第5話 【雑談枠】初めて友達ができた!※しかも可愛い
「
晩ご飯の時間、お母さんが鋭い視線で私の手元を見ていた。
私は昔から、箸の使い方が下手くそだった。握ってフォークみたいに使うようにしたら上手く食べられるようになったんだけど、お母さんにはよく注意される。
「注意されたときに、うーって唸るのもやめなさい」
意識せずに出ていたんだろう。心なしか、奥歯が痛い気がする。注意されながら食べるご飯は、さっぱり味がしなかった。
「聞いてよお母さん、お姉ちゃんってば今日帰る約束してたのに、すっぽかして帰っちゃったんだよ?」
そこで、
お母さんは布巾で手を拭いてから、箸を音もなく箸置きに置いた。
「佐凪、約束はしっかり守らなくちゃでしょう? 緊急のときは、せめて連絡しないと、相手にも迷惑がかかるのよ」
「あー、でも。それがさ、お姉ちゃん、新しい友達が出来たんだって。ね」
胡桃が私に目配せをしてくる。私が頷くと、お母さんは「そうなの」と抑揚のない声で言った。
「ようやくお姉ちゃんにも友達ができてよかったよねー。中高通じてぼっちはさすがにヤバいもん」
ふと、みかんさんの顔を思い浮かべる。勝手に友達ってことになってるけど、友達、でいいのかな? 今日、ちょっと喋っただけなのに。
「ご、ごちそうさま」
「待ちなさい佐凪」
私が皿を持って席を立つと、お母さんが刺すように私の名前を呼んだ。
「ご飯粒は残さず食べなさい。自分で盛らせたでしょう? 自分で食べられる量だけ盛りなさい。それから、魚ももう少し綺麗に食べなさい。お行儀が悪いわよ」
席に座ったままのお母さんが、私を睨む。その眼光を前に、私はいつも身動きが取れなくなる。
「あ、お姉ちゃん。わたしが食べよっか? ほっけ好きなんだー」
「ううん、食べる」
私はもう一度、席に座ってご飯粒を拾った。それから魚も、皮ごと平らげて見せた。
「ごちそうさま!」
「……お粗末様」
お母さんは納得していない様子だったけど、もうそれ以上私を引き留めることはなかった。
私は急いで二階にあがる。パソコンを立ち上げていると、部屋のドアがノックされた。
「わ、もう準備してる」
「今日は、ちょっと、雑談枠、立ててみる」
そう言うと、胡桃はバンザイのようなポーズのまま固まって、それから「ええー!?」と叫んだ。
「う、うそ。お姉ちゃんが、雑談枠……!? な、なんか今日のお姉ちゃん変だよ!? さっきだって、お母さんに反抗するみたいに魚食べてたし」
「み、見てもらうかなって」
「なにそれ?」
「ゆ、許してもらうんじゃなくて、見て、もらうために、配信しようかなって」
「お、おおー」
胡桃は変な声を出してから部屋を飛び出していった。それからすぐに、配信用の端子を持ってくる。
「はい、お姉ちゃん。これ、もうお姉ちゃんの部屋に置いておけば?」
「でも、そしたらお母さんに、なにこれって言われちゃいそうだし」
「んー、まぁそっか。お母さん、配信とかには疎いからなぁ」
「胡桃の部屋に置いておけば、見つかる心配もないから」
「まあね、勝手に部屋入ったら親子の縁切るからってお母さんには言ってあるし」
胡桃はそう言いながら、またいつものように配信の準備をしてくれた。
「どういう風の吹き回し? もしかして、新しくできた友達のせい?」
「え」
「初めてだもん。お姉ちゃんが自分から、新しいことに挑戦しようとするのって」
胡桃はどこか嬉しそうだった。
「まぁいいや。雑談枠するんだったらさ、サイトから背景のフリー素材引っ張ってこなきゃね。BGMはフォルダに入ってるから……もう流しちゃおっか。モデルはいつもよりちょっと拡大して、うん、これでよし」
「あ、ありがとう」
「ここのボタンで出力替えられるから、困ったらゲーム画面に替えちゃいな」
「う、うん」
「まずは練習のつもりでいいよ。最初から完璧にやろうとしなくていいから」
胡桃は準備を終えると、そそくさと部屋を出て行った。
「よ、よし」
やるぞ。
心臓の音が、壁掛け時計の針が動く音よりも大きく聞こえる。
配信開始のボタンを押す。私の画面では、どう配信が映っているかが確認できないので、うまく音が出てくれていることを願うばかりだ。
「えっと、今日は、ざ、雑談枠、を、立ててみました」
必死に言葉を紡ぐ。冷や汗が背中を伝って、喉の奥がきゅーっと締め付けられた。
えーっと。
「こ、こんあめ~」
口にした瞬間、かーっと顔が熱くなる。
そもそもこの挨拶は胡桃が考えて、最初は私も使っていたんだけど、途中から恥ずかしくて使わなくなったんだ。
「へ、へへ」
間を繋ぐ愛想笑いも、一瞬で溶けていく。
ど、どうしよう……もう喋ることがない。
みかんさんも、まだ来てないし。
――チャット――
茶太郎:こんばんわ、初コメです。もしかしていつもギアテニやってる方ですか?
あっ、こ、コメントだ。
しかも、初めての人。みかんさん以外からコメントを貰うのなんて、いつぶりだろう。
ギアテニというのは、私がいつもやっているゲームの略称だ。この人、ギアテニのことも知ってくれてる……。
――チャット――
茶太郎:初めて声聞きましたw 喋るんですね
「あ、は、はい。えっと、いつもはギアテニやってて、集中しててあんまり喋れていないんですけど、今日は雑談、ということで、頑張って喋ります」
頑張って喋るのは、雑談じゃないか。必死談? また、頭の中がごちゃごちゃし始める。
「あ、そういえばギアテニ、知って、るんですね。いいですよね、私、ギアーズシリーズ大好きで、アニメも何回も見ました。ギアテニでは、作中語られなかった話とか、キャラが生きてた世界戦のIFストーリーとかあるじゃないですか、それがすごく好きで、何回見ても、泣いちゃって」
私の会話の引き出しにあるのは、ギアテニのことだけだ。このゲームに関してなら、何時間でも喋ってられる自信がある。さっき胡桃も言ってくれた通り、これは練習だから、とりあえずこれで間を繋ごう……!
「ゲーム内でしか使われてないBGMもあって、サントラにも入ってないから、それ聞くためにゲームを起動することもあります。でも、ラスボス戦でしか流れないし、どうせそこまでいくなら、最初からやろうかなって。そこまでのプロセスも含めて、泣ける曲なので。あとやっぱり、昔ながらのセンスって言うんでしょうか。何年経っても色あせない世界観が、すごく素敵で」
でも、いいのかな。
これじゃあ、私が配信で時々話すことと対して変わらない。
『だって雨白さん、ゲームシステムの話とか、シナリオについての考察はしてくれるけど、自分の話してくれないんだもん!』
ふと、今日のみかんさんとの会話を思い出した。
そ、そっか。もっと、自分のこと。
「って、えっと、もっと、私のこと話します。あの、私、ぼっちで、実は、小学生のときからずっと友達がいなかったんです」
――チャット――
茶太郎:同じくw
「あっ、そ、そうなんですね!」
こ、コメントが返ってきた!
まるで会話をしているみたいで嬉しかった。
チャットを通しての会話なら、時間制限はもっと長くなる。余裕を持って、答えを探せた。
「で、でも、私、今日友達が出来たんです。その人が、もっと見てもらうために配信すればって言ってくれて、それで今日は、雑談配信にしようって思ったんです」
今日のことを思い出しながら話す。
振り返る記憶の景色は、驚くくらいに眩しくて、温かいものばかりだった。
「嬉しかった。ずっと、すごい人だな、綺麗な人だなって思ってたんです。私なんかとは全然正反対の人で、明るくて、眩しくて、そんな人が私のことを好きって言ってくれて、あ、う、嬉しかったんです、すごく」
まさか私なんかが、誰かに褒められるだなんて思いもしなかった。
私だってバカじゃない。ここまで生きてきて、なんとなく、他の人と比べて自分がバカで物覚えも悪くて、うまく人と喋れないことだって分かってた。
「私、今までずっと許されたいから配信してたんです。えっと、私、毛虫が好きで」
今日、みかんさんに「毛虫好きなの?」と聞かれて、どう答えればいいか迷っていた。でも、今なら言える気がした。私は毛虫が好きだ。変、って思われるかもしれないけど。
「でも、そのせいでお母さんを悲しませてしまって。それで、あ、変なんだなって、私の好きは、表に出しちゃダメなんだなって思って。でも、ギアテニっていう好きなゲームもあったから、迷っていました。そしたら、妹がVtuberを始めてみないかって言ってくれて、そこでなら、私の好きも許されるのかなって、それで配信を始めたんです」
私は画面の前で、自分の手をギュッと握っていた。
「でも、今日からは、や、やめます。いろんな人に見てもらいたいから、私の好きを見てもらいたいから、だからっ、やります。配信」
本当は諦めたくなかった。自分らしく生きるのも。好きなものを好きと叫ぶのも。
今日、みかんさんに言われて、初めて気付いたのだ。
『へー! じゃあずっと好きなんだね!』
すごく、すごく嬉しかった。
きっと私は、誰かに、見つけてもらいたかったんだ。こんな私を。だめな私を。
「なのでっ、えっと、頑張ります。まずは目標、チャンネル登録者数……百人」
いや、目標は大きく。
「ひゃ、百万人! 目指して!」
言いながら、いやムリでしょ何言ってるの私バカ! と思った。
「あ」
必死に喋って見たものの、同時接続数は一人だけだった。身の丈違いの目標を聞かれていないことでホッとした反面、ちょっとだけ寂しくなる。
最初にいた人からは、もうコメントが来なくなっていた。
「こ、これで今日の雑談配信は、お、終わります……お、面白くなかったですよね。すみません……」
やっぱり、上手く喋れなかった。
コメントも来なさそうだったので、そそくさと配信を終了した。
そういえばみかんさん、今日はコメントしなかったな……見てなかったのかな。私とは違って友達も多いだろうし、もしかしたら忙しかったのかもしれない。
椅子の背もたれに体重を預けて、天井を見上げた。
とにかく……つ、疲れた。
吐き気とめまいに襲われながら、ベッドに倒れ混む。
その日は、沈むように眠りに就いた。
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