第12話 新しい生活



 メリルの元へ預けたプラムを迎えに行った流れで私は夕食をいただき、討伐報酬から友人へお礼をいくらか渡したあとで家へ帰った。


 帰り道、背中の上で寝てしまったプラムの柔らかな身体を抱き直す。


(………判断を急いだかしら?)


 まだ子供であるプラムのことを考えると、見知らぬ男が一緒に暮らすなんて受け入れがたいことのように思える。フランに火の粉が降り注ぎそうだったので咄嗟に受け入れたけれど、女好きと呼ばれる彼が家に恋人をしょっちゅう招こうものなら、教育にも悪い。


 ここはしっかりと「仕事の関係で一緒に住むことになった」と言い聞かせた上で、彼との間でも約束事を決めるべきだろう。深夜の外出をしないとか、洗濯の時間を分けるとか。


 そもそもコブ付きは御免、と言っていたフランがプラムを受け入れてくれるとも思えない。考えれば考えるほどに悩みはわんさか湧いて来て、私は肩を落とした。


 船を降りて別れを告げる際に分かったことだが、第三班のフィリップとダースもウロボリア王立騎士団に配属が決まったそうだ。それまで私兵として活動していた彼らにとってもそれは良いことだろう。


 魔術師のラメールも呼ばれたみたいだけど「フリーで活動する方が気楽である」という彼女らしい理由で断ったと聞く。また何かの機会に一緒に働ければ良いけれど。


 クレアとフランはもともと王立騎士団から派遣されて来ていたので、二日間の休みを挟んで、また恒例の訓練が始まるとボヤいていた。



 朧げな月が照らす地面には、冬の間は咲いていなかった春の花が目立つ。暗い夜では姿を見ることは出来ないけれど、きっと朝には美しい花を開いているはず。


 新しい生活はどうなるのだろう。

 フランと私たちは仲良く出来るだろうか?





 ◇◇◇





 変化は比較的すぐに訪れた。


 というのも、翌々日にはウロボリア王室の印が付いた白い封筒がポストに投函され、書面の上には新しく私たちが住むことになる家やプラムが通う子供園の情報が記載されていたのだ。もしかすると、彼は私が了承する前提で準備を進めていたのだろうか?


 ゴアの前では一言も娘のことは話していなかったのに、志願書からそこまで読み取っていたことに驚く。昨日、メリルの家で夕食をいただいた際に、王都へ移動することを話したけれど、幼いプラムがどれだけ理解しているのか分からない。


 昼食を食べ終えてお昼寝をする娘を眺めながら、もっと詳しい話をしようと決意したとき、呼び鈴が鳴った。



「…………驚きました。今日はお休みですよね?」


 私はドアの向こうに立つ男を見上げて尋ねる。

 そこには、見慣れた軍服ではなく私服のフランが居た。


「ああ。貴重な休みを返上して、一緒に暮らすパートナーを迎えに来た。言っておくがこれも上官命令だ」

「べつに聞いていません。せっかくの休みに仕事をさせてすみませんね、連絡をくれても良かったのに」

「あんたの連絡先を知らない」

「……そうだったわ」


 いつまでも膨れっ面をするわけにもいかず、手伝いに来てくれたのは有り難いことなので、とりあえず中へ入るように伝える。


 荷物も何も用意出来ていないが、必要なものは限られているし、どうしても持って行かなければいけないもの以外は捨てて行くつもりだった。


「荷造りをするので、リビングで待っていて」

「手伝おうか?」

「いいえ。私たちのものだから」


 コーヒーを淹れて白いカップに注ぐ。

 念のためミルクと砂糖も添えておいた。


 さてどうやって詰めていこう、と寝室へ入ったところでベッドの上で眠っていた小さなお姫様が目を覚ます。何を察したのか、プラムは床へ飛び降りると一目散に廊下へ駆け出した。


「プラム……!」


 フランの説明を上手くできないままに彼らが会うのは良くない。私は慌てて娘の後を追ったが、全力疾走した三歳はとっくにリビングへ到達していた。


 椅子に座ったフランがプラムを見つめている。

 初めて目にする子供に戸惑っているようだ。



「プラム、ご挨拶して。この人はママの──」

「わぁ……パパだ!」


 肩に置いた手を擦り抜けてプラムがフランの脚に抱き付いた。フランの黄色い目が大きく見開かれる。


「プラムね、ママがいない間に毎日お月さまにお願いしてたの。良い子にするから、ママがパパのこと連れてかえってくれますようにって……!」

「違うのよプラム、この人は、」


 焦る私に向かってフランが手を上げた。

 そのまま左右に首を振る。



「はじめまして、プラム。遅くなってごめん」


 私は驚いて言葉が出なかった。


 プラムは感極まったのかグスングスンと泣き出している。その背中を撫でる大きな手は、ぎこちなくて、だけどもしっかりと幼い我が子を支えていた。


 何も言えない私の後ろで時計の針がカチリと鳴る。

 新しい生活が始まろうとしていた。

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