#4

 薄暗い茂みを駆け抜け、来たこともない世界の片隅を走る私達は、目的も無く走る野鼠のようなものだった。


 ズズズ……ッと音を立てて這う蛇や、闇夜に瞳を光らせる猫、嘲笑うように頭上を抜ける鳥達は、自力で動く私達おもちゃを視線で嬲る。


『ねぇオルカ!何処へ行くつもりなの?……もしかして、パパのところ?』


 サラサラと揺れる懐かしい金色の髪は汚れ、燻銀を曇らせたような後頭部を眺めながら、私は街の喧騒に負けないように声を張り上げた。


『パパは……もう……いない』

『えっ……?』


 予想だにもしなかった返答に思考を止めた私は、草むらを一歩出ただけで姿を変える街並みを見つめ、夜の暗闇に煩く映える街灯が照らす通りの真ん中で足を止める。


『今、なんて?』


 初めて間近で見た外の世界は残酷なまでに煌びやかで、ショーウィンドウから漏れる明かりも、行き交う人の弾む声も、色とりどりの煉瓦で仕上がった車道すらも──その全てが理解に苦しむ私を簓笑う。


『パパはもういない。死んじゃったんだ……』


 耳に届くか届かないか……それほどまでに思い詰めた感情に押されたオルカの声は震え、今にも堰を切りそうな言葉達を必死に飲み込む彼の口からギリリ……ッと歯の擦れる音が鳴った。


『僕を直したパパは、翌朝工房の裏庭で……操り人形僕らみたいに紐で首を括ってしまった』


 飲み下した棘を吐き出すように痛々しい事実の全てに顔を歪めた彼は、眉間に皺を寄せて首を振ってみせる。


『もう僕らに帰る場所はない……でも、少なくともあそこは僕らの居場所じゃない』


 唇を噛み締めながら私をまっすぐ見つめる彼の力強い視線に射抜かれ、私は空気が抜けるように『嘘……』と息を吐き出すと、力無くその場にへたり込んだ。


『パパが死んじゃったなんて嘘でしょ……ねぇ、嘘だって言ってよ……ねぇ……お願いオルカ……』

『カフカ……』

『なんで皆、私だけを置いていくの……どれだけ私が心細かったかなんて知らないくせに……大切に仕立ててくれたパパと離れて、ずっと一緒って言ったオルカも居ない間、私がどれほど心細かったかなんて分からないでしょ……』


 気力に溺れて腰の立たない私は手足を投げ出して悲しみを舌に乗せると、次から次へと心の奥底に沈めた言葉達がつらつらと口をついて出る。


 本当はこんな事を彼にぶつけたところで何も変わりはしないとわかっているのに、苦く刺々しい感情がこんこんと溢れ出しては重くその場に影を落とす。


『……辛い思いをさせてごめん』


 私が無神経に放った刃を飲み干してしゃがんだオルカは、パパの死を間近で見ながらも救えなかった無念さを噛み締めるように私を抱き締めた。


 

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