第6話 猫ドラゴン物語~~~転②~~~


~~~三人の一番長い夜~~~


ザノスたちとの戦闘場所を後にしエリオット達は森のさらに奥へと歩を進めていった。


何日か歩いたころだろう、日も暮れて辺りは静寂と闇が支配しようとしていたころ視界の開けた場所にたどり着いた。


そこには対岸が見えないほどの、まるで海のような大きく静かな湖が広がっていた。


深い森の中、静寂に包まれた湖は、まるで時を忘れたかのように静かで、その平穏は何世紀にも渡って変わらぬもののようだった


湖面は鏡のように、月明かりに照らされた周囲の景色を映し出し、時折、水面を渡るそよ風が波紋を作り出していた。


しかし、やがてその風は力を増し、湖面は小さな波を打ち始める。


空は徐々に月明かりが消え暗くなり、遠くの山々からは低い雷鳴が聞こえてきた。やがて湖の水は、かつての静けさを失い、「ズドーン、ズドーン」と巨大な鼓の皮を叩く太鼓の音のような轟音をたて、荒れ狂う波となって岸辺を打ち始める。


雷光が湖面を照らし、一瞬、湖は白く輝いた。その都度天が裂けたかのような爆音とともに地を揺るがした。


風はさらに強まり、猛獣が獲物を追うかのように激しく吹き荒れ、木々は大きく揺れ、葉を散らす。湖はもはや静かな鏡ではなく、動き出した生き物のようだ。


湖のほとりで、エリオット、アレックス、マイケルの三人は嵐の中、必死に魔法を使い難を逃れようとしながらも、その力の前に翻弄されてしまっていた。


エリオットは、このままではまずい、と思い二人に叫ぶ、「テレポートで退避する、僕の手につかまれ。」


同じように危機感を感じてたアレックスとマイケルはエリオットの腕を握り三人は湖畔から消えた。


森の中へ移動した彼らを、嵐は逃さなかった。怒り狂った風が吹き荒れるその場所で、崩れ落ち、なぎ倒され、根から掘り起こされた木々は3人に容赦なく襲い掛かってきた。


エリオットは「ここもダメだ!次へ行くぞ!」と絶叫し、再び魔法の輪を描いた。


次に三人は丘の上に現れ、その直後に彼らの頭上で、雷が激しく光り輝き、傍らに立っていた巨木にその雷光が直撃した。


その轟音が彼らの耳をつんざき、巨木が真っ二つに割かれ炎を上げ始めた。


3人はその炎から逃れるためその場を離れたが、間髪を入れず次から次へと落雷が周りに降り注ぎ、その度に爆ぜた岩や小石が礫(つぶて)の様に三人に襲い掛かって来るのだ。


「クソ、ここも駄目か。次だ、次!」とエリオットは声を枯らしながら叫び、再び魔法を発動させた。


次に三人は洞窟の中に現れた。そこは外とは違い物静かな様子だった。三人は今まで呼吸が止まっていたかのように「ブハー」と息を吐き「ゼイゼイ」と肩で呼吸を始めた。


気が抜けた様子でその場にへこたれ腰を落とし、お互い目配せをし安堵の表情を浮かべた。


マイケルが言う「みんな無事か」?アレックスは「ああ、大丈夫だ」と答え、エリオットは無言で頷いた。


「このままここでやり過ごそう」マイケルがそう言うとアレックスが「危なかったな、もうだめかと思ったよ」場を和ませようと少しおどけた拍子で言い、エリオットの方に目をやると、


エリオットの様子がおかしい事に気が付いた。


エリオットは、うつろな表情でぼーっと一点を見つめていた。アレックスが声をかける「大丈夫か?エリオット」エリオットの返事が無く、ぼーっとしたままだ。


アレックスはエリオットの元に行き、心配した表情で少し語気を強めにエリオットに言いながら肩をゆすった。「おい、どうした?エリオット」


するとエリオットの焦点がハッと戻り、アレックスが心配した表情で目の前にいる事に少し驚いた様子で「ん?アレックスどうしたの?」と問い返した。


アレックスはあきれた様子とホッとした表情が混ざったような顔をして「どうしたの?って・・・お前・・」


そこにマイケルが口を挟みエリオットに言った「君はしばらくぼーっとして放心状態だったのだよ」エリオットはそれを聞いて思い出したように「あ、ああ、すまない・・・僕は・・」と何かを言いかけたとき


目眩のような、体のふらつきを感じた。「な、なんだ?」とマイケルが言う。エリオットの感じたそれは目眩では無かった「ズズズ」っと地の底から湧き上がるような低い重低音が響き始めた瞬間、突然地面が激しく暴れ始めた。


すると洞窟内の岩盤や天井がが徐々に崩落し始め、三人に襲い掛かろうとしていた。


三人にはそれがまるで「お前たちは絶対に逃がさない」と死神が鎌を振り上げ襲ってきているように思え、息が止まるほどの重圧を感じた。その重圧の正体は心臓をゆっくりと締め上げられるような恐怖であった。


揺れはさらに激しさを増し、三人は立つことも困難になりその場に四つん這いになって這って進むことしかできなくなっていました。


崩落が激しくなっていき今にも天井が落ちて三人を押しつぶそうとしている時、アレックスが大声で叫ぶ「皆集まって一団に成れ。エリオットもう一度テレポートだ。マイケル時間操作で時間を稼いでくれ」


エリオットが絶望を表情に浮かべ言う「けど、何処へ?・・もうどこにも安全な場所は・・」と言いかけたときアレックスが言葉を遮り言った「どこでも良い、とにかくここを離れるんだ。潰されるぞ。」


「クソ、もうどうにでもなれ」エリオットがそう叫び4回目のテレポートを行った。


テレポート先は再び湖畔であった。風は更に激しさを増し辺りの木々は全てなぎ倒され雷光は止まることを知らず、その全てが三人に圧倒的殺意をもって襲い掛かろうとしていた。


その光景はあまりにも凄惨で、「これは・・地獄か・・」とエリオットは思わず呟いた。その瞬間、風で猛スピードで飛ばされてきた大木がエリオットを直撃し、大木と共にエリオットが飛ばされた。


アレックスとマイケルの二人は「エリオーット」と叫んだ、そしてマイケルは時間操作で飛んでいくエリオットの時間を遅らせアレックスが助けに走り出した。


すると今度は飛んできた鈍器のような石の塊がマイケルの頭を直撃してしまった。マイケルは頭を割られ、血を流し昏倒した。


と同時に、もう少しでアレックスがエリオットに追いつきそうな所で遅延魔法の効果が切れ、エリオットが勢い良く飛ばされて行った。


エリオットを追いかけていたアレックスは、飛ばされたエリオットを見て遅延魔法の効果が切れたことを知り、何事かとマイケルの方を振り返った。そこには頭から血を流し倒れているマイケルの姿が有った。


アレックスは倒れたマイケルを見て背筋に冷たいものが走るのを感じ、ぎょっとした。踵(きびす)を返しマイケルの元へ駆け寄り、抱きかかえて声をかける「マイケル、おいしっかりしろ、マイケル」


するとマイケルは「うう」と小さなうめき声をあげた。それを見たアレックスの表情はホッと少し緩んだ。


その時、アレックスは背後の湖の方からゾッとするような嫌な気配を感じ、恐る恐る振り返る。そして顔から一気に血の気が引き目を見開いて言った

「うそ・・だ・ろ」


そこには眼前に広がりこちらに迫ってくる、圧倒的な絶望と、絶対的な殺意が有った。それは高さが数十メートルは有ろうかと言う巨大な津波の姿であった。


「もう一度言う、お前たちは絶対に逃がさない」アレックスの耳には確かにそう聞こえた。


アレックスは片腕でマイケルを抱えながら、必死に巨木を出現させ盾にして身を守ろうと試みたが、津波の圧倒的力の前には全くの無意味と化し、出現させた巨木と悲痛な叫び声と共に濁流の中へ消えていった。


数分、或いは数時間経った頃だろうか、飛ばされて気を失っていたエリオットは目を覚ました。嵐は終わり辺りは静寂を取り戻していた。


「ここは?」朦朧とした記憶が徐々に戻っていき、何が起こったのかエリオットは思い出しつつあった。そして自分の体をまさぐり負傷の有無と生きていることの確認をした。それは無意識の行動だった。


「生きてる・・」そう呟いたと同時に涙があふれ「う、う、う、」と慟哭し奇跡と生きていることを噛み締めた。


「そうだ、ふたりは?」記憶のハッキリしたエリオットが最初に思ったのはアレックスとマイケルの安否だった。


エリオットは湖畔の方へ歩き出し、かすれた声で精いっぱい叫んだ。「マイケル、・・アレーックス・・どこだー。マイケール、・・アレーックス」エリオットは歩きながら叫び続けた。


しばらくすると遠くから誰かの叫ぶ声が聞こえた。「・・ケル・・・-ット・・」アレックスだった。エリオットはその声の方に走り出し叫んだ「アレーックス、ここだー」


アレックスもエリオットの声に気が付き走り出した。「エリオーット」二人はお互い声の方に走り出し、中間で再開を果たし、お互いきつく抱きしめあった。


アレックスは言う「良く無事だったな。良かった本当に良かった」エリオットも言葉を返した「君も良く無事でいてくれた。良かった。本当に良かった」


二人は抱擁を解きお互いの顔を見つめ、再会できた喜びを噛み締めるのであった。


エリオットはふと気づきアレックスに問いかける。「マイケルは?マイケルは何処だい?」


アレックスは首を横に振り苦痛な表情で「解らない。君が飛ばされてしまった後、大きな津波が来て二人とも流されてしまったんだ。」と伝えた。


エリオットは一瞬戸惑いの表情を浮かべ「そんな・・」ともらすが、直ぐに気を取り直して「探そう、僕たちが無事だったんだ彼も大丈夫なはずだ」と答える。


アレックスも同意したように「ああ、そうだな、きっと再開できる」と言った。二人の表情には希望の光が戻りつつあった。


「マイケール、どこだー」二人は叫び続け辺りをさまよい続けた。数十分、或いは、数時間経っただろうか?二人の声は叫び続けたおかげで掠れてガラガラに成っていた。


そうしているとエリオットの声が止んだ。少し離れたところで探していたアレックスが不思議に思いエリオットの方へ行ってみた。


アレックスはエリオットを見つけ近づきながら「どうした?エリオット。」と声をかける。エリオットは無言で地面の一か所を見つめて立ち尽くしていた。


アレックスが怪訝(けげん)な表情でエリオットの所に到着し、エリオットの見ている地面の方に目をやった。


「うっ・・・」アレックスは絶句した。


エリオットとアレックスの足元には、泥の中に埋まり口の中に泥が詰まり両目を見開いたマイケルが顔だけ出して二人を見つめていた。


それを見たアレックスは膝から崩れ落ち、声に成らない声で叫んだ「うぅわぁぁぁぁマイケーッル、クソ、クソー」エリオットは立ち尽くし無言で大粒の涙を流していた。


泥にまみれ、冷たくなったマイケルの前に跪き慟哭するアレックスにエリオットは声をかける。「アレックス、マイケルを一刻も早くこの冷たい泥の中から出してあげよう」


アレックスは頷き、二人は丁寧にマイケルを掘り出し、口の中の泥を出してあげて湖に運び、湖の水で綺麗に体を洗い流してあげた。


そして二人は横たわったマイケルの前で夜明けまで泣いた。


7話へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る