隣の席のギャルが私を推してた
野水はた
隣の席のギャルが私を推してた#1【雨白】
第1話 "ガチ"陰キャvtuber『雨白』
「はぁ? クラスの親睦会から逃げてきたぁ?」
妹の
「だ、だって……知り合ったばっかりの人とお話なんかムリだし」
「別に話さなくたって、カラオケでもボーリングでも行って、新しいクラスメイトがどんな人たちなのか見てくればよかったのに。そこで合う人と合わなそうな人吟味するのが親睦会ってもんじゃないの?」
「でも、歌う曲ないし……ボーリングなんか、玉持てないし……」
胡桃はまた何かを言おうとしたけど、口から出たのは声ではなくため息だった。
「お姉ちゃん、とりあえずそのダボダボの制服脱いできたら?」
「う、うん」
胡桃に言われて、私は制服を自室のハンガーにかけた。
サイズが大きすぎて、ボタンを外さなくても首から脱げてしまう。
どうしてこんなにダボダボなのかと言うと、採寸のときに制服屋さんから「緩くないですか?」と聞かれときに全部「大丈夫です!」と答えてしまったのが原因だ。
それに加えて、お店側もミスで一つ大きいサイズを発注してしまったらしい。後日電話がかかってきたけど、それに対しても「大丈夫です!」と答えてしまった。
この話を聞いた胡桃には「なんでお姉ちゃんは適当に返事しちゃうかな」と呆れられたけど、別に適当に答えたわけじゃない。
返事を考えていたら、時間切れになってしまったのだ。
人と人との会話には、いつだって制限時間が設けられている。なんて言えばいいか迷っている間にも会話はどんどん進んでいき、いつも置いてけぼりにされる。
「ちょ、ちょっと緩いかも、です」
あのとき、ああ言えばよかったんだと、今になって答えに辿り着く。
今日の親睦会から逃げるときも、私は無言で走り去ったけど。
もしかしたら、言うべき言葉があったのかもしれない。
でも、まだ答えには、辿り着けない。
「ね、ねぇ胡桃」
また胡桃の部屋に向かう。
ドアを開けると、私が来ることを予測していたのか、入り口のすぐそばに胡桃が立っていた。
「配信、したい」
「はいはい、ちょっと待っててね」
私が言うと、胡桃は私の部屋に向かっていく。
「入っていい?」
こく、と私は頷く。
胡桃は部屋に入ると、デスクの上に置かれていたパソコンを起動して、立ち上げている間にケーブル類を物色し始めた。
「いつものでいいの?」
「う、うん」
「お姉ちゃん、ほんとこれ好きだよね」
赤白黄色の三色端子をゲーム機に接続して、モニターの出力を替える。反対のUSB端子はあらかじめPCに付けてあるので、これだけで画面は映るようになる。
「いい加減自分でやればいいのに」
「そのあとのおーぴーえー、みたいなのがわかんないの」
「OBSね。おーぴーえーってなに。OPA? おぱ?」
軽口を叩きながらも、胡桃は配信用のソフトを立ち上げてくれる。webカメラの映りを確認してから、トラッキングアプリを開く。私はあまり機械に強くないので、どれがどういう役割をしているのかイマイチ分からない。
「ほい、あとは配信開始押せばいけるから。音量バランスは自分で調整して。モデルが固まるようだったら再起動すればいいから」
「うん」
「って、もう配信開始してるし。わたし、まだいるんだけど」
「どうせあんまり人こないし、いてもいいよ」
ヘッドホンのコードを引っ張ってくる。椅子の上に正座して、いつもの体勢を作る。
「毎日同じゲームの配信を四時間……それを一年も続けるって、すごいけどさ。お姉ちゃんはそれでいいの?」
「楽しいよ、結構」
「はぁ……そんな理由でvtuber勧めたわけじゃないんだけどな」
胡桃は何か不満があるのか、後ろから配信画面を眺めていた。
配信を見てくれている人を表す同時接続者数は、まだゼロ。
「お姉ちゃんはもっと……」
部屋を出て行く際、胡桃は何かを口ごもっていたけど、結局何も言わずにゆっくりと扉を閉めた。
私が配信を始めてから十分ほど経つと、同接が一に増えた。
――チャット――
みかん:こんあめ~!
チャット欄に、コメントが表示される。
この『みかん』という人は、配信を始めた初期の頃からのリスナーさんで、配信をすると必ず来てコメントを残していってくれる。
「あ」
胡桃は「リスナーさんが挨拶してくれたら元気よく返すこと!」と耳にタコができるくらい言うけど、私はいつもそのタイミングを逃してしまって、挨拶を返したことがあまりない。
今も、コメントをもらってからすでに五分が経過していた。
ギシギシと、古いコントローラーのボタンを押し込む音だけが私の部屋に響き渡る。
無心でゲームをしていると、時間が過ぎるのがあっという間だ。
今日も大して喋ることなく、配信の終わりの時間が近づいてきた。
本当はもっとやっていたいのだけど、私のパソコンが、四時間以上の配信に耐えられないのだ。
チャット欄を見ても、最初の『みかん』さんの挨拶からコメントは増えていない。時々同接は二人や三人になったりはしていたみたいだけど、今は一人になっている。
「こ、こんにちは」
ぼそっと喋る。
期限の過ぎた提出物を出すみたいに、時間切れになった返事を、隠すように口にした。
「えっと」
考えても、考えても、言葉は見つからない。
そもそも「こんあめ」と言われたのに、私は普通に「こんにちわ」と返してしまった。
どうしよう、ノリの悪い奴とか思われてたら。いや間違いではないんだけど。
「み、観てくれてあり、がとう……ございます。いつも」
分からない。
どれが答えなのか。
噛んだこともあって、私は喋ってすぐに配信を終わらせた。
逃げるようにパソコンの電源を落としてリビングに降りていく。
ラップにかけられた晩ご飯を電子レンジに入れている途中、ハッとした。
「ば、晩ご飯があるから!」
振り返る。
親睦会から逃げるとき、こう言えばよかった。
もう遅いけど。
「明日も、配信しよう」
あそこには時間切れというものがない。
あそこでなら、私は、私でいられる気がする。
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