第1話『デッド・ワイズ・サーキット』2

 列車はクリシュラ渓谷に着き、孤児になったリュカは避難所で生活をした。

その後、間も無くして激化した戦争は銀河連邦軍による化学兵器の影響で地球の異常気象が再発し、銀河連邦軍は地球を去った。


 化学兵器の影響は凄まじく、再び作物が育ちにくい環境になったことで難民たちの生活は更に厳しくなった。


 そして、避難所では十分な物資が用意できないことから孤児たちは各地にある孤児院に送られた。

リュカも同様に孤児院に入れられることになった。

それからのリュカの生活は苦痛だった……。

クリシュラ渓谷は政府の管理が行き届いておらず、治安は最悪だ。

そして、入れられた孤児院では職員による虐待が日常茶飯事で、気が弱かったリュカは格好の標的になってしまった。

それは教員以外にも……。


 日差しが強く照りつける蒸し暑い室内。教員たちはエアコンが効いた部屋でのんびり過ごし、孤児たちは暑い部屋で三つ並んだ扇風機を奪い合っている。

リュカがこの最悪な孤児院に来てから一週間経とうとしていた。

「チッ……何で俺がこんなガキどもの面倒なんか」

職員の中肉中背の男、ブースは孤児たちに配られる給食の大きな温食缶を嫌味そうに眺めている。

蓋を開けるとトマトベースのスープが入っている。

ブースの後ろにはデスクチェアを倒し、机に足を乗せてガムを噛みながら座る赤髪の女院長、パロメが居る。

「あと一年したら移動だ。こんな所からはさっさとおさらばだ」

ブースは振り返ると大きなため息を吐く。

「最近は不景気なんで移動が無事に出来るかどうか……」

「問題を起こさなきゃ次期に出られる。じゃなきゃこんな安月給でたまったもんじゃねーよ。あーあ、イライラしてきた」

パロメは立ち上がると、机に置いてある警棒を持ち上げる。

「アイツをシメて気分転換するか」

「院長、あんまりやりすぎないでくださいよ。買い手が付かなくなる」

不機嫌そうに天井を見上げるとパロメは温食缶の方へ歩き、噛んでいたガムを中に吐き捨てる。

「お前、あんまり俺に大きい口叩くんじゃねぇよ」

ブースの首元に警棒を向ける。

「す、すみません……」

パロメは警棒を下ろすとドアに向かう。

「ガキどもに飯を配っとけよ」

そう言うとドアを開けて出て行く。

「チッ、何だってんだよ」

不満気な表情を浮かべるとブースは温食缶を台車に乗せる。


 部屋で汗をかきながらリュカはクレヨンで絵を描いていた。

絵には自分とリュウジ、そしてメグが笑顔で描かれ、仲良く手を繋いでいる。

「お兄ちゃん、お母さん……」

リュカは描いた絵を持ち上げると優しく抱きしめる。

「おい! お前クレヨン使ったんか?」

声に怯えるように驚きリュカが振り向くと、そこには体の大きな男の子が見下ろしており、両隣には人相が悪い二人の男の子がリュカを睨んでいる。

——ドンッ!

「きゃあ!」

怯えて戸惑うリュカを大きな男の子がいきなり突き飛ばす。

倒れ込むリュカから二人の男の子が無理やり絵を奪う。

「返して!」

絵を取り返そうとする手を大きな男の子が払いのけ、リュカの顔を殴る。

リュカはたまらず顔を押さえてうずくまる。

「ヒヒヒ……」

そんな光景を二人がニヤニヤと眺めている。

「お前が新入りのくせにクレヨン使うのが悪いんだ」

二人が大きな男の子に絵を渡すと不適な笑みを浮かべる。

「やめてぇ!」

——ビリビリビリッ!

絵を中央から破るとリュカに向かって投げ捨てる。

「クレヨンはお前にはもったいねーんだよ!」

リュカは破られた絵を見ると涙が溢れる。

「コイツ泣いてやがるぜ!」

「悔しかったらやり返してみろよ! 新入り」

リュカは只々ただただ蹲り、啜り泣く。

二人はリュカの背中を踏みつけて笑みをこぼす。

誰も助けてはくれない。

もう、耐えられない!

こんな生活嫌だ……。

リュカの脳内には立ち向かうという意志の選択肢は無い。

周囲の子供は一方的に攻撃されるリュカを冷たい目で見ていた。

——バシッ!

体の大きな男の子は肩を掴まれ、振り向くと、そこには薄汚れた痣あざだらけの腕がある。

そして、見上げると鬼のような形相の背が高い女の子の顔があった。

「おい! クレヨンが何だって?」

その途端にたじろぐ体の大きな男の子。

「いっいや……この新入りがクレヨンを」

二人の男の子はリュカを踏みつけるのを止める。

「クレヨンってお前のだっけ?」

「それは……」

——ドスッ!

鈍い打撃音が聞こえ、リュカが顔を上げると体の大きな男の子は腹を押さえて蹲っている。

その途端に二人の男の子は逃げるように部屋の端まで移動する。

女の子はリュカを見下ろすと歩み寄り、手を差し出す。

「立ちな」

リュカは手を取ると女の子が引っ張り立ち上がる。

「アンタ、そんなんじゃ舐められっぱなしだよ」

女の子の一言で俯く。

「これからどうするかはアンタ次第だけどな……」

そう言うと女の子は振り向き、歩き始める。

「おーい!」

テーブルに座りながら三人の男の子、おそらく自分と同じ日本人の女の子が手を振る。

背の高い女の子は四人が座るテーブルに向かうと座席に座る。

すると、頭にゴーグルを付けた黒人の男の子はリュカに向かって手招きをする。

「なあ君! こっちに来ないか?」

「えっ?」

黒人の男の子はリュカに向かって優しく微笑む。

恐る恐るリュカはテーブルに向かうと日本人の女の子が自分の隣の椅子を引き、ここに座るように誘導する。

リュカは椅子に座ると背の高い女の子を見る。

「あの、助けてくれてありがとう。えっと……」

「ライムだ。お前は?」

「リ、リュカ……」

日本人の女の子は目を丸くしてリュカの顔を見る。

「えっ! もしかして日本人?」

リュカがコクリと頷くと日本人の女の子は嬉しそうに微笑む。

「私の名前はマイカ! よろしくね!」

すると、ゴーグルを付けた男の子が続けて自己紹介をする。

「僕はバッカス! 将来有望のエンジニアさ!」

バッカスの自己紹介を聞き、ケタケタ笑う二人の男の子。

「おい! 笑うなよ!」

「わりぃ、ついな」

「将来も何も、まずはここから出ないとよ」

あからさまに不貞腐れるバッカスに対して空気を換えるために二人はリュカを見ると自己紹介を始める。

「俺の名前はデイヴ」

「俺はテリーだ」

デイヴはリュカの腕に付いている六芒星のペンダントが付いた白と赤のミサンガを見つめる。

「それって……」

リュカはミサンガを大事そうに見ると悲しそうに答える。

「お兄ちゃんがくれたの」

デイヴとテリーは羨ましそうにミサンガを見つめる。

「もしかして、その兄ちゃんってリビオンのパイロットなのか?」

テリーはキラキラした目でリュカを見る。

「う、うん」

ハイテンションなデイヴとテリーに戸惑うリュカを裏腹に二人は楽しそうに会話をしている。

「なぁ! お前の兄ちゃんって何番隊だったんだ?」

「九番隊……」

デイヴの質問に俯くとリュカはボソッと答えた。

「マジで! 九番隊ってあのエリート集団しか入れないやつだろ!」

「そんなエリートの妹が何でこんな場所に?」

リュカは兄を思い出すと、今にも泣きそうになる。

「ちょっと! 二人とも!」

マイカが叱りつけると二人は反省するように俯く。

「ごめんな……」

リュカは涙を拭くと首を横に振る。

「二人は悪くない……」

リュカの一言で更に重苦しい空気が漂う。

すると、ライムが立ち上がり、リュカの前に移動する。

「お前の気持ちは分かる。ここにいるヤツは皆、過去に何かしらの悲しみを背負っている。

じゃなかったら、こんなゴミ溜めにはいないだろ?

顔を上げろ、リュカ!

ここじゃ、弱いお前は格好のけ口になっちまう」

——グスッ……。

ライムは鼻を啜りながら泣くリュカの頭を掴み、無理やり上に向かせる。

まるで子犬のような瞳のリュカをライムは見つめる。

「さっきは、お前が他の奴らと違って目が腐ってない……つまり、この施設の中ではまともそうだったのと、何よりお前をいじめていたアイツらが気に食わないから助けてやったが、俺も善人じゃない。

この先、自分の利益にならないヤツは仲間にしない」

リュカは年もそこまで変わらないライムの圧で額から自然と冷や汗をかいていた。

「お前、もしここから出たら何すんだ?お前の頼りになる家族はもういない。

この先、何をしたいんだ?」

リュカは背後から大量の視線を感じる。

それだけ、この場所ではライムの力は強いのだ。

リュカは緊張と圧迫の中で重い口を開く。

「わ、わたし……」

リュカはライムの目を真っ直ぐ見つめる。

「お兄ちゃんのリビオンを治して、パイロットになりたい!そして、いつかワールドチャンピオンシップに出場する!」

リュカがこれからの人生の目標を言ったその瞬間、テーブルの四人はオルガナの顔を満面の笑みで見つめる。

「ほほう。パイロットか……」

ライムはリュカの顔から手を離すと、デイヴの方を見る。

リュカは緊張から解放されて、過呼吸になる。

「お前と一緒か」

すると、思い出したようにバッカスは不思議そうにリュカを見る。

「そういえば君、スクラップ工場で見ないけど、何歳?」

リュカは呼吸を整える。

「七歳……」

バッカスは残念そうに俯く。

「そうか……ちと幼すぎるな」

リュカの年齢を聞くと残念そうにテリーとマイカが俯く。

「兄貴がリビオンパイロットってことは、もしかして運転プログラムは受けているか?」

デイヴの問いかけに対してコクリとリュカは頷く。

「成績は?」

「一応、A+判定だったけど……」

「うひょー! だってよ。どうする?」

ライムに向かってデイヴはウィンクをすると舌打ちをしながら顔を逸らす。

「リュカ。飯の後、部屋で話そう」

テーブルにいた皆はライムの一言で一気に笑顔になる。

リュカは訳もわからずポカンとしている。

「これで俺らの仲間だな! よろしくな! ここで何か分からないことがあったら俺が教えてやる!」

バッカスはリュカの肩に腕を乗せる。

その光景を見ながらデイヴたちはクスクスと笑う。

「おい、何だよ!」

「いきなり先輩面か?」

デイヴの一言でバッカスは一気に顔を赤くすると、リュカの肩から手を降ろす。

——カンッ! カンッ! カンッ!

金属を叩く声が聴こえ、皆は一斉に音の方を見ると、煙草を吸いながらブースが温食缶を御玉おたまで叩いている。

「クソガキ共! 餌の時間だ!」

すると、ブースを見るなり、周囲の子供たちは萎縮し、リュカは怯えて涙を流す。

ライムはリュカの顔を見ると、ブースを睨みつける。

この糞野郎が……。

ライムが歯を食いしばるとリュカに手首を見せる。

そこには煙草を押し当てられた根性焼きの跡があった。

ライムはリュカの腕にも付けられた根性焼きを見る。

すると、テーブルに居る皆がリュカに腕に付けられた根性焼きを見せる。

「泣くな。 必ずアイツには皆んなで制裁を加えてやる。約束だ」

ライムはリュカに拳を突き出す。

リュカも拳を突き出してライムの拳と合わせる。

「約束な」

リュカはライムの勇ましい顔を見たら心が落ち着いていった。

「うん」

ライムたちはリュカが泣き止むのを確認すると立ち上がる。

「取りに行くぞ」


To Be Continued...


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