人間辞めてみた〜ゲロ吐きながら頑張ります〜

烏鷺瓏

第1話 頭禿げやがれ

 僕は人を辞めたかった。


”なぜかって?”


 それはどうしようもないくらいに人が嫌いで嫌いで仕方ないから。いっそのこと早く死んでしまいたいなんて思っていた。でもこの人間社会は人の死を許さない……………なんてカッコつけて言ってるけど、実際は死ぬのが怖いだけ。死ぬ勇気もなければ、社会に紛れることも出来ない無能。それが僕。

 臆病で醜い僕は他者を羨み、成功者に嫉妬し、敗北者を蔑んだ。そうでもしなきゃ平衡を保ってられない程に軟弱な精神。結果としてネットの海に溺れ引きこもり、そんな自分に苛立って自傷行為に逃げる。

 そうやってどこからか歪んだ歯車は人嫌いというものへ変貌を遂げてしまった。


”そもそも人間じゃなければ。”


 そんな思考さえも無駄に感じる。どうあがいてもこの先に絶望しかないのだから。

 死んでしまえば何も残らない。誰かがそんなことを言っていた。まったくその通りだろう。こうやってうじうじ悩んでいることも死んでしまえば消えてなくなる。

 だから………


”もし来世があるのなら人間以外、出来れば知性がないやつに…………”


 …………そう思っていたのに。


「……坊ちゃま!…坊ちゃま!当主様がお呼びになられていますよ。」


 僕は何の因果か人間に転生してしまった。


「坊ちゃま………何を黄昏れているのですか……」


 先程から僕の賢者タイムを邪魔してくる老人は、僕が転生したエアリアス王国のクレイモア伯爵家に仕える執事、バートリーだ。既に還暦を迎えているはずなのにバリバリ元気に働いているお爺ちゃんである。

 髪や髭も白くなり皺が目立つお年頃なのに、僕のような坊ちゃんの相手までしなきゃいけないのだ。僕みたいな問題児は余計に骨が折れるだろうな…………物理的にも。


”絶対に僕、バートリーの仕事増やしてるよなー”


 まぁ全然ガン無視するんだけど。だって父上が僕を呼び出す時って面倒な事の前兆だもん。

 そんなわけでまるでヤニカスのように窓の外を眺めながらボーっとしていたら、バートリーの額に青筋が浮かび始めた。


「坊ちゃま………無視しないでください。当主様に研究費用を減らすよう進言致しますぞ。」


「おっと、それは困るな。すぐ行こう。」


 僕は現在とある研究を行っているのだが、それにはとてつもなく金がかかる。今は研究の実績と有用性を認められて父上に融資してもらっている状況だが、我が家に長年仕えるバートリーは発言力が高いため、ちょっと研究費用を減らすように言われたら本当に減らされるかもしれない。そうなったら僕の研究が行き詰まることは必至である。

 だから僕はプライドを捨ててでも手の平くるくるしてやるとも。この世で1番大事なのってやっぱ金だよね。うんうん、金は全てを解決をする。

 というわけで非常に面倒だが、父上の書斎へ足を運ぶ。



 父上の書斎の前まで来たがどうやら父上以外にも人がいるようだ。談笑している声が聞こえてくる。


”これは入ってもいいのだろうか?”

 

 そう思って後ろに付いてきていたバートリーに目配せした。さすがに熟年の執事、バートリーは俺の疑問を悟ったらしく頷きで返してくれた。

 やはり面倒いため自室に帰って研究の続きをしたいが、覚悟を決めてノックをした。


「……父上、アレスです。」


 僕の声に反応して談笑が止む。お楽しみのところ邪魔してすみませんねぇ。はぁーーこういうのが1番心にるんだよな………明らかにお邪魔虫だけど用事があるから割り込まなきゃいけないっていうね。

 前世でもこれがホントに嫌だった。誰も悪くないっていうのが余計にね。………いや、しいて言うならそうゆうのを気にしてしまう豆腐メンタルの僕が悪いです。ごめんなさい。あーゲロ吐きそ。


「…………入れ。」


 若干陰鬱な雰囲気を放ちそうになっていた僕を正気に戻すように部屋の主から声をかけられた。

 あ、いまさらだけど僕はクレイモア伯爵家次男のアレス・バートリー、12歳だぞ☆

 あーーイタすぎイタすぎ!自分でやって気持ち悪くてゲロ吐きそ。キショすぎワロタ。

 テンションがどこかおかしいがいつものことなので表情筋だけ変えないことを意識しつつ、書斎の扉を開けた。


「失礼します……」


 書斎の中には僕の今世の父である現クレイモア伯爵家当主イドルス・クレイモアと見知らぬ男女、多分父と娘であろう3人の人間がいた。

 ヴッ!顔面偏差値高すぎて死ぬ。キラキラオーラで目が焼かれそう。

 我が父は相変わらずの冷酷そうな面持ちでありながら、どこか色気を感じさせる雰囲気を漂わせている金髪イケメン。いや、今はイケオジと言うべきか?

 もう1人のイケメンは我が父と同じくらいの年代に見えるが、父上と異なり、野獣のような獰猛さを感じられるワイルドな赤髪イケメンだ。父より若干老けて見えるような………?


”今睨まれた?怖っ…………近寄らんとこ。”


 たぶん野生の勘で僕の邪な考えを感じ取ったのだろう。うん、恐怖だわ。止めておくれ。

 そして、最後の1人、ワイルドなイケオジの娘括弧暫定だが、父親譲りと思われる長く伸ばした赤髪に、強気な印象を与えるツリ目が特徴的な少女だ。デフォルトで人を恐がらせそうな感じだが、それ以上に端正な顔立ちが先行しそうなイメージの美人というべきか。夜の女王様とか似合いそうだな。絶対ドS。そんな顔してるもん。

 

 にしてもこの組み合わせ………嫌な予感しかしねぇ。


「来たか、アレス。ここに座りなさい………フレイシア子爵、私の息子のアレスです。」


 父上は隣の席に僕が座るように指示し、イケオジもといフレイシア子爵に僕を紹介した。

 僕は父上の隣に座り、対面する少女とそのたぶん父を見て自己紹介をする。


「クレイモア伯爵家次男のアレス・クレイモアです。よろしくお願い致します。」


 コミュ障陰キャには非常にキツいものがあるが、出来るだけ笑顔で自然な感じで喋ることを意識した。おかげで初対面の相手にも噛まずに自己紹介できた。うんうん、順調だな。たぶん、知らんけど。

 僕の適当挨拶に対して対面してるイケオジが反応してくれた。


「うむ。私はフレイシア子爵家当主のガーモン・フレイシアだ。よろしくな。」


 見た目通りワイルドな感じで挨拶して手を差し出してきた。

 ちょっと顔が引き攣りそうだが、握り返してあげた。うん、握力強すぎ。手痛いって。


「そして私の娘のヴィクトリアだ。………ヴィクトリア。」


「はい。ヴィクトリア・フレイシアと申します。よろしくお願い致します、アレス様。」


 にこやかにお辞儀をしたヴィクトリアはやはりイケオジの娘だった。

 …………全然似てねぇな。ホントに親子か?うん、純粋に失礼だな。心の中で密かに謝罪しながら、軽いお辞儀で返した。

 それにしても年頃の少年と少女、その父親たちってことはだよなー…………


”はぁー……ヤダヤダ、ゲロ吐きそー。おウチ帰りたい。”


 すでに自宅にいるのにどこに帰ると言うのやら。

 そして僕の面倒くさいですよオーラを感じ取ったのか父上が話を進めだした。


「………アレス。フレイシア卿と話をしている中でお前とヴィクトリア嬢との婚約が決まった。すでに国王陛下にも許可を取り決定したことだ。」


「分かりました…………」


 !?いつの間に決めたんだよ。…………父上め、事前に言ってたら僕が逃げることを見越して手遅れの段階で伝えやがったな。

 僕には表情筋を動かさないことしか出来なかった。はぁ……やっぱゲロ吐きそ。


「それでこれより私とフレイシア卿は今後について話す。お前はヴィクトリア嬢に屋敷の案内も兼ねて仲を深めよ。」


「かしこまりました。ヴィクトリア嬢、いきましょう。」


 出来るだけにっこり笑顔スマイリーに僕はヴィクトリアをエスコートする。

 コミュ障陰キャには厳しすぎる仕打ちに父上の頭部禿げろやと呪いつつ、僕のヴィクトリア嬢屋敷案内会が始まるのだった。

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