二律背反

第17話 


周囲の足音だけが響く。

けっして急ぐ訳でもなく、平原を縦断する。

丘を降りてしばらく進むと後方で動きがあった。


シンバ将軍が指揮する中央軍。

左翼も見えているが、かなり離れている。


敵軍に動きは今のところない。

右翼の作戦会議内でダンヴィル指揮官補佐が予想した通りの展開。

川を渡ってからが勝負となるはず。


川が見えてきた。

平原を横断している川は地形の関係もあってとても浅い。


情報通り、膝下くらいの深さしかなく、歩いて渡ることができる。

この川は他の場所では、川幅が狭く流れの急な場所もあるという。

だが、この場所は川幅があまりにも広いため、流れが緩やかである。

フェン・ロー平原では地形の関係もあって幾条かに分岐している。

分岐した川は平原を抜けた先で再び合流しているらしい。


十分な装備に兵站もきっちり整っている。

旧キサ王国とは雲泥の差がある。

これなら一方的に敗れることはないと思うが……。


川を渡り切っても、まだレッドテラ軍の気配を感じない。

平原を抜けた先には深い森が広がっているが、息を殺しているのか?

それとも実は正面にはおらず、まわり込まれていたりして。


川を渡って1KMキロメトルくらい進んだ。

そこで、ようやく前方に動きがあった。


3つの大きな影。

そのうちのふたつがこちらへ向かっている。


右翼本陣の合図は……撤退・・

撤退の合図を示す角笛のよく響く低い音が3回鳴った。


全力で後方へ撤退する合図を小隊内に伝える。

やはり狙われたか。

向こうから見たら、右翼はいかにも貧相に見えたのだろう。

躊躇なく全力で突撃してくる。


ダンヴィル指揮官補佐いわく、ここから中央軍の援護が駆け付ける。

川を渡っている途中、最後尾にレッドテラ軍が食らいついてしまった。


新たな合図はない。

このまま退却して、引き付けて中央軍が横から援護する形になる?


なっ……。

あろうことか、シンバ将軍の中央軍は左翼側へと移動を始めた。


やはり、最初から見捨てられていたのか?


自分の小隊は後方から2番目の位置についている。

最後尾が食い破られて、次はサオン小隊の番となった。


後方から悲鳴が上がる。

その悲鳴がやがて近づいてきて、背中に鋭い痛みを感じた。







「私が指揮を?」

「もちろん、じゃなきゃ連合軍の体にならんのでな」


カルテア王女とシンバ将軍の声。


朝、中央軍に集まって作戦の最終確認をした場面。

この後、右翼と左翼に分かれて会議を開く予定となっている。


「あの……すみません」

「貴様! 小隊長の分際で生意気な!?」

「よい、その者はゲイドル火山を噴火させた立役者だ」

「はっ失礼しました!」


シンバ将軍が発言を許可してくれた。

天幕の中には、小隊長級の人間は自分しか呼ばれていない。


「右翼に軍が二つ迫ったら中央軍はどう動きますか?」


先ほど見てきた出来事を質問する。

この質問に対してシンバ将軍はひとつ確認してきた。


「川を渡った後で、ということか?」

「はい」

「ならば左翼へ向かう」


その答えに居合わせた全員が意外だったらしく、驚いた顔になる。


「ど、どうしてですか?」


前回、ダンヴィル指揮官補佐が予想していたのは反対。

皆、その状況であれば当然、右翼を助けると思っていた。

途中でダンヴィル指揮官補佐が会話に割って入ってきた。


「カルテア王女はなぜか知っておるだろう?」

「カルテア様が?」


ダンヴィル補佐が隣にいるカルテア王女を見る。


「ええ、弱者である私たちは引き付ける役目・・・・・・・


レッドテラ帝国はキサ王国の兵の質を十分に理解している。

そのため、3つに分かれたら真っ先に狙ってくるだろうと話す。


2つの軍に狙われた場合、右翼が取れる作戦はただ一つ。

後方へどこまでも退がり続けること。


たとえ途中で大きな犠牲が出ても全体で勝てたらそれでいい。

そう話すカルテア王女にダンヴィル補佐は少しだけ仰け反った。


「それではカルテア様が犠牲に……」

「いえ、私はやられるつもりはありません」


ダンヴィル補佐の独り言のような問いにはっきりと答える。


「丘まで戻れたら勝機はあります」


右翼が現在、布陣している丘。

昨日から斥候部隊による砦化を進めていることを王女は語った。

ジェイドに昨日、頼んでいたのはこのことだったんだ。


斥候部隊は本来、軍の後方で待機し柔軟に動けるように用兵するもの。

それなのに昨日から準備を進めていたということは……。

昨日の時点で、どこかの軍が標的になるのを予見していたことになる。


「私が後方待機であれば、この場で進言するつもりでした」


敢えて、囮役になった軍を丘まで引き揚げさせる。

それから一緒になって徹底抗戦するつもりだったと明かした。


シンバ将軍も砦化の準備を始めた王女を見て、右翼の指揮官に推したのかも。

だから前回はふたりともそのことに触れなかったのか……。


すごい……ふたりの見えている景色が他の人とはまるで違う。

そこまで予想して動いていたなんて。


「もうひとつよろしいですか?」

「うむ、言ってみろ」


だけど……。前回は犠牲が多すぎた。

いくらシンバ将軍やカルテア王女といえども敵軍の情報がない。

いつ仕掛けてくるのかは実際経験した自分しか知らない。


「なるほど……さっそくやってみるがいい」

「ありがとうございます!」


シンバ将軍にある案を伝えたら許可された。

これで、仲間の犠牲が減らせたらいいが……。




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