【不定期更新】14日間の恋人

なごみ游

第1話 降って湧いた災難。


くそったれ!!!!!!


と大声で叫んでベッドに倒れこんだ。

何なら電話を壁にでも投げつけたかった。が、寸でのところで我慢した。投げて壁に穴でも開こうものなら困るのは他でもない自分だからだ。修理代なんて、いくらになるかわからない。スマホだって割れたり故障したりしたら……と考えて、思わず頭を振る。

パイル加工の枕カバーはちょっと色褪せて、化粧も落とさずに顔を突っ伏しているものだから、きっと酷いことになるだろう。

ぐずぐずと涙が出る。

もう何が悔しいのか、何に怒っているのか、自分でもさっぱりわからない。


わかっているのは、来週、クソガキ(たぶん)が1人やってくることだけ。


そうでなくても今日は散々だった。

家を出れば近所の犬に吠えられ、歩いてれば水溜まりを通り過ぎた車に水をかけられ、銀行に行けば残高不足、慌てて別口座からお金を移して出てみれば、バッタリ会った昔の会社の同僚はオシャレな女性を連れて幸せそうに笑って、帰ってみれば不幸ごとでしか会わないような遠い親戚から電話がかかり、


「来週ね、うちの親戚の子が日本に来るのよ。アンタどうせ仕事もしてなくて暇だし、部屋は余ってるんだからちょっと預かってあげてくれない? 大丈夫大丈夫、日本語はペラペラだから。向こうに住所は教えてあるのよ、じゃあよろしくね!」


と。

確かに仕事はしてないさ。

部屋だって余ってる。だって一軒家に独り暮らしなんだから。

うちにいるのはハムスター2匹と自分だけ。

土地持ち、家持ち、仕事なし。

人生絶望しかない中で、急に親戚の子を預かれってどういうことなの。


ずびっと鼻をすすって、磯崎蓮花はどこへぶつけていいのかわからない怒りを振り払うかのように、頭を振った。

目が腫れぼったくて痛い。


「顔…洗お…」


長い独り暮らしのせいで、独りごとが多いのは自覚している。

カラカラと回し車が鳴るのを聞きながら、洗面所まで移動する。


変わり映えのしない一軒家は、まごうことなき実家だ。

木造の築40年。親の趣味全開で建てたこの家で育って、今年で37。

親の介護で離職して、その親も見送って、もう2年。

すでにニートという称号すら使えない年齢で、彼氏ナシ、旦那はもちろんナシ、結婚歴ナシのなーんもなし。

自分のためだけに頑張れずサボってばかりの家事のせいで、家の中はどこもぐちゃぐちゃのモノだらけで、時々、いっそ火事にでもなって全部なくなればいいのに…と黒いものをまき散らしてしまう。


バシャバシャと水で顔を洗うと、ほんの少しだけスッキリした。

台所で冷蔵庫をあけてキャベツとニンジンを手に取り、小さく切って、愛しい我が子のハムスター達の様子を見る。1匹はふわふわオレンジ色の毛がツヤツヤしたキンクマハムスターの杏さん、もう1匹は黒い縦じまがカッコイイまんまるころころなジャンガリアンハムスターの銀ちゃん。

愛しい2人にそれぞれ晩御飯を手渡ししつつ、もう1度、電話の内容を思い出してみた。


来週から、クソガキ(たぶん)が1人やってくる。

住所はもう知らせてあるらしい。(勝手だな…)

そして???


日本語は、ペラペラだから。


そうだ。

確かにそう言った。

日本語はペラペラだから大丈夫だか、問題ないだか。


「つまり…? あの、外国の人なの????」


そういえば、何歳なのかも聞いてない。

それどころか、性別も聞いてないし、いつまで居るのかも聞いてない。

駅まで迎えに行かなくていいのか、そもそも何時にうちに来るのよ???

ハムスターの水入れの水を継ぎ足しながら、呆然とした。

なにしろ今日は金曜日。来週の月曜日にやってくるなら、2日でこの惨状を片付けなければいけない。


今日は、厄日だ…。

人生は世知辛く、災難は急に降って湧く。


「なんであたしばっかりいいいいいいいいいいい!!!!」


蓮花の叫び声に、当然ながらハムスター達は我関せず、シャクシャクと良い音をさせてキャベツを食べて幸せそうにしていた。

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