2-1

「せっかくのクリスマスなんだから、デートの一つでもしてきたらどう?」

 冬休みの初日。登校がなくて昼近くまで眠っていた御調は、起きるなり母親にそんなことを言われた。それに対して「うるせ」と一言返してから、御調は身支度を整えて家を出た。

 特に用事があったわけじゃない。もちろん彼女なんていなければデートの予定もない。母親にそんなことを言われて、ただ見栄を張って外出してみたに過ぎない。

 当てもなく冬の街中を歩く。

 どこの学校も大体が今日から冬休みに入ったのだろう。そしてクリスマス当日ということもあり、すれ違うのは同年代のカップルばかりだ。そんな彼ら彼女らを横目に、心の中で溜息をついて空を見上げた。

 視線の先には青く澄んだ空が広がっている。これでもしも曇天模様だったのなら、夜には雪が降ってホワイトクリスマスということになり、イベントに拍車をかけることになっていたに違いないが、どうやらその心配はしなくてもよさそうであった。

(ザマーミロ……)

 なんて、すれ違ったカップルに念を送ってみたが、どう考えても自分の負け惜しみで逆に悲しくなるだけだった。

(……彼女、なぁ)

 母親の言葉が脳裏を掠めた。当人はもちろん冗談で言ったつもりだったのだろうが、年頃の男子高校生の心にはそれなりのダメージを与えていた。

 恋人がいたらこんな日に昼近くまで眠らず、朝から待ち合わせして夜まで一緒に過ごしたに違いない。

 そしてそれは、とても楽しいだろう、嬉しいだろう、愛おしいであろう。生まれてから今まで彼女なんていたことはないが、きっとそうに違いないと御調は確信している。それはひとえに、自分の近くにそういう人間がいたからだ。

(……真宙……桜良……)

 あんなことにならなければ、きっと昨日も今日も二人は御調が羨むほどにベタベタイチャイチャして過ごしていたことだろう。だがそれはもう二度と叶わない。そんな未来は訪れない。

 友人の顔が頭に浮かぶ。

(……あいつ、なにして過ごしてんのかな)

 そして同時に、一人の少女の顔も浮かんだ。

(古賀……誘えたのかな、真宙のこと……)

 昨日の別れ際、そんなことを和花には言ったが、その後、彼女がどうしたのかはわからない。誘うとも誘わないとも明確な答えは返ってこなかったからだ。

 もしもあの後、和花が真宙のことを誘えていて、真宙がそれに応じたのなら、もしかしたら今の状況が変わるきっかけになるかもしれない。それは御調にとっても喜ばしいことではある。だが、正直に言って心から嬉しいとは思えない。

 真宙のことも、和花のことも心配だ。だが自分の気持ちはどっちつかずで、どちらが本当の自分の気持ちなのか自分でも答えが出せなかった。

「……はぁ」

 今度は心ではなく口から溜息が出た。

 自分はどうしたらいい、どうするべきか、なにが出来るのか、なにが正解なのか。

 結局わからないまま、

「はぁ……」

 と、クリスマスには似つかわしくない辛気臭い二度目の溜息が出た……そのときだ。

「飯塚くん? どうしたの?」

 伏せていた顔を上げると、そこには私服姿の和花が立っていて。心配そうに御調のことを見上げていた。

「古賀? なんで……?」

 ちょうど彼女のことについても考えていたので、その本人が目の前にいて驚いた。

 御調の質問に和花が手に持っていたエコバックを掲げ、

「ちょっと家の物の買い出しに。飯塚くんは? なにか溜息ついてたみたいだけど」

「俺は……」

 まさか目の前にいる当人のこと(真宙のこともだが)を考えていたとは言えず、

「……あー、ちょっと散歩。親がさ『クリスマスくらい彼女と出かけてこい』とか言うから。うるせーと思って。いねぇーっつうのな。はは」

 誤魔化すためのとはいえ、そんなことを自分の口から言うのは少し悲しい。だが和花もそれを御調の冗談だと受け取ってくれたのか、御調の言葉に対して笑顔を見せてくれた。

 直前まで心配していた手前、こんな冗談に対しても笑顔を見せてくれたことが嬉しかった。それに笑顔を見せてくれるということは、もしかしたらあの後、真宙とちゃんと話が出来て上手くいったのではないだろうか。

 今は家の用事でも、午後から合流したりするのかもしれない。

「あー、古賀。真宙とは連絡とれたか?」

 そう思った御調は特になにかを気にすることもなくそんなことを問う。

 しかし真宙の名前を聞いた途端、和花の表情が暗くなる。

「ああ、うん。連絡は、してみたけど……。でも、予定あるから、って……断られちゃった……」

(……なにしてんだ、俺はっ。バカかっ!)

 顔を伏せたその姿が、昨日の別れ際、ファミレスの前で見た彼女の姿と重なった。あのときは自分のことを腑抜けだと思ったが、今は大馬鹿野郎だと心底思う。

 真宙の言っていた予定なんて確認するまでもなく想像がつく。真宙は今、秋那のことをいなくなった桜良だと思って接している。真宙にとっては、三か月前にいなくなってしまった桜良が突然目の前に現れたのだ。それもクリスマスイヴの日に。真宙はそれを奇跡だと感じたかもしれない。そんな奇跡、今の真宙が手放すわけがない。出来る限り一緒の時間を過ごそうとするはずだ。

 そんなこと、少し考えればわかる。それなのに。

(昨日は俺も誘ってみろとか、今もどうだったかなんて訊いて……本当に……)

 ただただ和花を傷つけただけだ。

「あ、えっと、でもね? 悲しい顔して過ごすくらいなら、とりあえずは良かったかなって思うんだ」

(傷ついた本人に気まで遣わせて……)

「だから……」

「――古賀。今暇か? あ、いや、家の買い物の途中だっけか」

「え? ああ、うん。そうだけど、買い物は終わったし、食品とかじゃないからすぐに帰ったりしなくても平気だけど」

「そっか。……な、ならさ……ちょうど昼時だし、昼飯でも一緒にどうだ?」

 こんなことで罪滅ぼしが出来るとは、御調ももちろん思っていない。しかし傷つけてしまったのにこのまま放っておくことも、あんな悲しい顔をさせておくことも、御調には出来ない。

 ……それに――。

「ごはん? うん、いいよ。あ、ちょっとお母さんには連絡入れさせて」

「お、おう」

 そう言うと和花はスマホを取り出して母親にメッセージを打ち始めた。

 以外にもあっさり誘えたことに驚きと安堵を感じつつ、御調はそう様子を見つめる。

「……よし、じゃあいこっか。どこか行きたいところとかあるの?」

「……あ」

 そう問われ、思う。

 突発的なことだったためにプランなんてなにも考えていない。それどころか今日はクリスマス。しかもその昼時。飲食店はどこも満席に近いだろう。予約すらしていないのに果たして食事をすることが出来る店があるだろうか。

「……あぁ…………ごめん、ファミレスでいいか?」

 自分から誘っておいて和花を待たせるわけにはいかないし、これから食べられる店を一軒一軒調べている時間もない。正直、ファミレスも空いているかどうかは不安だが、クリスマスに男女がデートで(これがデートなのかは差し置いて)行くような店よりは可能性があるはずだ。

「うん、いいよ。ここからだと、昨日のお店が一番近いかな?」

「そうだな。とりあえず行ってみよう。……なんかごめんな」

「ええ? なんで?」

 御調の謝罪に和花は笑顔を見せてくれた。それだけで少しだけ救われた気分になる。

「それじゃ、行こ」

 和花が歩き出し、御調もそれに続いて歩き出した。

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