第2話 彼女の父親
「え……喧嘩ですか?」
私の言葉に施設長のルルは困った顔をする。
「ええ。いつもはこんな事ないんだけど、今日は別の女の子と遊んでるときに一悶着あったみたいでね。私が見た時にはプラムちゃんが相手の子の髪を引っ張ってて…」
「そんな……ごめんなさい、相手の方は?」
「子供同士の喧嘩だからってお咎めは無かったわ」
「………そうですか」
私は隣に立って私のスカートの裾を握るプラムの顔を覗く。小さな両目に涙をたくさん溜めて、娘は顔を赤くして歯を食いしばっていた。
私は知っている。
これはプラムが何かを我慢している姿。
施設長ルルに別れを告げて帰宅する道中、プラムは一言も言葉を発しなかった。いつもその日あったことを嬉しそうに連絡してくれるのに、今日は何も話さない。
家に帰って夕食の準備をしている間も、静かにお人形遊びをしているだけで、私は不安になって夕食の場でついに声を掛けてみることにした。
「プラム、何かお話することはある?」
ぶんぶんと大きく頭が振られる。
「そっか。じゃあママからお話するね。ママは今日、広場の教会で建物を浄化するお仕事をしたの。古い建築物は昔掛けた祈祷が弱まっているから、一度浄化して悪いものを追い出してから新しく祈祷し直すのよ」
「……そうなの?ママ明日もお仕事行く?」
「ええ。でも祈祷はすぐ終わるから」
「プラム、明日もルルさんのとこ?」
「うーん…そうねぇ」
私の返事を聞いて、プラムの顔が再び陰る。
同時に止まったピンク色の持ち手のスプーンを見ながら、私はそっと娘の顔を覗き見た。
「プラムは今日、どんな一日だった?」
「…………」
「ママに何かお話することある?」
「………プラム、けんかした」
「喧嘩?」
「キャサリンちゃんが、プラムの家にはパパが居ないって。パパが居ないのはへんだって言った」
私はビックリして掛ける言葉を失った。
しかしすぐに、気を取り直して娘の手をさする。
「そうなのね。それで髪を引っ張ったの?」
「………うん」
「あのね、プラム…キャサリンちゃんが言ったことは良いことじゃないけど、髪を引っ張るのはダメだよ」
「でも…!キャサリンちゃんが!」
「うん。プラムが悔しい気持ち分かるわ。だけど、何を言われても手を出してはいけないの。プラムのこのおてては、大切な人を守るためにあるから」
黄色い瞳を涙で濡らして、プラムは小さな手に目をやる。
「明日、ママと一緒に謝りに行こう?」
「うぅっ……ごめんなさいする…」
ポタポタと透明な雫が机の上に何滴か落ちた。
自分には母親しか居ないと、寂しい思いをさせていることは分かっている。まだ幼い娘に片親である事実を理解させるのは酷だとも思う。
プラムはいつか、私のことを恨むかもしれない。
身勝手な母だと罵って家を出て行く可能性もある。
「プラム、パパは遠くに居るの。きっと私たちのことを見守ってくれているはずよ」
「ほんとう?パパはプラムのこと見てるの?」
「ええ。ママも貴女のこと大好きよ。プラムは?」
「………プラムもママがすき」
「ありがとう」
ぎゅっと指先を握って、柔らかな顔に頬ずりをする。
それから私たちは星型に切ったニンジンの載ったサラダを食べ終えて、食後のケーキを二人で囲んだ。プラムの好きなイチゴのショートケーキを食べながら、私は討伐遠征に参加する決意を彼女に伝えた。
「遠征の間、しばらく会えない。だけどママの友達のメリルが預かってくれるって言うから、バニラやサルートも居るし寂しくないわ」
「ママ……帰って来る?」
「うん、一週間で戻る予定よ。もっと早くなるかもしれない。ママが戻ったら……」
一緒にこの街を出て行こう。
その言葉は言えずに、私はプラムの栗色の毛を撫でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます