私の好きであなたを絆す

麝香連理

第1話 告げた私と逃げる彼

「ふわぁ……ねむーい。」

「川越さん、夜更かしでもしたの?」

 私があくびをすると、隣を歩く小菅さんに笑われた。六時限目の移動教室で仲良くなって、話せるくらいになれた子だ。クラス替えで初めて一緒になった子だからまだ親しいとは言えないけど、もっと仲良くなれそうな気がする。

「今日のテストのために、一年生の時の復習をちょっとね。」

「うわぁ、意識高ーい。」

「いやぁ、小テストがあるって事前に言われてたし、勉強は苦じゃないから。」

「そっかぁ、川越さん頭良いもんねぇー。」

 小菅さんが納得、といった表情で頷いた。

「違うよ。勉強してるから点数が高いんだよ。私、地頭はそこまでよくないよ。」

 私は自分の頭を人差し指でトントンと叩く。

「うへぇ、私は勉強嫌いだから平均点で良いやー。」

「ふふ、まぁそれで問題はないと思うよ。」

 そうして、他愛のない会話を続けながら教室に戻って帰りの準備をする。

「私は帰るけど、川越さんは?」

「私はやることがあるから。」

「そっか、クラス委員は大変だね。じゃあまた明日。」

「バイバイ。」

「バイバーイ。」

 小菅さんが帰ったことで、教室には私一人となった。

「えーと…プリントの貼り付けと、黒板の掃除か。ちゃっちゃと終わらせちゃおう。」

 先生に渡されたプリントを黒板に磁石でくっ付けて、黒板をなるべく綺麗にする。

「よっ、ほっ、……むぅ。届かない。」

 椅子を使おうかな。

 私が椅子を運ぼうとすると後ろから声がした。

「よぉ、精が出るな?」

「む、この声は……大野くんだね?」

「探偵ごっこをするな。あと、人を指で指すな。」

「ごめんごめん。」

 話しかけてきたのは大野龍樹。一年生の時から同じクラスの男子で私の友達。そして………

「届かないんだろ?やってやるよ。」

「え!?あ、ありがとう。」

「お前、小さいからなぁ~。」

「んな!?私は百六十二センチありますぅ!チビじゃないですぅ~!」

「別にチビとは言ってないが……まぁ、俺は百七十三センチだけどなぁ~?」

「くぅ!負けた!」

「なんの勝負だよ。」

 大野くんとはこうやって性別を気にせずに笑い合いながら話せる男友達だ。いやらしい視線もないし、フラットに話してくれるし、ノリも良い。最高の友達だ。だけど………


「よし、こんなもんか。どーよ!」

 大野くんがドヤ顔で黒板を見せてくる。

「そこ、まだ汚れてるよ。」

「……経年劣化だ!気にするな!」

 私が指摘すると、そこを一瞥して黒板消しを置いた。

「逃げたね。」

「何とでも言え、俺には効かないがな。」

 そんなものなどどこ吹く風、と言わんばかりに口笛を吹きながら帰りの支度を始めた。

 私も帰りの支度を始めるべく、自分の席に向かった。私の席は廊下側の一番後ろで、大野くんはその一個前だ。

 以前なら、後ろからいたずらしてやろうとか思えたのに。

 …………そういえば、今って私と大野くんの二人だけだ。………どうしよう、考えたら何だかドキドキしてきた。

 ダメ!ダメ!抑えないと…今でも十分幸せなのに、自分で壊そうとするなんて。お母さんが言ってた、一か八かよりも現状維持の方が良いって。

 ………でも、お父さんは停滞こそ悪手って言ってた。うぅ……ままよ!


「大野くん!」

「うお!?…急にどうした?そんなでかい声だして。腹でも減ったのか?」

「え?ち、違うよ!えっと……」

 どうしよう?どうしよう?勢いで声を出しちゃったけど、何も考えてない!

「?」

「う…うぅぅ……」

 見てるぅ……見られてるぅ………

「……ゆっくりで良いぞ。待っててやるから。」

「っ!……うん。」

 大野くん、やっぱり優しいな。私も自分に素直にならないと!

「じ、実は……私………大野くんが好きなの!」

「……え?」

「そ、そういうことだから!じゃあね!」

 私は帰りの支度を終えた鞄を抱えて、ダッシュで教室を飛び出す。

 やっちゃった、やっちゃった!返事も聞かずに飛び出しちゃった!でもあそこにいたら恥ずかしくて死にそうだったんだからしょうがない!





 あれから数日、返事はもらえてないけど、それよりも深刻なことがある。

 それは、そう……大野くんがどこかよそよそしい。私が話しかけても目線が明後日の方向を向いてるし、私の視界に入らないようにしている。前はよく遅くまで学校に残っていたのに、あの日からはチャイムが鳴った瞬間に帰宅をしている。

「どうすれば……」

 私の心の声が口から無意識に飛び出る。

 やっぱり、返事を聞かないで帰ったから、いたずらだと思われたのかなぁ?それとも好きって気持ちが迷惑だったのかも……

「あぁ………」

「大丈夫?さっきから顔突っ伏してぼやいてるけど。お昼食べる時間無くなるよ?」

 私の隣に座る小菅さんが昼食をたべながら聞いてくる。

「うーん、食欲無くてぇ。」

「何か悩み事?」

「う!?」

「あるんだねぇ。」

 隠せなかったか………

「……友達の本音が聞きたいんだよね。」

「おぉ言うんだ。んー、川越さんのことをどう思ってるか、みたいな?」

「そんな感じ。」

「簡単だよ。川越さんは可愛いから、敢えて怖~い顔で迫れば誰でもゲロるよ。」

「それ褒めてるの?」

「褒めてるよー。」

「ふぅ~ん。」

 ……やってみる価値はある…かな?





「来た………」

 目の前には靴を履き替えて一番に校舎から大野くんが出てきた。………今だ!

「大野くん!」

「うえ!?うお!?…か、川越…………」

「大野くん、今までの態度がどうしてか聞きに来たよ。」

 私は今、校舎の壁に大野くんの背中を付けさせるように、大野くんの胸ぐらと左手の袖を掴む。

「え?え、お前、早退したんじゃ……」

「軽いものよ、出席点の一つくらい。」

「な!?これのために早退したのか!?」

「当たり前でしょ?さぁ!」

「ぐ………」

 まただ。視線があっちこっちに飛び交ってる。それに、いつもの余裕綽々な態度がどっかいって、おどおどした感じになってる。

「ねぇ、どうしてなの!?」

「う…そ、れは………」

「言ってくれないと分から……」

 待って、大野くんの耳すごい赤い。もしかして、照れてる?もしかして、ワンちゃんある?押せば何とかなるのでは?

「………?」

「スゥーハァー……私は大野くんの事が好きだけど、大野くんは私の事好き?」

「え?……分から、ない。」

「分からないから付き合えないの?それとも、分からないから私の事避けるの?ちゃんと教えて。私だって嫌なことをさせたくないの。」

 大野くんは右手で口を隠しながらゆっくりと喋り始めた。いつも話していたトーンより少し低く。

「俺…好きって言われたことも、人を好きになったこともないんだ。だから傷つけちゃうかも。」

「そんな時は私が言うから。理由はそれだけ?」

 私がダメ押しの為に顔をズイッと近付ける。それにやって大野くんは右上に視線をずらしながら話す。

「俺は川越を彼氏として笑顔に出来る自信がない。」

「大丈夫。今までと同じで良いよ。学校外で二人になる時間が増えるだけだから。」

「………」

「ね?大野くんは深く考えすぎなんだよ。」

 私が優しく言いながら、左手で大野くんの顔を正面に向ける。

「う…ん……自分でも分かってるけど、不安なんだ。」

 すると今度は視線が下に行ってしまった。

 …こんなに弱気な大野くん初めて見た。いつものカッコ良さはないけど、この発言的に私の事をちゃんと考えてくれてるってことでいいのかな?

 それならすごい嬉しいかも。

「じゃあさ、お試し期間っていうのははどう?それで、嫌だったら友達に戻れば良いだけだよ。」

 私の発言を聞いて、顎に手を当て長考を始めた。

「………分かった。でも、学校では今まで通りの友達として接して欲しい…かな。」

「むぅ、しょうがないから良いけど、どうして?」

「………だって、恥ずかしいじゃん。」

 う!?その上目遣い……クリティカルだわ。

「わ、分かった。足止めしてゴメン。じゃあね。」

「…うん。また明日。」

 あ…数日だけど、大野くんの笑顔久しぶりに見た。

 …よし!頑張るのよ川越葉利菜!お試し期間中に大野くんを落として見せる!

 じゃなきゃ、私が泣く!

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