第8話(3/3)「王子はつらいよ」
「お聞き下さいませ。オフィール殿下」
行動的なこの第二王子にクラウディウスと距離を取って頂きたかったテルマは、
「あなたはいずれ聖女様と御結婚なされるでしょう」
「……ふん。それがどうした」
「ですが。今はまだわたくしが――わたくしだけがあなた様の婚約者なのですよ」
「…………」とオフィールが目を見張る。
それは事実でオフィールも当然、知っていた。今更の話だが――オフィールが驚くのも無理は無かった。
王家に次ぐ最高位である公爵家の令嬢テルマェイチ・アムレートは、この半年前にクラウディウスの存在を知ったその七年も前からオフィール第二王子殿下の婚約者であった。しかし「婚約者」だ。結婚に至る事は無い婚約者止まりの婚約者だった。
事情の分からない諸外国からの目や実際に送り込まれそうにもなっていた見合った年頃の令嬢方を回避する為の「婚約者」だ。事実上、聖女様との結婚が決まっている立場の第二王子に形ばかりの――だが、だからこそしっかりとした家柄の更に言えばこの婚約の意味をきちんと理解する事が出来る、当時まだ八歳ながらに聡明な令嬢としてテルマェイチ・アムレートは選ばれたのだった。
そんなテルマが、
「自分の前で他の女性を構わないで」
みたいな事を言うなんて。あのテルマェイチ・アムレートが。
幼き日の婚約から七年半――。
少なくともオフィールが覚えている限りでは……そんな事はこれまで一度もありはしなかった。いや。このような状況が無かっただけなのだろうか。
思えばテルマェイチの前で他の女性に触れた事など一度も無かったかもしれない。そんな事が出来る機会も多かったわけではなかったが……。
なるほど。クラウディウスを聖女候補などではなくて普通の女性だと考えてみれば「婚約者」の立場からあのような事も言って当然、むしろ言うべきなのかもしれないがクラウディウスは聖女候補だ。オフィールは知っていた。オフィールが知っている程度の事を聡明なテルマェイチが知らないはずがなかった。彼女はクラウディウスの「姉」でもあるのだ。彼女は全てを分かっていながら「聖女候補」を前にしてそれと張り合うが如くの発言をしたのだ。
そもそも。先の「聖女候補」という存在自体を否定するかのような発言もまさか、
「嫉妬……なのか?」
ぼそりとオフィールは口の中で呟いた。
鮮やかなスカイブルーの瞳をちらりと一瞬だけテルマに向けてから、オフィールはすぐにぷいっと今度は顔ごと反対の方に向いてしまった。「婚約者」のそんな仕草には気が付きながらもテルマは「?」とその意味にまでは気が付いていなかった。
「――ふん」と第二王子は鼻を鳴らした。心なしか先程までの「ふん」よりも幾らか軽い音に聞こえた。
「クラウディウス・アムレート」
「は、はいっ」と急に名前を呼ばれたクラウディウスは怯えるように返事した。
それには構わず、
「俺は勘違いしていたようだ」
オフィールは自分の言いたい事を言う。
「え。あの、ええと」
「精々『頑張って』姉と同じクラスになると良い」
言いたい事だけを言ってオフィールはクラウディウスに背を向けた――その際に、スカイブルーの瞳がちらりとテルマの方には動かされたがその真ん中にテルマェイチの姿を映すまでには至らなかった。
「あ……。はいっ。ありがとうございますっ。がんばりますっ」
クラウディウスは遠ざかっていくオフィールの背中に向かって深々と頭を下げる。
ずっとそばに控えていた侍従の男性が立ち止まって、振り返り、クラウディウスに頭を下げ返してくれたが当のオフィールは前を向いたまま、片手を軽く掲げてみせるような事もしなかった。
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