1レップ おはよう筋肉

山に籠り、いく程の時が経っただろうか



貧弱に痩せ細った体には肉が宿り

光を失った目は輝く


目前の焚き火と同じ様に心は揺らめき燃え立つ。



「待たせたな、因縁を終わらせようか」



夜の森から、人ならざる巨体が闇を裂き

炎に照らされ現れた



森の王者にして霊獣

この赤毛の熊は

3メートル程の巨体

1トンは優に超えるフィジカル有し

太く短い四肢に

巨木に跡を刻み込む巨大な鉤爪は

王者の風格を十全に醸し出す。


「初めて山に、籠っていた時

お前は現れた。

あの時は必死に逃げ回ったが

今の俺は力を付け、何度も貴様と闘い

何度も死線を潜り抜けた」


決着をつけよう

自然の主たるお前に勝てば

俺の山での闘争は終わりを迎える


「体に残る無数の傷跡は乗り越えた闘争の証

今日、果たし合い、終わらせよう」



出来る事ならば、ずっと闘いたかった

ナワバリを争い合い、宿敵と永遠に語り合いたい


「終わりがあるから美しく

そして、終わりがあるから進めるのだ」


巨大の熊は全てを察し、闘争の火蓋を静かに待つ



いや1人と一匹の間に産まれる蜜の空間

炎の焚べる音だけが聞こえてくる。


「倒れたキッカケなんであれ

それでも立ち上がる漢道!

やらねぇ理由なんて捨ててきた!

行くぞ!友よ!

努力と合わさり!進むと読む!

俺の名は努進どしん

努進とは俺の事よ!」


呼応する様に熊も吠える


両雄激突



努進は地面を蹴り込み

鋭くも重い一撃を熊に叩き込むが

怯みもせず、微動だにしない


当たり前だ、熊とは人間サイズの子供でも

軽トラックに轢かれようとも平気で走り去る

タフネスを持ちえる


ましてやこの熊は3メートル越えの歴戦の個体、赤子に撫でられているのと

変わりはしないのは必然



だが、それは殴った俺が鍛えていない場合の話だ。


鍛えていたとしたら話は変わってくる!!


全身全霊形態!マッスルフォーム


努進の筋肉が途端に膨張

この森に飛び込んできた時に着ていた

ボロボロになった服は見事に弾け飛ばす


ボロボロの過去を脱ぎ捨て

未来を形作る今を!

筋肉として!そこに誕生!解放させた!!



人と熊を分け隔てる強さとは何か?

骨格?鉤爪?牙?

否!否!!


その問いにあえて答えるとするならば

筋肉、そう筋肉に圧倒的な差があるのだ。


筋肉の質、筋肉量

それに絶対的な差がある



ならば人は素手で熊に勝てぬのか?


否!


その為に人は!筋トレを始めたのだ!

弱き己に打ち克つために!


昨日の自分を超える為に!


筋肉トレーニングとは人だけが持ち得る特色

なのだ。


この世に聞いた事があるか?

毎日、限界を超えるまで腕立てをする。

毎日、限界を超えるまで腹筋をする。

毎日、限界を超えるまで懸垂をする。

毎日、限界を超えるまで走り込む。



毎日、昨日の自分を追い越す。



強くなる為だけに。

毎日、毎日、毎朝、毎夜

継続して己を高め続ける動物など

人以外に居はしない



そう、努進は大自然を吸収しながら

人の性である継続を続け

決して筋トレを怠る事なく

生まれ変わったのだ。



熊をも凌ぐ筋肉に



肥大化した剛腕を熊の土手っ腹に突き刺す

文字通りにメリ込む拳


普通の熊なら、いや

普通の動物なら絶命必須のダメージ



だが、この熊の巨獣も

普通とは言い難い猛者


怯みはしたが倒れはせず

持ちうる鉤爪で相手を切り刻まんと

腕を振る


その攻撃を左ストレートで弾く

体勢を崩した熊に続く連撃で渾身の右ストレートを顔面に叩き込もうと一歩踏み出すが


直前に身を捩り、鉤爪の振り上げを寸前で回避する。


「今のは危なかった。一歩気付くのが遅れていたら俺は倒れていただろうな」


努進は今一度深呼吸を吐き

全霊を身体に込めた。


いつの間にか火は消え

そろそろ日が昇ろうとしている



決着の時だ。



両雄疾走!激突!!

両者は己のタフネス全てを賭けた

防御無しのドツキ合い!


皮膚は裂け、骨は折れ、血飛沫が飛び散る

魂のぶつかり合い


その激しさたるや、はるか古代の人物がこの決闘を見れば

必ずや壁画に残り神話へと語り継がれたであろう

だが、その劇的な闘争にも終わりが来る



日が登った。

朝日がこの結末を照らし

夜は終わりを告げる。


そして吹きつける風は

光に照らされた筋肉を祝福していた。





宿敵の肉を食いその身に魂を宿す

死した後共に行けるように己の肉体の糧とする。

弾け飛んだ服の代わりに友の毛皮を羽織る。


最後に血飛沫が残る戦った場所に骨を埋め

巨石を上に置いた。


「友よどうか安らかに」


巨石に指を突き立て、爪痕を残す

ここで起こった死闘を示すかの様に

爪痕は深く刻んだ。



もう、この山とはお別れだ。

無気力で何も持たぬ俺を自然の雄大さで

様々な試練をこの身にもたらしてくれた。


俺は筋肉と元に成長し

限界を何度も超えた


俺は静かに目を瞑り黙祷する



胸にある言葉は、ありがとう


そして、最後に、、日々を研鑽した友よ

生物の強さを感じさせ、教えてくれた友よ

、、、さよならだ。


「俺は次に進む!

果てなき死闘の果てに!この身朽ちるまで!

山よ!大地よ!そして友よ!!力を教えてくれてありがとう

次は力を振るう理由を探そう」


全力で息を吸い込み

ギリギリまで溜め込む。

そして咆哮をあげるありったけに


俺は!ここにいる!


己の存在証明をするために。

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