大玉転がしや障害物競走がある。

 仲間と頑張りたいならムカデ競走や二人三脚。

 ガチンコ勝負をお望みならばリレーや徒競走。


 俺が望むのは白鳥との一対一の戦いだ。言い訳できない、正真正銘の実力勝負。


 リレーは他の生徒も参加してもバトンの受け渡しなんかで大きく勝敗が変わる。


 運動会の中では盛り上がる人気種目だけど、俺が求めているものではない。


 二十五メートル走は全員参加。

 しかし、五十メートル走は選択参加種目となっている。


 小学校の運動会といえば紅組と白組に別れて点数を競うルールが一般的だろう。

 それはうちも同じなんだけど、ただ紅白の分け方が通常通りじゃない。

 一学年四クラスあるから二クラスずつに分ければ済む話なのに、どうしてかクラスを二分割する。


 そこに何の意図があるのかは分からない。


 ただ一つ分かるのは、その独自のルールのおかげで俺は白鳥と勝負ができるということだ。


「今年こそは勝つ」


「今年も負けないように頑張るよ」


 俺と白鳥が五十メートル走に参加することが決まった。それと同時に俺が紅組、白鳥が白組であることも。

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