第14話 


「まあ、わかっちゃいると思うが」


まだ何も聞いていないのにジェイドが自分から話し出した。


「俺はカルテア王女側の人間だ」


カルテア王女を擁立し、キサ王国の再興するための最大の障害。

それが反王国派と呼ばれる勢力。


帝国に身柄を押さえられている現国王ファレンティウス13世。

まもなく処刑される現国王は歴代、稀に見る暗君だった。

そのせいで国は乱れに乱れて、他国からの軍事介入を許す結果となった。


反王国派は元々、キサ王国の人間。

だが、国は完全に滅ぶべきという思想の下、動いている。

国王も国王ならその息子ふたりもまた評判がすこぶる悪かった。

兄弟で仲が悪く、傲慢で身侭なその振る舞いは広く知られていた。


彼ら反王国派の心情は分からなくはない。

だが、彼らは幽閉されていたカルテア王女のことを知らない。

あの燃えるような眼差しは、強い意志の固さを物語っている。

生まれてこの方、あんな目をしている人に初めて会った。


まあ、ちょっと憧れている、というか好意めいた感情がなくもない。

もちろん、分はわきまえている。

あくまで憧憬の存在。

敬慕しているだけであり、恋い慕っているわけではない。


彼女がキサ王国を建て直してくれるなら協力したい。

やはり生まれた国が無くなるのは寂しいし、期待が持てる。

ただ、自分がどれくらい貢献できるのかは、また別の話だが。


そんなカルテア王女に与する者がいても何ら不思議ではない。

ジェイドは包み隠さず全てを教えてくれた。

彼は元々、キサ王国の諜報機関で働く諜報員だったそうだ。

前国王ファレンティウス12世が組織した機関で表向きは存在しない。


「俺の使命はサオン、お前らの目付け役だ」


彼もまた任務の内容は聞かされていなかったそうだ。

彼の役目は、他の面子を監視すること。

反王国派や敵国の間者が紛れている可能性があったためだという。

でも、まさかその両方が紛れていたとは想像していなかっただろう。


もうひとつが、自分の行動を見張ること。

任務の内容を漏洩させたり、任務を放棄しないか監視していたそうだ。


「俺への命令はそれだけだ。それ以上のことは聞かん」


薄々、気づいているのかもしれない。

任務の本当の目的を……。




元仲間がいつ襲ってくるかと怯えながら移動した。

だが、幸いジューヴォ共和国首都クレイピアへ問題なく到着できた。


「ほう、その者が祈祷術者か」

「なぜ連れ帰ったんです?」

「それは……」


首都クレイピアの一角にある新たに解放された居留地。

難民避難所から続々とこの区画へ難民たちが移動してきている。

居留地の中でも特に立派な建物の中で任務の報告をしていた。


シンバ将軍が物珍しそうな目でニウを見る。

カルテア王女は固い表情のまま、自分へ回答を求めた。


「飢えに苦しんでいる者を屠ることは、できませんでした」

「それで連れ帰ったと?」

「──はい」

「おいおい、マジか?」


任務の内容を聞かされていなかったジェイドが片手を額に被せている。

それが演技なのか、本当に気が付いていなかったのかは彼にしかわからない。

シンバ将軍が椅子をうしろへ引いて立ち上がった。


「シンバ将軍! お待ちください」


何かを言いかけたシンバ将軍を見てカルテア王女も立ち上がる。


「この者は……サオンはけっして違背したわけではないのです」


だから、罰を与えるのは止めて欲しいと懇願した。


「カルテア王女よ、勘違いするでない」


シンバ将軍は顔をにやけさせながら、自分へ告げた。


「なかなか見どころのある男だ」


たしかに任務は祈祷者の抹殺。しかし……。

こんな痩せこけた少女だったとは、共和国も想定外だったそうだ。


「自分で考えて臨機応変に動ける者はそうはいない」


シンバ将軍は巨体を揺らして、自分へ近づいてきた。

そして、大きくて武骨な手で笑いながら、自分の背中を叩いた。


あいたたっ……。

背中を加減して叩かれているだけなのに身体の芯まで響くほど重い。


「よし、キサ王国の意志、この第六将軍シンバがしかと見届けた」


ジューヴォ共和国に君主はおらず、6人の将軍が国を統治している。

その中でも、特にその名を他国に轟かせる英傑シンバ将軍が吠えた。


これでキサ暫定国家を正式に公表できる。

それは同時にカルテア王女の存在を世に知らしめるということでもある。

それと並行して正式にジューヴォ共和国との同盟を結ぶことになった。





それから3ヵ月ほど戦の準備を進めた。

同盟を発表してすぐにゲイドル火山が噴火した。

噴煙は天高く衝きあげ、ジューヴォ共和国まで火山灰が降り注いだ。

そのお陰で、ジューヴォ共和国の西側の脅威は無くなった。


同盟軍を立ち上げ、キサ王国の領土を取り戻すと帝国へ宣戦布告を終えた。

同盟軍とは名ばかりで、その内訳はジューヴォ共和国が9割を占める。

ただ3ヵ月前よりは幾分かマシになってはいる。


100人にも満たなかったキサ王国軍だったが、今は1,000人程の規模。

その内、純然たる兵士は半分以下。


あの日、味わった忘れることのできない敗北戦。

寡兵であるこのキサ王国軍では帝国軍にふたたび蹂躙されて終わる。


でもそれはキサ王国単独だった場合の話。

今回は、屈強なジューヴォ共和国軍が共に戦ってくれる。

その身体能力は人族の比ではない獣人族テラノイド

数こそ少ないが、精霊使いである森の住人長耳族エルフ

同じく数は少ないが、頑強で剛力、全員が屈強な戦士である鉱人族ドワーフ

さらに大陸の中でも指折りの名将シンバ将軍が指揮を執る。

彼らと一緒に戦えば、きっと勝てる。




第3大陸暦101年8月……後世の歴史書に刻まれる「フェン・ロー平原の戦い」が始まろうとしていた。




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