公爵家が養子に迎えた聖女候補が実は男の娘だったなんて(以下略

春待ち木陰

第1話(1/3)「お姉さまとお呼びなさい。あなたはわたくしの妹――ですのよね?」

 

 春の長期休暇、その最終日。学院の再開を明日に控えた夜の風呂場にて、テルマはひとつの素晴らしき思い付きを実現させようとしていた。


「まだかしら。もうすぐかしら」


 広い湯船の真ん中で胸まで浸かりながら待ち遠しげに呟いていたテルマの耳に、


「テルマさまぁ~……」


 おどおどとした声がようやく届けられた。テルマは、


「来ましたわねッ」


 と立ち上がりかけて「おっと」と気を取り直す。んんッと咳払いをひとつして、


「『テルマさま』ではありません」


 いかにも威厳ありげに偉そうに、落ち着き払っているかにみえる態度を装いながら湯けむりに浮かぶ人影に声を掛ける。


「わたくしの事は『お姉さま』とお呼びなさいといつも言っているでしょう」


「ですが……わたしは親も無い孤児で。テルマさまは公爵家のご令嬢で」


「出自など関係ありません。胸をお張りなさい。わたくしが公爵家の令嬢ならば今のあなたもまた公爵家の令嬢です」


「テルマさま……」


 吐息まじりの呟きはまるで小動物の鳴き声のようで、テルマの庇護欲というか母性のようなものがおおいに刺激されてしまう。くぅ~……ッ。


 この控えめが過ぎる、いつまで経っても懐き切ってはくれない少女との親睦をより深める為にテルマは「公爵家の娘として恥ずかしくないように入学前に磨き上げる」だの「姉として学院の先輩として秘密の心得を伝授する」などと適当な理由を取って付けて強引に、半ば無理矢理に彼女と二人きりでの入浴を提案したのだった。


「『お姉さま』とお呼びなさい」


 口調で威厳は保ちながらもテルマの声色は柔らかかった。


「……はい。お姉さま」


 と呼ばれて緩みかかる頬に力を込めながらテルマは、


「いつでそうしているつもり? 早くいらっしゃい。風邪を引いてしまうわよ」


 微妙な距離で立ち止まっていたまま動かない人影に近くに来るよう促す。


「はい……」


 真っ白で分厚い湯けむりから浮き出るようにゆっくりとその姿を現した長い金髪の少女は、平らな胸元を細い腕でもって申し訳程度に隠しつつもタオルやらを腰に巻いたりはしていなかった。生まれたままの姿だ。


 湯船の中で待つテルマも当然、同じ姿だ。――この国の人間の髪の色は黒、栗毛、金、赤、銀、白と様々であったが血の繋がっていない「姉妹」であるテルマとクラウディウスの髪色が同じ「金色」であった事は恐らく幸せな偶然であった。



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