2-2

「そういえば、さ……」

 御調と和花は運よく最後の空席に座ることができた。それぞれが昼食を注文し、それの到着を待っている間に一瞬だけ会話が途切れた。

 なにかを話さないと、とそんなことを考える御調の目の前で、和花が先に口を開いた。

「……あの、ね……私の気持ちって、いつ頃から気づいてた……?」

 和花の頬が僅かに赤くなっているのは空気の冷たさが原因ではないだろう。視線を逸らし、それでもチラチラと御調の様子を窺ってくる。

「それは……中学の頃から」

「――っ! うぅ……」

 和花の言う『私の気持ち』とは、和花が真宙に対して抱く気持ちだ。

 御調が自分で口にした通り、御調は和花の気持ちを中学時代から、いや、おそらくはきっと、初期の初期から気づいていた。

 特別それについてなにかを言うことはなかったが、真宙と桜良が恋人同士になったときは、二人のいないところで御調が和花を慰めたことがある。そのときから和花の気持ちは御調と和花の間で暗黙の了解となっていた。

「わたしって、そんなにわかりやすかった……?」

「んー、いや、そんなことはないと思う。現に真宙はまったく気づいてない。桜良はどうだろうな。気づいていたような、いないような」

 そうは口にしたものの、桜良から和花の気持ちについてなにかを問われたことはなかった。気づいていてあえてなにも言わなかったということも考えられるが、それでも御調から見た感じでは、桜良も同様に気づいてはいなかったのではないかと思う。

「じゃあなんで、飯塚くんは気づいたの?」

 何気ない和花の問いかけに心臓が跳ねた。しかしポーカーフェイスを貫いて、

「……たまたまだって」

「ふぅん? そうなの?」

「おう」

 そう言うと和花もそれ以上は追及してこなかった。

 しかし代わりに。

「飯塚くんはさ、好きな女子とかいないの?」

 たまたま手に取っていた水の入ったグラスを、危うく倒しかける。

 自分でもわかりやすいくらいに身体が硬直したのがわかる。そしてそれは、対面に座っている和花にも伝わったようだ。

「その反応は……。……誰?」

 普段はあまりみせない意地悪な笑みを浮かべながら和花が問う。御調は手にしていたグラスから水を喉に流し込み、あくまでも、表面上は冷静さを保ったまま言う。

「……いねぇよ」

「私の知ってる人かなぁ?」

 が、御調渾身の芝居は簡単にスルーされてしまう。

「話聞いてる?」

「聞いてるよ。でもあれは好きな人がいる反応だと思うんだよなぁ」

「考えすぎだって」

「こういうときの女の感って、割と当たるんだよ?」

「こえーよ、女の感」

 そんなことを言って笑いあうと昼食が運ばれてきた。

 タイミングが良かったのか、それとも和花もこれ以上は話を広げないようにするつもりだったのか、彼女の口からそれ以上の追及が来ることはなかった。

 それからはお互いに恋愛に関する話を口にすることはなく、他愛もない雑談をしながら食事を楽しむ。そして最後に和花が食べ終わり、食後の休憩も兼ねて店内で時間を潰しながら話をしていると、和花の話がおかしなところで途切れた。

 急にどうしたのかと思って彼女の顔をよくみると、なにやら視線が外へと向けられている。御調もその視線を何気なく追った。

「……っ」

 視線の先、道路を挟んだ向かい側に真宙と、そして桜良の妹である秋那の姿が見えた。お世辞にも楽しそう(にしているのは真宙だけだが)には見えないが、クリスマスの街中を二人は並んで歩いている。

 真宙はともかく、秋那にそのつもりがないであろうことはなんとなくわかる。しかし例えそうであったとしても、その光景を見てしまった和花の心中は穏やかではないはずだ。

(真宙……)

 雑踏の中に消えていく二人の後ろ姿を見ながら、テーブルの下で御調は拳を握った。

 どうすることもできない。なにかをしてやれることもできない。

 ……いや、本当にそうか。本当に、自分にできることは何一つないのか。小さいことでいい。本当に小さなことでいいのだ。

「…………。……っ。――すんません!」

 御調はたまたま近くを通りかかった店員を呼び止める。その突然の声に和花も視線を外から御調へと向けた。

「すんません、これ一つ」

 と、御調はメニュー表を手に取り、その表紙にデカデカとプリントされているクリスマス限定のスペシャルパフェを注文した。

 店員が笑顔でオーダーを受けて去ると、

「……どうしたの、急に。大丈夫?」

和花がメニュー表から視線を戻し問う。それもそのはずで、クリスマス限定のスペシャルパフェは、通常のパフェの三倍のボリュームがあるらしい。人生において片手の指で数えてもおつりが来るくらいしかパフェなんて食べたことがない御調は、とっさのことだったとはいえ少し後悔した。

だが今更取り消しはできないし、そんなかっこ悪いことできない。

「……俺、こう見て甘いもの結構好きなんだ」

「嘘」

「それも女の感か?」

「ううん。今まで一緒にいて、飯塚くんが甘いもの食べてるところなんてほとんど見たことないから。嫌いじゃないにしても、特別好きでもないでしょ?」

 さすが中学時代からの付き合いだ。真宙や桜良はもちろん、和花も御調のことをよく知っている。

「知られざる一面だろ?」

 だから強がってそんなことを言っても、きっと和花にはバレている。それどころか、なんで急にスペシャルパフェを注文したのか、その理由もきっと……。

「……ごめん、ありがとう、飯塚くん」

「なにがだよ。俺はスペシャルパフェ食べたかったんだよ」

 そして、運ばれてきたクリスマス限定のスペシャルパフェは、御調の想像の三倍は大きく、三倍甘く、三倍辛かった。

 結局は食べきれず、半分近くを和花に手伝ってもらって完食した。

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